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第29話 :セルス

反らされた眼に思った。

進むたび、こうして大事なものを失ってしまうのだろうかと。


『そんなにショックだったのか?コアに目、そらされたの。』


アルの言葉にハッと目を覚ますように現実世界の風を浴びる。

それからゆっくり濁った言葉をアルの質問に返す。


「別に、そういうわけじゃ。」

『――なくないだろ?』


そんな俺の言葉を遮って、分かったように真っ直ぐアルは言った。

中途半端な気持ちで、あっちへは行けない。そんな事、分かっていた。

けど、進むためにあいつを失うくらいなら、いらないと思ってしまう。


「俺は・・・」


向こうで中途半端でも、コアへの気持ちだけは真っ直ぐでいたい。

アルには俺のそんな気持ちが分かっていたんだ。


『コアは分かってるんじゃねーか?だから、お前からはなれた。』


初めて会った時には感じることのなかった感情の大きさに、戸惑っているのはいつも俺。

あいつは最初から全てを分かっていて、計算なんかしてないはずなのにスムーズに事が運ぶ。


「それが・・・たまらなく、嫌なんだよ。」

『お前のことを思って、引いてんだぞ?』

「それが嫌なんだ。」


進むたび、何かを失う事くらい分かってた。だけど、俺にとってここが限界なのかもしれない。

おれはコアがいる場所から、俺は離れる事はできないんだ。

けど俺はコアも大切で、アルも同じくらい大切だから・・・こんなにも揺らいでいる。

そっと夕焼けに焦がされ暖かくなった風が、静かに流れていく。

その風に黒い翼をばたつかせ、幸せそうに伸びをするアル。


「アルは、上へ行きたいとは思わないのか。」


契約を結んだとき、心の中に伝わってきた思いは・・・俺よりもずっと真っ直ぐに上へ目指す思いだった。


『くどいな、お前も。』


赤く鋭い目が俺を優しく見てくる。

この目を見たとき、この声を聞いたとき、ずっと俺を呼んでいた誰かがこいつだと分かった。


「お前の心の中は・・・ずっと上に行きたがってた。」

『だったら?―――契約した主の周りや考えを無視しろってか。』


ふざけんな、と赤く染め上げられた空を見上げてアルは笑う。


『そんな事して、手に入れたいわけじゃねぇ。

お前は・・・伝説の白竜を知ってるか?何十年も前、空を飛び交う白竜を。』


世間で幻と呼ばれた白竜。

昔に1人の男が白竜を操り世界中を飛びまわり、世界を平和へと導いたといわれている。

コアが目指している白竜の伝説。


「知ってる・・・けど」

『俺は白くもねぇし、目は青じゃなく赤だろ?でも憧れてた。あんな風に空を飛びてぇって。』


焦がれる想い、俺だって同じ。あいつが空を飛ぶ姿に、一瞬にして心を焦がれた。

空を舞って、笑って、まるで・・・風のように。


「セルスッ!!」


あんな風に飛ぶことが出来たら、どれほど幸せだろうって。


「・・コ・・ア?」


赤く焦がされた空からの声に顔を上げと、俺の目に天使が映った。

真っ白の天使のように軽く、ルキアが地におりその背から神のような少女が舞い降りる。


「セルスっ。よかった、まだここにいた。」


初めて会った時、他の誰よりも心のなかに入り込んできた。

その時は唯夢が一つしかなくて、それ以外はどうでもよかったのに。―――良かったはずなのに。


「コア。」


今は、コアしかいらないと思えてしまう。


「クレズ・・と・・・・・その。」


捨てるなんて、考えられない。捨てるのなら、もう1つの夢だろう。


「いらない。好きだとか、嫌いだとか。」

「・・・そか。あ、あのねっ。」

「世界一も。」


きょとんと見てくる彼女を夕日が照らして、その横を音もない風が通っていく。


「あのねッ・・・私は全部欲しいの。」


その回答に俺は意味も分からず首を傾ける。


「伝説のドラゴンマスターになりたいし、ルキアに幸せを与えたい。

全部捨てたくなんかない。もちろん、セルスも。」


全てを捨てたら、楽なのかもしれない。それはずっと思っていた事。

ただ、全てを抱えたまま進もうとするから大変なだけ。


「だからッ・・・私は諦めないよ。全部、手に入れてみせる。」

「俺は・・・」


コアしかいらない。そんな風には言えない。

確かにコアを失うくらいなら何もいらない。

けど、コアがここにいるのなら他の何も諦めはしない。


「私、頑張るからっ!!クレズにセルス取られても、諦めない!!」


“セルスはセルスだから、行きたいところに行けばいいの。私がそこに行くからねっ。”

あの日、君がくれた言葉を俺がどれほど大切に覚えているか、お前は知らないだろ?

全てを包み込むようなその目を向けて、あの日の君もそう言って俺を焦がした。


「・・・俺はお前がいるなら、全てを掴んでみせる。けどそれまでは。」

「分かってるよ。セルスがどれだけ本気かって。

私の事、どうでもいいって思ってるわけじゃないってことも。」


強気だった目に、急に涙が溢れ出して。俺は思わず彼女を抱きしめそうになる。


「私・・っどこに・・セルスがいても、好きだよ。」


いつだって真っ直ぐで嘘を知らない彼女の言葉。


「だか・・っら、全部手に入れたら私を隣に立たせてください。」


彼女の真っ白なマントが風に揺れて、それはウエディングドレスのように彼女を包み込んでいる。


「セルスが全部・・手に入れて、これ以上欲しいものないって思ったとき、私を隣に立たせて?」


そんなの永遠に無理かもしれない。 俺が一番欲しいものは、コアだから。

だけどそれ以外を全て手に入れて、それからその全てを捨ててでも君を迎えに行くから。


「俺は・・ここに誓う。全てを手に入れたら、お前を迎えに来る。」


何もいらない、コア以外。この気持ちがなくなる事なんて絶対にない。

ゆっくりと手を伸ばすとコアは首を振って、目の端を濡らして笑った。


「やだよ?・・・私待ってないんかいないから。迎えにいくからね?」


その顔に、俺は思わず笑って彼女を引き寄せた。

ウエディングドレスをまとって、未来の花嫁が笑う。

その上に広がる空に、たった2匹の白と黒の竜が舞う。この約束から、全てをはじめる。

彼女の物語の一部になる、この約束を守るために。

物語の最後には、約束を果たせていられるように。俺はその風に誓った。

全てを手に入れることを。


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