第26話 :クレズ
伝説の白竜遣いだから?・・・だから皆は、彼は彼女に目を向けるの?
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「残念だったなぁ、クレズ!」
全然残念そうには見えないその顔を精一杯睨みつけてやった。
そう、昨日の学園放送で私は知らされた・・・
大好きな彼がコントゼフィール学院に推選され、ここを出て行ってしまうことを。
「フレイズには関係ないでしょ!」
「関係ないかなぁ?お前、知ってる?」
私の気持ちを知ってるフレイズは、私に笑顔を見せながら耳打ちした。
そしてその言葉が、私が隠していた感情をむき出しにさせる。
「う・・そ・・・・・・」
「まじだよ。見ていた奴もいるし。
ま、何せセルスは俺等よりもずっと若くしてこのクラスに入った天才だからさ。」
人が目を離さないのも分かるけど、と彼は机の上に腰を下ろしながら深々と頷いた。
「だからもう、諦めろ。」
その言葉は耳に届くか届かないかの場所で止まった。
信じられなかった、彼が耳元で私に話したその物語としか言えないような話が。
「嘘・・」
「だから、本当だって。セルスはあの白竜遣いの少女に一途で、必死なんだ!
・・・セルスは彼女に言ったんだよ。
“すぐに来い。・・・・・・ちゃんと、想っててやるから。”って。」
試験官だって、コントゼフィール学院の教師だって、セルスだって・・・。
きっと彼女が白竜遣いだから、興味を持ってるだけ。
何の努力もしないで、ここに入ってくるなんて・・・。
そう考えると体がかってにその場から動き出し、フレイズの呼ぶ声さえ無視して歩いた。
私がどれだけ苦労して彼のいるクラスSに入って、どれだけ彼を想っていたか。
「どう・・して?」
ずっと彼だけを想って、ずっと成績だって彼の次に良かった。
それなのに、どうして何もしていない少女が、彼に想われ、皆に認められるのか分からない。
心は何だか、今日の空のように荒み、厚い雲によって覆われていた。
「あら、クレズさん。」
「本当だわ。」
そんな心に追い討ちを掛けるように、甲高い声が私の足を止めた。
「残念ねぇ、セルスさんがいなくなって。」
「本当に。」
「あれほど想っていらっしゃったのに。」
そんな事を次々に言いながら私を見てくる。
「まぁ、その想いが届くとは思っていませんでしたけど。」
こいつらだって、フレイズと一緒で、私を馬鹿にするの。
セルスを想うなんて、無謀な事だった。
セルスはいつだって人と関わる事をしなかった。
クラスSのどんなに強い人でも、どんなに可愛い子でも、綺麗な子でも。
人と関わる事に、興味は無いって感じだった。
「お可愛そうに。」
口から出てくる言葉と一緒に、彼女等の心の中の笑い声が聞えた気がした。
どうして、あの子なの?どうして、私じゃないの?
そう思ったとき、廊下の曲がり角から小さな少女が現れ、大声を上げた。
「想いが届かないなんか、誰が決めたのっ?!」
「は?」
女達はその声のほうを見て、驚きの言葉を漏らした。
「セルスは頑張ったから、コントゼフィール学院に推選された。
だから、頑張ればその気持ちは届くに決まってるもん!!」
どこかで見たことのあるその顔を、思いだした。
「・・・コア・・ちゃん?」
そう、彼が唯一笑顔を向けて話しかける、想い人。
彼に選ばれた貴方に何が分かるの?
「私、知ってるよ?セルスがよく話してくれるもん。“クレズは頑張り屋なんだ”って!
だから私もセルスにそう言って貰えるくらい、頑張りたいって思ったんだもん!」
そんな事を聞かされて、貴方は私も頑張ろうって思ったの?
そのとき、さっきとは違う思いが心の中に浮かぶ。
伝説の白竜遣いだから?・・・だから皆は、彼は彼女に目を向けるの?
「五月蝿い子ね!!」
スッ、と女の手が上がり、その手から光が漏れ始める。
「危ないっ!!」
私が叫んだとき、その手から放たれた魔法の光が横からの何倍も強い魔法によって
コアちゃんの目の前で吹き飛んで行った。
その方向からは温かな風が吹き、開け放たれた窓には
白のマントにコントゼフィール学院の紋章が入った制服を着る、男が手を翳して立っていた。
「セ・・ルス?」
「やぁ、コア。今日は編入手続きでこっちに来てたんだけど・・・」
少女にしか向けられない笑顔。
やっぱり何も届きはしないんじゃないか。
「お嬢さん方、俺の大事な彼女を傷つけようとするなんて、失礼じゃないか?」
「セルスさん・・・っ!」
その言葉を聞くと、女達は謝る事も無く走って行った。
「・・・お前な、いい加減にしろっていつも言ってるだろ!?」
さっきまで優しく撫でるような声だった彼の声が、いっきに怒りを増して少女に怒鳴った。
「うっ・・だって!クレズさんはいつも頑張ってるんでしょっ!?
頑張ってる人があんな風に言われるの・・嫌だったんだもん・・・!」
負けず劣らず、少女も声を張り上げる。
「ふふっ」
私はその2人を見て、思わず笑ってしまった。
「え?」
「クレズ・・?」
2人がそれを見て、驚いているのが分かって私は言葉を付け足した。
「ごめんっ・・、でも・・可笑しくてっ。」
人に興味を持たない彼が、たった一人の少女には必死で。
フレイズが言っていた通り、彼は少女に一途で。
だけどそれは、少女が白竜遣いだからじゃない。
「クレズ・・・悪い。こいつを頼む。」
遠くへ行っちゃう貴方は、彼女が大切で。
その彼女が白竜遣いじゃなくても、きっと彼はそう言ったんだろう。
「えぇ。・・・よろしくね、コアちゃん。」
「うんっ!!」
“想いが届かないなんか、誰が決めたのっ?!”
“頑張ってる人があんな風に言われるの・・嫌だったんだもん・・・!”
彼女のくれた言葉が、そっと頬をなでていく風のように心の中を吹いている。
そんな彼女だから、きっと誰もが好きになるんだろう。
彼が想う彼女が、私も大好きになった。