第24話 :リラ
「本当に行かなくて良かったの?」
草原に立ち、空の端を飛んでいくセルスを見ているコアは悲しげな目をしていた。
知ってるの。コアがどれほどセルスを好きだったか。
だからこそ、コアが自分で残ると決めた事が不思議でたまらない。
「・・うん、いいの。」
遠くを飛んでいく黒い竜を見ながら、コアが答える。
「泣きそうな顔をしてるわ。」
「うん・・、泣けそう・・・。」
悲しそうな笑顔を向けて彼女はそういった。
「どうして、ついていかなかったの?」
絶対に付いて行くと思った。
あんなにもセルスが好きなコアが、自らセルスがいない場所に立つ分けないって思ってたのに。
「“付いて行く”んじゃ駄目なの。私が、私の足で行かなきゃ行けない場所だから。」
悲しそうな笑顔が消えて、私に向けられた目は真剣そのもの。
「コアが目指すのは・・・」
「伝説のドラゴンマスターだよ。」
それはまるで夢のような話。
世界中の誰もが知っている、あの伝説のドラゴンマスターの名を継ぐなんて。
心のどこかでそう思っていたのに、彼女ならできそうな気がして心がドキドキする。
白竜を従えて、甘えたりしないで、ただ真っ直ぐに夢を夢にしてない彼女だから。
「なれるわ、きっと。」
「私もそう思うの。」
なりたいじゃなく、なる。彼女はそう言った。
心地よく吹いていた風は、まるで全てを分かりきったように草原を滑っていく。
その言葉はいつか、誰かに語り継がれるのだろうか。
そして、その誰もが私と同じ気持ちになるのだろうか。
「私、今度・・・アルファルベーダ学院の試験、受けようと思うんだ。」
突然、彼女が前を向いていった。
太陽が暖かく彼女と私を照らしていた。太陽に照らされている彼女は私に眩しく見えた。
「アル・・ファルベーダって、あの!?」
コントゼフィール学院と張り合うほどの高等マスターズスクール。
「うん。」
「あの試験がどれほど難しいか知ってるの?
きっとセルスでも、3回以上は受けなくちゃならない。合格者は、3人いればいいほうなのよ!?」
過去五年で合格者は10人。受験者は一度に何万人。
ほとんどの生徒は、教師によるスカウトだ。
そのため、受験者が受からないときさえある。
「・・・知ってるよ、私なんかじゃ受からない事くらい。」
「なら・・・!」
どうしてそんなことするの、と問いかけようとする私の言葉を塞いで
彼女はゆっくりと小さな手を太陽と風に精一杯伸ばして言った。
「それでも、頑張らなくちゃ。
私、思うの。もっと、もっと、って手を伸ばすから、先があるんじゃないかって。」
暖かな風が、止まった。
時の流れが止まってしまったかのように、その景色に魅せられる。
「もしも、この手を伸ばす事を止めちゃったら、もうその先はないと思うの。」
止まった風が、また柔らかく私とコアの間を吹きぬけていく。
ただここに立っているだけの私と、空を飛ぼうとしている彼女の間をゆっくりと。
「でもね、手を伸ばし続ける限り・・・先があると思うの。」
その笑顔が、強さなのだと思った。
信念が、真っ直ぐに・・・どうしてこんなにも強い心を持ってるんだろうか。
私が探し続けるものを、どうしてこんなにも容易く持っているのだろうか。
「だから、怖くない。何度落ちても、何度でも受ける。」
風の流れが変わり、空の端から白いドラゴンが飛んでくる。
その色はまるで、コアの心を表わすように美しくて。
朝空に唯1つ、ひらりと軽く花びらのように舞いながら、目の前に下りてくる。
「ルキア」
その白竜に近寄り、笑いかける彼女が。
私の目に一瞬、伝説の白いマントが風に揺れたように見えた。
彼女はどこまでも飛んでいくんだろう、ふいにそう思った。
どこまでも、どこまでも、彼女は限界なんか知らず、風のようにどこまでも。
それは答えが無いからじゃなく、唯、答えのない夢を叶えるために。
そう思うと、静かに照らす太陽の光は、まるで彼女だけを照らしているようだった。