第20話 :セルス
「クラスSの試験で、クラスDのあの白竜使いが試験中だって!」
「すごいらしいよっ!!」
「見に行こうっ!」
試験を受けないもの達が集まる大広間に、そんな声が飛び交い
すぐに多くの人間が外へと飛び出して行った。
「あらセルス。あなたは見に行かないの?愛しの彼女の試験。」
リラが鼻で笑いながら近づいてきた。
「彼女じゃない。それに・・・、見る必要なんかないだろ。」
「あら、どうして?」
「受かる事なんて、目に見えてる。」
暖炉の傍で分厚い本を開いて、難しい呪文に目を通す。
その横にリラが静かに腰を下ろした。
使われていない暖炉は、より冷たく感じさせる。
「私、少し無神経な事言ってしまったかも知れない。」
沈黙を破って、ぼそりとリラが呟く。
“私・・・変かな。”
そういえば、少し変なこと言ってたな。
「コアか・・・。」
「・・・世界一のマスターになれるかも、って。
難題呪文を楽々とこなしたのよ?だから私・・・」
あいつが目指すのは、上じゃない。誰かの頂点でもない。
そんなあいつはきっと、リラの言葉に何かを抱いただけ。
「別に、そんな事。コアがいつまでも気にしてると思うのか?」
気のみ気のままのあいつが、留まっているわけがない。
じっとなんてしていられないんだ。
すぐに飛び立とうとして、駆け出そうとして。
「・・・そうよね。」
「あぁ。」
きっと気づいた時にはもう、捕まえられないくらい遠くを飛んでるんだ。
「さてと。」
「あら、見に行くの?」
「いや。もう試験も終わりだろう?あいつを迎えに行くだけだ。」
だからせめて、傍にいられるうちは傍に居たい。
翼をもいで、地上に縛り付けられるならどんなに楽だろう。
“俺は、捕まえに行く。例え、あいつをこの場所に留まらせる事になるとしても。”
ロイのそんな言葉が頭から離れない。
俺にはそれが出来ないのだから、飛ぶしかないんだ。
「愛しい彼女の元へ?」
「・・・彼女じゃない。」
俺が追いかけ続ければいい。
彼女には飛んでいて欲しい。だから、俺は飛ぶ。
「あ、待って!!」
「・・・何。」
俺の背中に声が掛かり、足がゆっくりと止まる。
振り向くと、リラが心配そうな顔をしてこっちを見ている。
「・・・セルス、コントゼフィール学院から推薦、来たんでしょ?」
コントゼフィール学院は、世界でトップを争うほどの凄い学校。
2週間前、その学校から俺に推薦書が届いた。
世界の伝説を作ってきたマスターが直に教えてくれるあの学校は
世界一を目指す俺にとっては、この上ないチャンスだった。
「あぁ。」
けど俺はその封筒を机の上に置いたまま、まだ目を通していない。
「どうするつもりなの?・・・行くの?」
「・・・」
「そのこと、コアは?」
今のあいつでは、俺と一緒に留学は不可能。
そっとその封筒に触れると、そんな考えが頭を回った。
それから一度も触っていない。
「知らない。」
言える分けない。
上がって来いと言った俺がここからいなくなれば
あいつはきっと、上がる事をやめてしまう。
「言ってないの・・・?」
こんなチャンス、もう二度とないかもしれない。
けど、今あいつから離れると・・・もう二度と捕まえられない。
「・・・あいつには、言わないでいてくれ。」
俺は願いを叶えたい。
努力して、早くのし上がって行きたいという願い。
もう1つは何があっても、叶わないと知っても、きっと一生抱き続ける願い。
「俺が、自分で言う。」
二つはまるで矛盾していて、どこかで繋がっている。
そう、まるで彼女と俺のように。
何も言わないリラをその場に残して、ゆっくりと彼女のいる場所へ歩いていく。
傍にいたい。そんな想いが消える事なんて無いんだ。
たとえ空を飛べなくても、唯。
君の傍に―――