第19話 :ロイ
君は知っているだろうか。
今この場所で君の姿に魅入っているものが思っていることを。
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「行くよ!!」
それは後半のフリー種目の始まりの合図だった。
その声と共に空を飛んでいたコアが地上へ飛び降り、ドラゴンはまた空を飛ぶ。
その行動にそこにいる誰もが驚きの声を上げた。
大抵の生徒はドラゴンに乗ったまま、続けるのだが、彼女は地上に降りたのだ。
「初めまして、こんにちわ。」
彼女の声が一瞬にして、そのざわついた声たちを抑えた。
誰もが驚き、俺ですら驚きの声を上げる。
試験は公開試験なだけであり、決して会場などではない。
見るのも自由、見ないのも自由。ただ、彼女の試験を見に来る人は多い。
「これからお見せするのは、極々簡単な魔法です。」
試験中に、今までこんな事をした奴が言った奴がいただろうか。
地上でそんな風に笑いながら、こんなことを言って、試験は大丈夫なのだろうか。
「でも、私は難しい魔法だけが素晴らしい魔法だとは思えません。
どうか、楽しんで下さい。幸せの魔法を、貴方にお見せします。」
誰もがその言葉に驚き、おもわず笑いを零す。
「ルキア、頑張るよ!」
『はい。』
しん、静まる会場と化したこの場所で、彼女はどんな魔法を見せるのだろうか。
その場に座り込んでいた人は立ち、空を見上げ、今か今かと待ち望むような顔をする。
「フライ」
少女が言葉を発すると、そこにいる人は え? という顔をしてみせる。
フライという魔法は、自己魔法の基本中の基本で、
きっとこの学園にいる限りそれくらいはできて普通だと言われるような魔法。
どうしてそんな魔法を?と思う気持ちをこらえ、彼女だけを見ている。
すると彼女はパッと魔法をやめ、空から落下し始める。
その光景に誰もが驚きと心配の声を上げる。
その瞬間、真っ白の色をした天使の羽のような何かが少女を空へと引き戻す。
そう、彼女のドラゴンだ。
「すごーい!」
「カッコイイ〜」
ポツリ、ポツリ、そんな言葉が耳に入ってくる。
しかし彼女は感動する間も与えず、その大空に手をかざし叫んだ。
「ウォーター!」
つまりは水の魔法。これだって元素魔法の1つで、初歩魔法。
彼女は本当にクラスSに上がるつもりがあるのだろうか、そんな疑問に駆られる。
そんな風に思っている俺のうえには大量の水の玉が浮いている、というより落ちてくる。
地面にいる人はとっさに自己魔法をかけその自ら逃れる。
しかし、水が降ってくる事は無かった。
「春に舞う雪の華です。」
天から降ってくるその声と、真っ白の華の形をした雪。
彼女の撒いた水は、ドラゴンの口から出てくる冷気により急激に冷やされ
コアはその雪の形を瞬時に花に変えたのだ。
「ライト」
一段階難しくはなったものの、以前簡易魔法に過ぎないその魔法をかける。
すると太陽とコアの撒いた光が、
その雪の華をキラキラと輝かせ、まるで宝石のように見せた。
「フレイム・エミッション!」
ふわふわと舞い降りるその花の宝石を、火よりも強い炎が一気に焦がすように渦巻く。
すると跡形も無く消えはて、そこに残るのは湿った空気。
「魔法がどれほど優れていても、七色の幸せを描く魔法はありません。」
呪文ではない言葉が空から降りてくる。
その言葉に、ここにいる全員が耳を傾け、試験官でさえ点数をつけるのも忘れ魅入っている。
「どんなに難しい魔法を描けたとしても、それで幸せになれるとは限りません。
それなら人は何故、魔法を操るのでしょうか。私は幸せを与えられたらそれでいいんです。」
クラスSの試験を見に来た人々は今、その言葉に何を感じたのか。
きっと皆、同じことを思っているに違いない。その言葉に、温かな思いを抱く。
「サン・アンド・レイン!」
太陽の光がその魔法の輪をすり抜け、より一層強く照らす。
そこに小さな水のシャワーが降り注ぎ、空には七色の虹が描かれる。
その虹に地上の者はただ綺麗だ、とかそんな言葉を漏らすだけ。
この世界に虹を直接作る魔法はない。それを、こんな風に作るなんて。
「ルキア。」
彼女が真っ白のドラゴンの名を呟く。
その響きにドラゴンは空から離れ、彼女を乗せたまま地上スレスレまで降りてきた。
そして、その口から優しい風の吐息と吐き、熱気を飛ばした。
すると、空に描かれていた七色の橋は見る見ると丸い円になったのだ。
そう、考えればこれも簡単な魔法を使った蜃気楼。
「七色の幸せが、円を描くように永遠と続く事を願って。」
気づけば時間はすっかり終わりに近づいている。
時が止まっていたかのように感じるほど、その魔法たちに魅せられていた。
たった幾つかの基本魔法が、こんなにも心を動かし、魅入らせる。
「終わりですっ!ありがとうございました!!」
地上に立っている少女がそう言うと、全ての糸が切れたように
ドッと歓声が上がり、ここにいる全ての手から拍手が送られる。
君は知っているだろうか。
今この場所で君の姿に魅入っているものが思っていることを。
―――――魔法はこんなにも幸せを与えてくれるものだと