第1話 :コア
明るい声や哀しそうな声が響く今日のマスターズスクールは、いつもよりもずっと賑わいを見せていた。
色それぞれの鮮やかなマントが玄関ホールに集い、たくさんの声がはしゃいでいる。
春先のこの時期には、とても大きなイベントがある。それが今日行われる、クラスの昇降発表である。
「ほら、急いで。」
「待ってよ、リラ。」
そんな賑わう音の中をリラが少し甲高い声を上げ、青のマントを揺らして、わざわざコアのいるクラスまで迎えに来ていた。
リラの長い髪が廊下を吹きぬける風に揺れながら、その心の中の期待を表わすように流れていた。
リラが羽織っているマントは青色、その色はクラスによって分けられたもので、青はクラスBを表わす。
「コアとリラじゃないか。」
あまり進まないその足を精一杯動かして、先を行くリラについていく。
そんな私とリラに陽気に声をかけてきたのは、赤のマントを羽織るクラスAのロイだった。
ロイは努力家で、クラスAの中でも成績は常に上位を保っていた。
そんなロイはもう何度も何度もクラスS、
つまりはトップクラスへの昇格試験を受けてきたが、今まで一度も受かった事は無かった。
「どうだった?クラスS?」
リラは心配そうというよりは、面白半分にロイを見た。
ロイはいつもリラをないがしろにしていて、リラはそんなロイに敵対心を燃やしていた。
「クラスAに残留だったよ。」
残念そうにそう言ったロイを見て、リラはやっぱりね、と頷いている。
そう言ったものの、クラスSに昇格する人なんてめったにいない。
クラスAに残留することだって、十五歳の一年生にしてみればたいしたものだ。
「まぁ、セルスぐらいよね。1年生でクラスSに入ったのなんて。」
尊敬するような声でそう言ったのはリラだった。頑固で負けず嫌いなリラでさえ認めてしまう人、それがセルス。
彼は天才マスターだと言われていて、先輩方からも絶大な人気を誇る、優秀なドラゴンマスターの卵だった。
「さぁ、もしかしたらマントが変わっているかもね。」
そんな完璧なセルスに敵対心を抱いているロイが、そんなことを言った時ロイの後ろで声がした。
「リラとコア。成績はもう見たのか?」
落ち着いていて、優しくて、でも威厳があるようなその声に私の体が勝手に反応する。
リラがその男を思い浮かべるまでに、私は名前を呼んで抱きついた。
「セルス〜。」
「重い。」
私が抱きつくセルスは白いマントでコアを包んでそう言った。
そんなセルスを睨み付けて、ロイは嫌味を吐いた。
「何だ、セルスじゃないか。君はどうだったの?もしかして、その白いマントが赤く染まるんじゃない?」
その嫌味たっぷりの言葉をリラは聞き逃さなかった。
「いや、残念。先輩方には悪いけど、今回もクラスSでは首席だったから。当分の間はまだ白だと思うけど。」
「あら、さすがセルスね。」
「流石セルス〜!」
そう。彼はこの学園のトップクラスに一年生で昇格し、そのクラスで一度もトップの座を譲った事が無いのだ。
そんなセルスを私とリラが誉めると、ロイはそっぽを向いてどこかへ行ってしまった。
そんなロイの小さな背中を見ながら、リラは気持ちよさそうに笑っている。
セルスは張り付いていた私を引き剥がすと、遠くの方にある掲示板を見ながら言った。
「それより、掲示は見たのか?」
ハッ、と頭の中で完全に忘れていたその言葉が戻ってきた。
そうだった。私達は昇格発表を見るためにこのホールまで足を運んだのだ。
「まだだった!いってくる〜。」
その言葉に私は急いで掲示板に走る。
人ごみに私の通る道を遮られながらも、私は懸命に掲示板へと駆けた。
セルスの隣でリラが小さな笑いをこぼし、セルスが不思議そうにリラを見た。
「何。」
「ごめんなさい、何でもないわ。・・・いつになるかなって。」
「・・・。リラは見に行かなくていいのか?」
セルスが視線を前に戻して呟く。セルスの言葉にリラは淡々と答えた。
「えぇ、さっき見たらクラスAだったわ。」
「よかったな。」
「ありがとう。」
リラは嬉しそうに笑ったがセルスは分かっていた。
誰におめでとうと言われるよりも、リラはコアに言われるのが一番嬉しいのだと。
「リラーー!!!」
遠くから人ごみを分けて緑のマントが走ってくる。その勢いのままリラに飛びつく。
「どうかしたのっ?」
「クラスA!!!!おめでとうっ!!」
「ありがとう。」
報告よりも先に出たのは、リラの祝い。ほら、この笑顔。そう思いながら、セルスもつられて笑った。
リラは飛びつく私をそっと放すと目を見て聞いた。
「で?コアはどうだったの?」
バッと張り出されていた掲示板を思い出すと、クラスAの中にリラの名前があったことと、
自分の名前がクラスCにはなかったことが思い出された。
「えへへ〜・・・。」
「まさか、クラスB!?」
リラは嬉しそうに抱きしめて、また私の目を見た。
違う、あの目は違う。セルスがそう思い、言葉をかける。
「もしかしてお前・・・・・・降格か?」
セルスが恐る恐る私を見た。やっぱりセルスは私の隠し事なんて、簡単に分かってしまうんだ。
誤魔化すような笑顔に、2人は少しの間ぽかんとしていた。
「え・・へへ〜。」
「何をしたんだ!?CからDに降格なんて滅多な事がなきゃないだろ!?」
ぽかん、としていたセルスがリラよりも先に意識を振るい立たせ私を問い詰める。
ようやくリラも頭を回転させ、手を口に当てると横にいる私を見て呟いた。
「もしかして・・・。」
「・・・嘘だろ?・・試験中に試験官に怒鳴りこんだのって、まさか・・・?」
リラとセルスの言葉の先は『コア?』と予想できた。
「だ・・・だって!あの老いぼれ試験官何て言ったと思う?!」
私が声を上げた瞬間、はぁ〜、とリラとセルスが長いため息をついた。
それからリラが焦るように言って、私の口は勝手に閉じた。
「どうするつもり!?クラスDの者は今度の試験で合格しなきゃ退学よ!?」
「・・・」
続いてセルスは冷たい口調を和らげて言う。
「で、その試験官は何て言ったんだ?」
どれだけ怒られても、たとえ退学になったとしても、私は今でもその言葉を取り消したりはしない。
あの言葉だけは、今でも絶対に許せない。降格することが分かっていて、その言葉を言ったのだ。
むしろもっと怒鳴っておけばよかったとさえ思える。
「・・・『ドラゴンなんて、唯の道具だ』って。」
私にとってそれ以上の屈辱なんて無かった。
私がドラゴンマスターを目指す理由も、目的も、全て否定する事になる言葉だった。
今のこの世界じゃ、そう考えている人ばかりだろう。でも、私は違うと思う。
だからどうしても許す事はできなかった。
「だって、ドラゴンは人が操る道具じゃないだよ!?・・・だから。」
「・・・何を言ったの?」
リラが心配そうに聞く。
「『あんたみたいなの、ドラゴンマスターなんて言わない。』・・・って。」
試験官に逆らう事は、試験を不合格を意味する。それを分かっていても、黙っていられない。
それが、コアだ。セルスは心のどこかで、そう納得していた。
「はぁ。まぁ・・・」
「コアが怒るのも無理ないけど。」
「セルス、リラ。」
「今度の試験、死ぬ気でやれ。手伝える事はしてやるから。」
リラにも自分にも、他の誰も持ってないものをコアは堂々と背負っている。セルスにはそう思えてならなかった。
セルスにとって落ちこぼれだと言われるコアの、そういう所は嫌いになれない部分だった。
いや、むしろそういう所に惹かれていたのかもしれない。誰もが持つことができないものを、コアはもう手に入れているのだから。
「今度の試験が楽しみだねぇ、リューク。」
その様子を部屋の窓から見下ろして、写真にうつるドラゴンに語りかけるように老婆が静かに笑った。