第17話 :コア
もう試験まで、1週間しかない。
私は学校の休み時間も、家に帰ってからも、一生懸命練習をした。
そのうち何度かはルキアと、本番想定練習もした。
試験内容は一時間で、30分の規定魔法を見せる。
その後続けて残りの30分をフリーとして、自分の力を試験官に見せる。
もう試験まで、一週間しかない。何度考えても行きつくのはそんな言葉。
『・・・そんなに焦らなくても大丈夫ですよ。』
ルキアの優しい声が、夕焼けの風と一緒に私を包む。
ルキアには何となく、私が焦っているのが分かるのだと思う。
「ありがとっ。だけど、まだ・・・決まらないの。」
もう一週間しかないというのに、フリーで使う魔法が1つも思い浮かばない。
『・・・セルスさんに聞いてみては?』
「だめだよ。セルスには迷惑かけられない。」
『それではリラさんとか。』
「・・・私は、私1人で頑張りたいのっ!」
私は少し強い口調で、ルキアにそう言ってしまった。
時間の無さに私は少し苛立ってしまっていた。
「ごめんっ、ルキア!!ルキアに当たるなんて・・・私・・・」
『コア。私は、貴女が好きですよ。精一杯で、頑張ってるのも知っていますし。』
私を言い聞かせるように、ルキアの眼は私をそっと覗き込んでいた。
夕焼けでその蒼い目が少し赤く染まっている。
『魔法なんてできなくても、私は貴女が好きですよ。』
「ありがとっ。」
ルキアがそんな風に言ってくれるのは、とっても嬉しい。
だけど、今の私にはそんな言葉さえ、唯の甘えにしか聞えない。
『散歩に行きませんか?』
それを読み取ったのか、ルキアはそっとその白い羽を風に遊ばせ、私に聞いた。
「・・・行く。」
『よかった。』
あまりに綺麗なルキアに触れたくて、私はそっとその背に乗る。
フワッと地から足を放して、ルキアが空へゆっくりと近づいていく。
夕焼けに焦がれた大空は、ピンク色の雲が転々と広がっている。
「綺麗だねっ!」
『はい。』
ぬるい風が頬を掠めていく。会話が消えて、風の吹く音しかしない。
世界はこんなにもゆっくりと動いているのに、私はあんなにも急いでたんだろう。
確かに、早くセルスの近くに行きたい。
だけど、そう思ってる所為で私は、大切な気持ちを忘れかけてたかも知れない。
『コアは・・・』
静かだった空気に置かれたような言葉が聞えた。
『コアは、私が何色をしていても、契約してくれましたか?』
それは、私が考えもしなかった言葉だった。
「えっ!?」
『もし、私が黒色をしていても、契約してくれましたか?』
その声はとても切なそうで、ルキアからは悲しいような感情が伝わってくる。
どうしてそんな事を考える必要があるの?
私は、コアの色を気にした事なんてない。
「あたりまえだよ?」
何ていったら、ルキアは安心する?
ルキアは何色でも、ルキアでしょ?
「私が、ルキアの色で契約したと思ってたの?ずっと、ずっとこんなに不安を感じてたの?」
私が、ルキアを苦しめてたの?
『コアの所為でこんな事を思ってるんじゃないです。
でも、私は白い色をしていると理由で、何人もの人間に契約を求められました。』
ルキアは優しいんだよね、人一倍。
私が苦しんでいたから、散歩をしようと誘ってくれて。
こんな風に悩んでいるのだって、隠して。
私はルキアと約束したんだ。・・・自由と、真の絆を与えるって。
自由はともかく、私は真の絆を与えられてるのかな。
こんな風にルキアに気を使わせて、ルキアを苦しめて。
「ルキアは真の絆が欲しいって言ったよね。」
『はい。』
「例えばそれって、白竜だから得られなかったものなの?」
『え?』
「私は、ルキアが今までそれを本気で望んでなかったから、得られなかったんだと思うの。」
白竜だとか関係ない。私はどんな色をしたドラゴンでも良かったんだもん。
そのドラゴンを私を呼ぶドラゴンなら、私を必要とするドラゴンなら、例え白でなくても。
「白竜だから、得られなかったんじゃないんだよ。」
『そうかもしれません。』
「この世界に、白竜だから無理だとか、白竜じゃないから無理だとかないんだよ、きっと。
白竜だから選んだとか、白竜じゃないから選ばなかったとか、そんなのないの。
ルキアが私の名前を呼んでたから、ルキアにはルキアしかないものがあって
私にはそれがとても素敵に思えた。だから選んだんだよ?」
だからルキアは何も心配になることなんてない。
『ふふっ。同じです。』
「え?」
『私も、貴女だから契約した。
貴女にしかない物があって、それに惹かれたから契約したんです。』
夕日はどんどんと暗い夜に染められて、時間は過ぎていく。
『貴女にしか出来ない事、それが貴女のよさですよ。』
魔法なんて本当はどうでもいい。凄い魔法じゃなくても、強い魔法じゃなくても。
それが私にしか見せられない魔法なら。
「ありがとっ!!明日からもう特訓するっ!!!」
『決まってよかったですね。』
ルキアが気にする必要なんか本当にないのに。
だって、ルキアと契約するまでルキアが白色だなんて、知らなかっただもん。
私はそんな事を思いながら、フッとその背中の上で笑った。