第16話 :セルス
昨日、講堂を少し覗いた時、俺の眼が移したのはロイとたった1人の少女だった。
「悪い、ちょっとロイ呼んでくれないか?」
クラスAの前に立っている男にそういうと、
そいつは俺の背中の白いマントを見てから、ロイを呼びに行った。
「何?何か用?」
その教室の中から出てきたロイはどこか不機嫌で、喧嘩を売るような言葉を投げてくる。
「ここじゃあれだから、場所移動したい。」
「・・・いいよ、別に。」
分かっていたことだ。
こいつが俺の事を嫌いだってことも、その理由も。
廊下を移動しながら屋上をゆっくりと目指す俺の後ろから、彼がついてくる。
こんな風に2人で歩く事も、話をする事も初めてな気がする。
それくらい、ロイは俺を嫌っているし、俺も仲良くなんてことする気もない。
だからこそ、怖かった。
そっと屋上の鍵を外し、段差をまたいで屋上に立つ。
後ろを見るとロイも屋上へ立ち、その扉に鍵をかけていた。
「で?何?」
彼がどうしてこんなにも俺を嫌うのか。
それは唯、俺がクラスSだからではない。
きっと俺にわかるように、彼にもわかるんだ。
俺が彼女を・・・コアを好きだという事が。
「昨日、講堂にコアと一緒にいた?」
「それが?」
やっぱり。あの少女は間違いなく、コア。
「コアも受けるのか、クラスSの試験。」
「そうみたいだね。」
あの講堂で、2人の姿を見たとき、胸に何かが疼いた。
2人で立っている場所を、見たくはなかった。
俺があの場所に立つことは、できないと分かっているから。
「で、それが何?あいつは俺のだとか言う気?」
いつだって傍にいた。
だけど、それがいつまでもそうだとは限らない。
今だって、クラスは全く違う。傍にいる時間だって少ししかない。
「そんなつもりはない。別に、俺のでもないし。」
そう、彼女はいつだって自由そのものだったから。
でも、捕まえようと思わなくても、傍にいてくれた。
そう、思っていた。
「へぇ、そう。」
だから、唯2人が並んでいるだけでこんなにも焦っている自分に驚いた。
もしもそれが2人にとって当たり前なら、俺の隣はもう誰もいない。
いつだって俺の隣にいてくれたのは、あいつだったのに。
「俺とコアが一緒にいるのを見ただけで、それ?
そんな風になるくらいなら、捕まえておけば?」
ロイの言葉はもっともだと思う。
だけど、俺には出来なかった。
「あいつは上を目指してる。」
そう促したのは俺だ。
「クラスSに入って、トップをとる。あいつは本気だ。」
俺だってそうなって欲しいと思ってる。
けど知ってるんだ。それが何を意味するのか。
「けど、それは・・・俺からずっと遠くへ離れていくってことなんだ。」
白竜と契約を結んだという事は、伝説のドラゴンマスターになれる素質があるってこと。
俺なんかより、ずっとずっと上を飛んでいくマスターになれるってことだ。
「だから、捕まえておけばって言ってるのに。俺は、捕まえようと思うよ?」
ロイが俺に言った。
ロイの感情が今言葉となって、放たれる。
分かっていた事実が、心の中にしっかりと存在し始める。
「お前が俺よりも頭がいいとか、成績がいいとか、強いとか。そんなのに負けない。」
コアは俺が頭がいいから傍に居るのだろうか。
成績がいいから、強いから、傍にいてくれるのだろうか。
俺は少なくとも、彼女に出会ってからそうではないと思っていた。
彼女だけはきっと、そんなものを失くした俺でも傍にいてくれると思ってた。
そんな彼女が好きだった。
「お前は捕まえられるかもしれない。
だけど、俺はあいつを捕まえる気にはなれないんだ。」
上へ行けといったのは俺だ。その俺が、彼女に傍にいて欲しいという気持ちだけで
彼女を捕まえ、この地にくくりつけてしまうようなそんな事はできない。
彼女は空を飛べる力を持っているのに、その羽をくくりつけてしまうなんて。
「どうして?」
ロイが不思議そうに聞いてくる。
「俺は、いつだって自由なあいつが好きなんだ。」
あんな風に空を飛べたなら、あんな風に頑張ると言えたなら、
世界は少しでも輝いて見えるのだろうか。
きっと今のままでは無理なんだ。
だけど、彼女を捕らえたら・・・きっとどれだけ頑張っても、
彼女の見ている世界は俺には見えないだろうと思うから。
「あいつが見ている世界を、見てみたいんだ。」
輝きに満ちていて、止め処なく動き、生命は息をする。
「バカみたい。俺は、捕まえに行く。
例え、あいつをこの場所に留まらせる事になるとしても。」
ロイの感情は知っていた。
きっとロイも俺の気持ちを知っている。
だからこそ、彼女には自由でいて欲しい。
自由でいて、・・・戻ってくる時は俺の隣がいい。そんな我が儘が通るとは思えない。
それでも、俺はその夢を抱かずにはいられないんだ。