第13話 :コア
“世界一のマスターになれるかも”
そんな言葉が頭の中に響いて、離れない。
「何?どうかしたのか?」
「え?」
お昼を過ぎた頃、私は学校の屋上で色取り取りの葉が生い茂る
魔法樹の下で座って本を読んでいるセルスを見つけ、
セルスの隣にそっと腰を下ろして、精気を放つ幹に背中を預けていた。
セルスは横で本を読んでいて、私の気配に気づいたそぶりも見せなかったのに、
私が黙り込んでいると、本を閉じてこっちを覗きながらそう聞いてきた。
「私・・・変かな。」
“世界一のマスターになれるかも” リラが嬉しそうにそう言った。
だから私も嬉しくなった。けど、どこか心の奥に悲しい感情が疼いている。
「何を今更。」
「・・・セルスは世界一になりたいの?」
皆が目指すのは、コンテストで一位になること?
“セルスにも、勝るかもしれない!”
誰かに勝つ事?
「いや、別に。・・・目指すものはない。自分がいけるところまで行けたら、それでいい。」
魔法樹から伝わるその木の鼓動と、セルスの言葉がどこか心地よくて
きっと目を閉じれば幸せを描きながら、眠れそうな気がした。
「学校でたら、軍隊に入るの?」
「まぁ、できれば。」
セルスは学校一の天才マスター。きっと卒業してもどこにでもいける。
軍隊に入れば、戦争を終わらせることだってできる。
だけど私は・・・そんな凄い事をしたいからマスターになったんじゃない。
「お前は?」
本を開きながら、私から眼をそらして彼は言った。
「・・・・・・・・」
答えられない、自分がいる。
マスターを目指したのは世界一になりたいわけでも、
誰かに勝るためでも、凄いことをするためでもない。
じゃぁどうしてマスターになった?
その答えはあまりにも幼いかもしれない、でも私は。
おじいちゃんみたいになりたかった。
ただ、楽しそうに笑っていた二人のように。
「ちょっと散歩にでも行くか?」
「え?」
また本を閉じて、セルスはいきなりその場に立つと空に手を上げた。
「来てくれ!」
その瞬間に風の流れと、匂いが変わる。
ザワザワと木がその風に揺れると、遠くから凄い速さで黒い竜が来た。
「俺のドラゴンのアルだ。」
紹介された黒竜はその赤く輝く目をセルスに注いでいた。
『何だ、急に。』
セルスは答える事もなさそうで、私はとりあえず声を上げる。
「こ、こんにちはっ!!」
大きくて、艶があって。赤い目がこっちをにらみつけて怖い。
けど、その目はどこか優しくて、綺麗な瞳の奥に吸い込まれるような気がした。
「・・・お前も呼べ。散歩だ。」
「ふぇっ!?」
そう言いながらセルスはもうアルの上に乗っている。
・
・
―――――来て。
心の中で小さく呟いた。
「呼ばないのか?もう、コールできたんだろ?」
屋上を吹き抜けていく風の流れが変わった。
遠くから駆けて来る風の匂いが伝えてくれる。
『跳んで』
その言葉と一緒に、心の中に傍にある壁から下に飛ぶイメージが浮かぶ。
その映像はまるでテレビで見ているようなビジョンで、私の心に映し出す。
もう既に空を飛んでいるアルとセルスを見上げて、それからそっと下を見た。
下の道を歩いている人はまるで、米粒のような大きさ。
「・・・えぃっ!」
「なっ、コア!!?」
いきなり屋上から飛び降りた私にセルスが驚きの声を上げる。
その瞬間―――
ヒュゥ”
真っ白のドラゴンが風よりも早く私の下に滑り込んで、私を背に乗せて空を舞った。
「ル、ルキアッ!」
『上手にできましたね。』
あの場所から足を離す時、少し恐怖を感じた。
けど、平気だと思った。
信じていたから、不安なんかなくなって私は空へ飛び込んだ。
やっぱり、迎えに来てくれた。
そんな思いで心がいっぱいになる。
「コアっ!!何してんだ!!危ないだろ!」
そんな私に、アルに乗って後ろから追いかけて来たセルスが怒りながら言った。
「えへへ〜」
「っていうか、いつ呼んだんだ?手も振らずに・・・」
心が繋がってるから。
だから手を振って、わざわざ旋律を作らなくても届くの。
「・・・お前は、軍隊に入る気なんかないんだろ?」
皆が言った。最高の軍隊に入れるとか、世界一になれるとか。
「う・・ん。」
小さい頃から、私のなりたいものも、目指すものも、唯一つだけ。
それは世界を救うような凄い事じゃないかもしれない。だけど、思うの。
「そんなものより、もっと上を目指してるんだろ?」
私が目指すのは、世界を救うことだけじゃなくて、上に行く事でもない。
世界を救うよりももっとすごくて、上に行くよりももっと難しい。
他の誰も変わりは出来ないような、世界でたった一人の
たった一組の“伝説のドラゴンマスター”になりたいの。
全てを分かりきったかのように放たれた彼の言葉に、私の心は揺れた。
「うん。」
目指すものは、おじいちゃんにも負けないような伝説のドラゴンマスターだから。
そう、心の中で思いを固めた私に、空の風は温かく吹き付けた。
「なら、上がって来い。」
真っ青の空を白竜と黒竜は並んで舞う。
セルスが隣で真っ直ぐ前を向いて、頬を染めながら言った。
「え?」
「せめて、俺が居る場所くらいには来い。」
誰もが夢見る、貴方がいる場所。
頂点への最短ルートと呼ばれる、貴方の通る道。
「頑張る。」
セルスがすぐ隣で飛んでいるのに、どこか遠くに感じた。
その姿はあまりにも綺麗で、魅入ってしまう。
こんな風に空を飛べるのなら、貴方の隣で頑張りたい。
“上”と呼ばれるその場所で。