第132話 :コア
最終審査は個別に行われ、ドラゴンを試験会場内の広場に留め置くことがまず第一の課題だと言われた。そんな簡単なことで何が図れるのかと疑問に思っていた私は、その説明を受けた次の日、その真意を知った。
「これから2週間で貴女はこのドラゴンと訓練をこなし、最終日に実技試験を受けてもらいます。」
強面の試験官はそう言って冷たい目をドラゴンに向けた。
その先にいたのは美しい瑠璃色のドラゴンだった。
「…あの。」
「なんです。」
「私、ドラゴンと契約しているので他のドラゴンには乗ることすらできないのですが…。」
渡された訓練事項に目を通すと、信じられないものばかりだった。
空を飛んだり、空中での高等魔術、他にもドラゴンとの言わば絆を試すようなものが多くあった。
「分かっています。だから、試験なんですよ。」
お父さんに聞いたことがある。おじいちゃんは多くのドラゴンの背に乗っていたって。
けれどそれはエルクーナと契約を交わす前のこと。
「そんな…。」
そんな惨い試験だなんて、私は声も出なかった。
訓練自身が厳しいのではない。難しいわけでもない。
ただ、ルキア以外のドラゴンとその訓練に挑むということが辛くてたまらない。
「無理です…。」
そしてそれは私だけの苦しみではないことが、何よりも辛いのだ。
そばにいるルキアが空を見上げた時、そこにルキアではないドラゴンの背に乗る私を見て彼女は何を思うだろうか。そう考えると息が詰まる。
千年という時を捨てて私とともに生きて死ぬことを選んでくれた彼女に、なんと言い訳をすればいいのか。
「では試験を辞退なさい。無理だと決めてかかって、ここまでの努力を無駄にすればよろしい。」
試験官の言葉に私は今までの全てを思い出した。
おじいちゃんとエルクーナの命を奪った日、ルキアに出会った日、強くなりたいと思った日々、己の無力を感じる日々、赤竜とそのマスターの命を奪った日、それでもなお歩んできた道。
あれほどルキアは私を応援してくれて、これまでの苦労にも耐えてくれたのに。
アカンサスに行って、あの美しい羽根を傷つけてまでここへ来たのに。
「…。」
辞めるとは、言えなかった。
「辞退するのですか、しないのですか。」
「…しません。」
あの日々が無駄になる、というとそれは大げさだ。確かにあの日々は私にとってかけがえのないもので、多くを学んだのだから無駄ではない。そう断言できる。
けれど、その日々からここへ歩んできたことだってまた事実なのだ。それをここで否定することが私にはできなかった。
道を違えたわけではないはずなのに、私はまた迷う。
「よろしい。では午後から実際に訓練を開始します。」
「はい…。」
何が答えか、分からない。
何を選びたいのかも、分からない。
そんな私を気にもとめず、午後はすぐに訪れたのだった。