第131話 :ルキア
風が緑の唄を運んで、光が世界を照らしていた。
その緑の唄の中に、真っ直ぐよく響く声がいて、心に響いた。
『コア。』
ようやく彼女に会える。私は砂をかぶった翼を広げ、勢いよく地を蹴った。
ずっとこの日を待っていたのだ。冷たい風を超え、空を裂くように彼女のもとへ駆ける。
私はどこへ向かっているのかも知らないままに、ただただ声のするほうへ飛んでいく。
その先に何があろうと、その声だけを信じて進めば、そこに彼女がいれば、そこが私の未来なのだ。
「ルキア!」
森を超えて、湖の上を過ぎたころ、空気が震えた。
それは心にではなく、体に響いたコアの声。遠くに見える小さな光の粒ような少女。
私のマスター。
『コア!』
一秒でも早く地上から飛び立ちたくて羽ばたかせた翼を、私は今一秒でも早く地上へ降り立ちたくて風を切る。
「ルキアっ!」
『あぁ、コア。会いたかった。』
小さな光の粒は舞い降りた私に駆け寄った。久しくして目に映す彼女の全てが愛おしくて私は彼女に頬を近づける。
「合格したよ、ルキア。」
『さすが私のマスターです。』
「私、私ね」
彼女の声が、鼓動の音が、私に多くを伝えてくれる。喜びや、期待、まるで冬の終わりの花々のような心。そしてそれだけではなく、冬を越えた木々のような強さ。
「何度もルキアを呼ぼうと思ったの。」
凛としたコアの声が響いてくる。
『えぇ、聞こえていたわ。』
泣き叫ぶような声を、私は心に何度も聞いた。それが主の心であることだって分かっていた。
私の翼は何度も羽ばたき、もがくように空を舞った。その声が止むまで、毎晩そうして過ごした。
「そっかぁ。やっぱり聞こえちゃったかぁ、かっこ悪いなぁ。」
恥ずかしそうにコアは俯いて笑った。何も恥じることなどないのに、私にそっと抱きついて顔をそむける。結局彼女は一度だって私の名を口にはしなかった。心でどれほど叫んでも、一度も弱音を吐かなかったことを私は知っている。
「会いたかった、ルキア。」
ポツリと何かが降った。
『コア…。』
それはコアの哀しみと喜びが詰まった涙だった。
苦しみの先に幸せが必ずあるとは限らない。哀しみの先に喜びがあるとは決まっていない。
それでも彼女は決して歩むことをやめない。
「やっぱりここを目指してよかった。間違って、なかったの。」
コアの声が震えた。けれど真っ直ぐに私の胸に届く。
『よかった。』
進む先に何があろうと、彼女はその道をゆくと決めたら行く人だから。
そうして進んだ先で、傷ついて痛みを抱えて、決断を下しながらまた進む。
そしてコアはいつだって、何かを手にして戻ってくる。
『残るは最終試験だけですね。』
「うん。」
『不安ですか。』
「うん…。でも、もし駄目だったとしても何年も何十年もかけて挑みたいと思う。」
『そうですか。』
コアは無駄な努力はないと考える人間で、私はもともと努力など無縁の生き物だからよくわからないけれど。人を見ていると、人間とはとかく無駄が多い生き物だと思ってしまう。
私たちとは比べ物にならないほど短命で、無力だ。そんな人間がいくら頑張っても私たちのように長生きをすることはできないし、強くなれるわけでもない。けれど人は励む。
『コア、おかしなことを言ってごめんなさい。』
「ルキア?」
そんな人が愛おしくてたまらない。けれど同時に哀れでならない。
『もし、その先にあるものが、貴女の望むものでなかったとしても挑むのですか。』
何度も傷つきながら、それでも進むその姿が愛おしく守りたい。ともに歩んでいきたいとも思う。
けれどどうしても、その道しかないのだろうかと思わずにもいられない。
コアが涙でぬれた瞳をこちらへ向けた。その眼に答えはあった。
また、今まで以上に苦しむとしてもコアはきっと。
「うん。馬鹿みたいだけど、馬鹿なのかもしれないけど。もう、未来を信じることができるだけのものを見つけたから。私はこの道を進みたい。」
そう、その言葉を聞きたかったのかもしれない。
こんなコアだからいつだって進んだ先で何かを得て帰ってくるのだろう。
そしてそれを大切に抱えてまた次に進んでいく貴女だから、無意味なことなんて何もないと思えてしまう。
「ついてきてくれる?」
コアがそっと私を見つめる。
答えなんか知っているくせに、問いかけてくる。彼女もただ言葉がほしいのだ。
『もちろん、どこへだって一緒に飛んでいくわ。私のマスター、コア。』
私は何の迷いもなく、貴女のいる場所へ向かえばいい。コアの声のする方へ翼を広げて飛んでいくだけで私は幸せになれるから。