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第130話 :コア

その扉はとても重たそうに見えた。

全てを受け入れ、来年またここへくればいい、それだけのことだ。


それはアカンサスへ行くときのように、きっと間違ってはいないと言い聞かせて足を進ませる。

進んだ先で頑張れば、たとえその答えが間違いだったとしてもきっと後悔はしない。

私はそれを知っているから、今も前へ進める。


そう思いながらジャンを一瞥し、それから扉をそっと開いた。



「おめでとう、コア。」



そういったのは私の後ろに立つジャンだった。

目の前には試験官が少しばかり微笑んで、こちらを見ていた。

そっと扉のしまる音がして、私はジャンを振り返る。


「え?」


それまで申し訳なさそうな顔をしていた彼が、とても笑顔で私を見ていた。


「三次試験合格だよ。」


ジャンは私にそう言ってから、いつになく真剣な顔をして私の前に座る試験官に言った。


「コア・サーノット、フォルン・オードラン、ユーク・バルド、カラク・バシュタ。以上四名の結果を報告します。

問題事実の発見者はコア・サーノット。

次に問題事実に対しての自首提案者、コア・サーノット。

問題事実の隠蔽提案者、フォルン・オードラン。

問題事実隠蔽賛成者、ユーク・バルド、カラク・バシュタです。」


義務的な口調で淡々と報告していくジャンの姿に私はまだ何が起こったのか、ついていけない。


「よろしい。では今回の試験、コア・サーノットのみ合格とする。」


試験官は相変わらず厳しい口調でそういった。

私だけが合格。皆は不合格。その言葉にも私は頭がついていかなかった。


「え、でも、そんな。」


私だけ、それが結果だと言われた気がして、私は納得がいかず声をこぼす。

その声にジャンがそっと微笑み返し、またあの凛々しい顔にもどると言った。


「ただし、話し合いの結果、全員が問題事実の自首賛成者へと回ったことを付け加えさせていただきます。」


ジャンが鋭くそう言うと、試験官は少し驚いた顔をしてジャンを見た。


「つまり全員が自首賛成者だ、と?」

「はい。」

「グループ全員が納得した結果なのですか?」

「はい。もし疑いがあるのなら、こちらにヴォイスカプセルがございますので、ご確認ください。」


そう言ってジャンはそっとポケットから音声保護魔術がかかった小さなカプセルを取出し、試験官の机の上に置いた。

試験官はそれを見つめてから、そっとカプセルを手に取ると机の引き出しに片づけた。


「これは預かっておきます。・・・では、改めて結果を通告します。

コア・サーノット、並びにフォルン・オードラン、ユーク・バルド、カラク・バシュタの以上四名を三次試験合格者とする。」


試験官の声に、私はそっと目を閉じた。


「コア。僕はこの学園の院生なんだ。」


ジャンが私にそっと言った。

その声に振り替えると、いつもの優しい笑みを浮かべるジャンがそこにはいた。

不正など、するはずもない彼のまっすぐな瞳がそこにはあった。


「この試験は各グループに一人ずつ院生が入り、その院生が札を盗んでいることを受験者が発見するか、そしてその問題をどう解決するのかを視るものだったんだよ。おもしろいよね。」

「…ジャンが札をとっているって知った時、すごく、怖かった。」


大好きな彼が、暖かな彼が、そんなことをするはずがないと、疑いつづけた。

それでも私は彼が札を隠しているところも、全てを見てしまった。疑いもなく、そうだった。


「そうだろうね。きっとその全てを試す試験だったんだよ。友人を疑う怖さへの克服、その事実を受け入れる強さ、そしてそれを人に告げる勇気、不正であることを知ったうえでの己の進みたい道、そしてその道を貫く心。その全てを受験者に問う課題だったんだ。」


なんて、難しい。

課題というのは日々与えられた課題ではなく、本当はそれらを試す課題。


「札を紛失したグループは一つもない。皆、不正を知って、見なかったふりをしたグループだ。」


ジャンが試験官のほうを見つめると、穏やかな目をした試験官も頷いた。


「ただの一グループも、この課題をこなすことはできなかった。

皆この学園を何度も受験し、ようやくここまで残った者がほとんどなのだ。

その想いと引き換えて、何を選ぶのか。その答えに正しいものは何一つない。

だが、学園長はこう言ったのだ。」


開け放たれた窓から明るい光が漏れ、優しい風が吹き込んだ。


「“大切な事は幼い頃に教えられた事と何も変わらないのだ。”と。」

「幼いころに、教えられたこと。」

「そうだ。自分のための嘘はつくな。人を傷つけるな。まっすぐに生きろ。

人を思いやれ。約束は守れ。自分を大切にしろ。

親に何度も言われてきた、人として当然のことだ。

けれど時が経ち、事が大きくなろうと、それらは何一つ違いはしないのだ。

人を思いやり、人を傷つけることを避けたなら、人は戦争を回避する方法を得るだろう。

どれほど大きなことも、もとは小さなことなのだ。

それを見失わない目と、そこへ向かう強き心を持つ者ならば、例え大きな力を持ったとしても、決して誤ったことには使わないだろう。」


そう。きっとそれを問う試験だったのだ。

けれど私は人を殺してしまうことのできる力を持つ恐怖を体中に思い出した。

あの日の熱い手と、強い風。体中の血が騒いだ。


「私は・・・。」


この試験に合格したと言われたけれど。


「私は、人を殺した身です。」


きっと避けることのできた事実、それへの悔い。

忘れかけていた全てを私はまた思い出す。

ふとした瞬間に、いつも私はあの日他にできることがあったのではと思い返す。

けれどそのたび、結局同じ道を歩んで後悔している。


「人を殺めた私に…この学園で学ぶ資格があるのでしょうか。」


力を持って、人を傷つける私に。

今になって迷いが生まれた。迷いというよりも、罪悪感だ。

私はこの罪悪感から逃れてはならないし、逃れることもできない。


そう俯いてそっとルキアの白い翼を思い出した。

そのとき、また強い風がふわりと部屋中を駆け抜け、一つの声がした。


「そんなことはここへ来るときから感じていたことでしょう。」


強く冷たく響く声に、私はそっと顔をあげその声の方向を見た。


「過ちを犯したことを忘れてはなりません。」


そこに立っていたのは、あの日、ルキアと契約を交わした日の会場で私を見ていた青い目の女性だった。


「学園長。」


試験官が突然立ち上がり、彼女に頭を下げる。

その試験官の前を通り、私の前までゆっくりと歩いてくると彼女は言った。


「けれど貴女はその過ちを二度と繰り返さないための努力もなさなければなりません。違いますか。」


そうだ。


「違いません。」


もっと多くを学んで、二度とあのようなことにならない道を探しに来たのだ。

人を傷つける力を持ってしまった私が、人を守る方法を学ぶために、ここへ。


「そのはずです。起こることは、起こるときに起こります。

けれど成さねばならぬことは、為そうとする意志がなければ成ることはありません。

大事が起こるときに、貴女が成すべきことを為せるように、ここへ来たのでしょう。」


ここでなら、彼女のいるこの学園でなら、私はきっとその道を見つけることができると感じた。

伝説となったおじいちゃんがきっとここで学んだことは、これなのだろう。


「精進なさい。本学院生に相応しいと判断がなされた時、私は全力を持って貴女に多くの術を与えます。だから精進なさい。」


“ここまで自分の足で上がってきなさい。”そう告げたその目がそこにあった。

例え迷っても、まっすぐに進み続け、命を守る術を知る義務が私にはある。


だから私は立ち止まりながらでも、一歩ずつ進んでいくしかないのだ。

そうして遠いあの背を、追い続けると決めたのだから。



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