第128話 :コア
きっとこの決断は多くの後悔を生むだろう。そう思った。
月の綺麗なその夜、私は目を閉じていたい真実に触れてしまった。
「また札が…。」
「今度は私たちかも…。」
昨夜、また新たに二グループが札を紛失し、脱落となった。
みんなが怯える中、彼は「大丈夫だよ」と笑っていった。
「ジャン。」
私の声は震えているようだった。
それでも必死に彼を見つめて、その眼をそらさないように心を支えた。
大切なことを見失わないための決断を、きちんと伝えられますように。
「どうした、コア?」
優しい声、優しい笑顔。
彼がどんな思いで過ごしてきたかなんて、私は知らない。
私が触れた彼はいつだって皆に優しく笑いかける人だった。
「私、全部知ってるよ。」
答えのない道を歩んでいくときはいつだって、恐ろしくてたまらない。
きっと見ないふりだってできたし、本人に伝えず、みんなにも黙って試験官に告げることもできた。
それでも私はこの道を答えとして選んだ。
「え?」
どうか、彼に、皆に伝わりますように。
「昨日の夜、全部、見ちゃったの。」
たとえこれが、正しい答えではなくとも、私はこれを答えに選びたい。
「ジャンが札を盗ってたんだよね。私、隠してる場所も知ってるよ。」
部屋にいた全員の視線がジャンに向けられた。
それまで不安がっていたフォルンやユークの顔が驚きを隠せずにあった。
「な、に・・いってるの?」
フォルンがすぐに焦って私を問う。
「まさか、ジャンが。」
ユークも私を見つめた。
嘘だよと、笑ってあげられたらいいのに。そう思った。
仲間だと思ってともに励ましあってきた仲間の裏切りなど、簡単に信じられるものではない。
「僕だよ。」
ジャンはいつもの優しい微笑みをそっと私に向けた。
取り繕うこともせず、じっと私を見つめる目に泣きたくなった。
「そんな!!」
「…なぜ。」
ジャンは私から目をそらすとユークとフォルンを見つめた。
「・・・僕はもう後がないんだ。何をしてでも、受かりたかった。」
素直にそう話すジャンの気持ちはきっと、皆わかるはずだ。
何度も落ちて、それでも受け続けてきた皆には、痛いほど。
「問題は。」
今までずっと黙っていたカラクが低くその声を響かせた。
「問題は、これからどうするかだ。」
そう、ジャンの気持ちを理解すると同時、連帯責任という言葉が頭に浮かぶ。
もしここで、札泥棒の犯人が自分のグループの中の人間だとわかったら、連帯責任という言葉で不合格となるだろう。
札を失くしただけでグループ全員が失格となるのだ。盗んだ側も同じだろう。
やっとここまでたどり着いたというのに、他の者の不正により不合格となるのは、私だってたまらなかった。
一年間ずっと勉強に費やし、朝も昼もとわず学んできた。その結果がこれだなんて、信じたくなかった。
「・・・まだ、他の人には見られていないのなら・・・、このまま。」
フォルンが静かに言った。
ユークもそれを否定できず、小さく頷く。
カラクも頷いた。
確かにそれは賢い選択なのだろう。
けれど、黙っている私をジャンはまっすぐ見つめた。
「コアさえいいなら・・・・・・、これからはもう盗まないから、黙っていてくれないか。」
ジャンの眼はそう語っているようには見えなかった。
「ジャンはそれを心から望んでる?」
思わずそう聞いてしまった。
「私は…黙ってみないふりはできないよ。」
カラクが私を睨みつける。
そう、そうなることくらいわかっていた。
自ら失格を申し出るような行為は、賛成されるはずのない答えだ。
それでも。
「私は、不正を見過ごすことはできない。」