第125話 :コア
「あいつ、アカンサスの出らしいぞ。」
食堂前で話している私とフォルンとジャンから少し離れたところで、誰かが言った。
アカンサスは今、国土を譲る代わりに他国に復興支援の協力を頼んでいる頼りない国だと言われていた。
それだけではなく、女も子供も関係なく殺す血の混じる国だと。
他国からの評価は低く、並びに王座についた女王はまだ若く、王器はあらずというものも多い。
「あいつって四班のユークのことか?」
三人で話す男子の声が私の耳に響いてくる。
「あぁ。あの黒くて気味の悪い女。」
「いかにもアカンサスのドラゴンマスターって感じだよな。」
甲高く響く笑い声が、穏やかな昼下がりの風を蹴散らしていく。
「ユークは悪い子じゃないよ、きっと。」
思わず私がそう小さく呟くと、隣にいたフォルンが少し困った顔で言った。
「え、でも・・・今のがもし本当なら、彼女はアカンサスの人ですのよ?」
「フォルン?」
アカンサスのドラゴンマスターは、その多くが争いを好み、殺人鬼だと思われている。
その原因は先の王座を奪い合う戦いにより、アカンサスのドラゴンマスターは多くの命を奪ったからだ。
己の身と大切な人を守るためにとった行為だとも言えたが、それはあまりにも傲慢な理由にすぎなかった。
それでも彼ら全てを裁く技量が女王トレスにはあらず、多くがその罪から逃れた。
ユークがアカンサスのドラゴンマスターであるということは、彼女もまたその争いの中にいたかもしれないということなのだ。
「ユークさんと同じグループは私…。ねぇ、コア。極力関わらない方法を考えましょう?」
それが彼女を恐れる理由にはなりえると思った。
「フォルン。」
それは何もフォルンや男達が悪いわけではない。
人とはそういうものなのだ。
私だって、赤竜のマスターに出会ったときは恐ろしさを感じずにはいられなかった。
自分と違う、それは自分にとって時に脅威になりえるのだ。
「私、人を殺したことがあるよ。」
おじいちゃんの命。
そして、赤竜とそのマスターの命。
「え・・・!?」
フォルンが驚きながら私を見た。
その横をフォルンの声にちらりとこちらに目をやって、すっと男達は通って行った。
その背中をそっと見つめながら、口を開いた。
「フォルンが怯えるべきは、アカンサスのマスターじゃなくて、命を奪うマスターじゃない?」
「そんな・・・コアさんが・・そんなはず。」
「私は命を奪ったマスターだよ。」
フォルンはさらに困惑し、その隣でじっと聞いていたジャンも目を丸くして私を見た。
「アカンサスでは確かにたくさんの命が奪われていたし、たくさんの人が命を奪っていたけれど。
私がアカンサスで出会ったのは、その多くの命を守るために自ら苦しい道を選べる人や、誰かのために痛みを耐える人や、哀しみを抱えながら人を許せる人だったから。」
どれほど他に批判されようとも、何より大切にすべき民を守り抜く女王。
傷だらけの裸足で地に立ち、小さな命を必死に守る幼い少女。
ドラゴンに大切な人を奪われた哀しみを抱え、なおドラゴンを美しいと言えるお婆さん。
「私はそんな理由でユークを避けることが、正しいことだとは思えないよ。」
フォルンやジャンがもしかしたら、私を避けるかもしれない。
そんな恐れを私は確かに感じていた。
人に避けられることが平気なほど私は強くない。
ずっと仲良く笑っていたいという願いだって、もちろんあった。
それでも。
私が命を奪ったことを隠して生きていくことは、きっと許されないことだと思った。
「けれどコア・・・。」
そんな私をフォルンは心配そうな瞳でじっと見つめ、名を優しく呼んでくれる。
ジャンは何も言わずにただ、私とフォルンを優しく見つめてくれている。
「フォルンは優しい。ちゃんと私を見てくれる。私自身を見て、名を呼んでくれる。
だからフォルンはきっとユーク自身を見てあげることができるよ。」
「でも・・・」
人とは脆い生き物だから、己と異なるものを拒んでしまう。
「怖いと思うことを否定してるわけじゃないの。
ただ外から見ているだけで決断していると、絶対にちがえてはならないことを違えてしまう。
たった一瞬の決断が、一生分の過ちを生むことだってあるの。」
神様は人間に眼と耳と手を与えてくださった。
己の目で見て、己の耳で聞いて、己の手で触れられるように。
「だから私はどれだけ難しくても、その人自身を見ていたい。いつか私がそうしてもらったように。」