第121話 :コア
学力試験合格者は推薦書を持つ受験者の五分の一にも満たなかった。
その試験を通り、二次試験の技能ではそこからさらに三分の一にまで減らされた。
そして三次試験は、その試験に残ったもの同士が五人ずつのグループを作り、与えられた課題をこなすという内容だった。
マスターズスクールから推薦書を書いて貰うために必要だった実施訓練を終え、学力試験の勉強に半年をかけ、技能試験の高度な魔術使用とルキアとの共同課題をこなすために半年をかけて、ようやく三次試験にたどり着いたのは、アカンサスを旅立ってから一年を少し過ぎたころだった。
「一時はどうなることかと思った。」
「何?」
「アカンサスから帰ったばかりのころはあの学力の低さに俺は・・・。」
明日、ついにアルファルベータへ発つ私と最後のお別れをするためだろうか。セルスはプーシャ国の国家竜騎士となり忙しいのに、わざわざ私に会いに来てくれた。
そして夜風が心地よく吹くなか、私にそんなことを言って笑いかける。
「無事合格したよ。」
「あぁ。」
「とっても勉強したんだから。きっと今はセルスより頭いいんじゃないかな?」
半年、私には時間がなかった。半年でセルスよりも多くのことを学ばなければならない。
それは私にとって危機としうるものだった。
「かもな。」
「けどセルスはどんどん遠くに行っちゃうね。」
私は足踏みをしているような気がして、毎日必死に勉強した。
先へ先へと歩いていくセルスの背に、寂しさと同時悔しさを感じる自分もいた。
けれどその寂しさや悔しさよりも、私の中にある弱さへの恐怖が私を必死にさせた。
命を奪うことのできる力を、命を守るために使いたいと思ったから。
傷つけることなく誰かを守れるだけ、強くなりたいと思ったから。
ならなくちゃいけないから。
「遠くか・・・。お前はいつも俺の背中を見ているようで、本当は。」
「本当は?」
「・・・その向こうのもっと先を見ている気がする。そしてすぐにそこへ飛んで行ってしまう。」
セルスはそういって、そっと私から目をそらした。
彼の目の先には夜の中にぽつぽつと光る街の灯りがあった。
アカンサスにも灯る小さな光が、当たり前のようにプーシャの中の小さな街にも灯っていた。
アカンサスへ行く前の私なら、その光が当然のようにそこにあることがいかに大切なことかなんてわからなかった。
闇の中に浮かぶその小さな光の粒達がなぜ綺麗なのか、ようやく分かった。
当然のようにそこに光があることがどれほと大事なことなのか、望んで初めて知った。
そしてその光を守ることの難しさと大切さを、守りたいと願って初めて知った。
「アルファルベータってね、おじいちゃんの母校なの。」
「え?」
コントゼフィール学院、アルファルベータ学院、オーガドリス学院。
この世界の三大マスターズスクール。
セルスはコントゼフィールに通っていた。お父さんもそこに。
けれど私はコントゼフィールでもなく、オーガドリスでもなく、おじいちゃんの通っていたアルファルベータに行きたいと思った。
「セルスが、コントゼフィールに行くってなったときね。私はそこにはいけないと思った。」
「どうして。」
「私が白竜と契約したマスターだからという理由で私を選ぶあの学校には、私の学びたいことはないと思ったの。オーガドリスもそう。あのとき、アルファルベータだけが私に何も言ってこなかった。」
今でもよく覚えている。
セルスが私と学院のどちらをとるか悩んでくれたこと。
私も声をかけられたけれど、迷うことなく道を選べたこと。
「アルファルベータの学院長がね、試験会場で私のことをじっと見てたの。」
青い目だった。
ルキアに似た澄んでいて気高くて、美しい。
「その眼は私に、“自分の足でここまで上がってきなさい。”って言ってる気がしたんだ。」
一歩ずつでも、転んでも、足踏みしても。
自分の力でしっかり、自分の居場所を見つけてそこへ向かいなさい。
そう、言われた気がした。
「おじいちゃんはきっと、あの学院で大切なことをたくさん学んだと思う。私は…おじいちゃんの伝説を継ぐのじゃなくて超えたいから。おじいちゃんが何を学んだのか知って、私も学びたい。」
私はセルスの背中を追いかけてる。
だけどセルスの言った通り、その向こうにある背中もずっと追いかけてる。
「お前はいつも結局、何にも迷うことなく真っ直ぐだな。」
「そう、かな。」
「あぁ。その眼の強さが、フェウスさんによく似ている。」
セルスは少し悲しそうに笑った。
お父さんは世界へ戻り、また世界一のマスターズの椅子に座った。
けれどまだ、誰とも闘っていないのだと聞いている。
「手合わせをお願いしても、いつも断られる。」
「手合わせも?」
「あぁ。“すまないが、闘えない。私を待ち続けていたやつがいるんだ。あいつとの勝負を終えたら必ず受けるから、もう少し待ってくれないか。”って。」
お父さんを待ち続けていた人。
「フェウスさんがトップの座にいたとき、ずっと敵視し闘いを挑んでは負けていたやつがいるらしい。そいつはフェウスさんが姿を消した後、ずっとトップの座を守り続けていたんだと。他のやつが座ることのないように、その座を狙うものをかたっぱしから負かして。だから、待ってほしいって。」
それで。
それでセルスはこんなにも悲しそうなのか。
「焦らなくてもいいんだよ。」
「え?」
「例え私がセルスの向こうを見ていたとしても、そこへ飛んで行ったとしても。お父さんがセルスより別の何かを優先しても。セルスは今できることをすればいいだけなんだよ。それは何も変わらないはずだから。」
私だって迷うし、私だって足踏みする。
それはきっと、私やセルスだけじゃなくて。
おじいちゃんやお父さんだってそうだったと思う。
「今できること。……、そうだな。お前の名がまたアルファルベータの中で響き渡る日まで、俺はお前の友として相応しい男になっていようか。」
ため息のように笑い声のように、そっと優しく低いセルスの声が夜風にのって響いた。
「真っ直ぐな分だけ、間違えることだってあるんだよ。だけど間違えそうになったとき、セルスや皆が私を正しい道へと戻してくれる。」
セルスの声がいつだって、私を先へ進ませ、私に多くを気付かせる。
「だからセルスは私にとっても必要な人。」
違えないでほしい。
誰もが自分を必要としていないんじゃないか、なんて。
違えないでほしい。
「いつだって、人は人を必要としている。私にとって、セルスが必要なように。」
きっとセルスにとって私が必要なように。
「あぁ。…ありがとう。」
セルスが笑った。
「行って来い。俺の手に届かないくらいはるか遠くまで。」
「うん。」
そしてきっと帰ってくる。
大好きな貴方のもとへ。