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第118話 :トレス

広く広くそこにあるアカンサスの大地が少しずつ緑を纏いはじめ、本当に少しずつではあるけれど建物も建っていた。この戦いが起こる前、アカンサスの光の街と呼ばれた城下トリミアも、元の姿をほんの少し感じさせるまでに復興していた。


「またここに光が舞い降りる日は来るだろうか。」


トリミアは平和の証であるとされる光の粒が年に一度舞い降りる街として栄えていた。

しかし私の父である前王クオンズが亡くなったその年、光は訪れなくなり、それからというもの一度も舞い降りていなかった。

トリミアに戻ってきた人々はみな、光降る日を何よりも待ち望んでいた。

やせ細ってしまった大地を他国へ譲渡し、多くの支援を得て何とか持ちこたえる現状。

それを維持するだけで精一杯のこんな私に、皆が期待をしてくれる。


「私、ハイドン省長官に言われたの。お前がこの国の戦いを終わらせたマスターだなって。

確かに私は終わらせようとしたけど、私だけじゃないんだよね。それにその時思ったの。

もしもこの戦いを終わらせて、平和へ導いたものの名をあげるとするならそれは、トレスしかいないって。」


強く風の吹く中、日が暮れていくアカンサスを眺めながらコアはそう言った。

テラスがひんやりと冷たくなって、肌に触れるのが気持ちいい。


「・・・・・私?」

「そうだよ。だってこの国を背負う覚悟をしたのはトレスだからね。」


その覚悟をさせてくれたのは、背中を押してくれたのはコアだというのに、彼女は心から私にトレスだからといった。誰もがコアがこのアカンサスを救ったと語ったとしても、コアはそれを認めないような声だった。


「こんなに貧しくなった国を豊かにするのはこの国に生きる全ての生き物だけどね。誰よりも人に頭を下げて、この国の全てを他の何よりも優先して守る道をトレスは選んだ。だから。」


すっ、と幼い少女は私にその澄んだ瞳を見せて言った。


「もう大丈夫。光は降ってるよ。皆にとって、トレスは何よりの光なんだから。」


私にとってコアがホワイトホープであるように、私を支えてくれる者にとって私が光の粒となれている。

コアのその言葉にじわりと胸の内が熱くなった。


「学園から通知が来ていると・・・聞いた。」


それはコアに一通の手紙が届いた時からずっと胸の中、物凄い速度で大きくなっていく不安だった。

コアが私のそばからいなくなってしまうと思った瞬間、突然恐怖を感じた。


「知ってたの?」

「セルスが教えてくれたんだ。コアは、この国の専属マスターではないから仕方ない。」


セルスはコアが専属マスターになる気がないことも教えてくれた。

心のどこかできっと私はコアに甘えていたのだ。コアならこの国が本当に平和な国になるまで、ずっと私のそばにいて助けてくれるのではないかと、期待していた。

けれどそれと同じくらいに、こんなところに納まっているほど小さな存在ではないことも分かっていた。


「私はコアが思っているほど、強くはない。それに・・・そんな覚悟だって本当はあるのかどうか、分からない。怖くてたまらないんだ。未だに一人では何も決断できない愚かな私が、本当にこの国を平和へ導くことなどできるのか。踏み外してしまいそうで怖い。期待に応えられない愚王と呼ばれる王になってしまう。」


コアがいなければ、私は何もできやしないのだとよく分かっているから。

正しい決断をするために、コアにそばにいてほしい。私が道を違えたとき、あの力強い瞳で私を引き戻してほしい。何にも揺るがぬその強さが、私には欠けているから、コアが必要なのだ。

そう私はずっとコアが帰る日を怯えていた。


「強くないのかもしれない。けれどトレスはトレスが思っているよりもずっと、弱くない。

それに私だってトレスが思っているほど強くない。私もいつも怖いんだ。

その一瞬の判断がどれほどの後悔を生むのかって考えて、本当にこれでいいのかって。」


コアがそっと空を仰いだ。紺色の空を、白いドラゴンが気持ちよさそうに泳いでいる。

コアにも怖いことがあるのか、と私は私の中にいるコアに問いかけた。

ドラゴンに投げられる石の前に飛び出していくコアにも恐怖があるのか。

あのドラゴンを嫌う村のなかにたった一人で入っていくコアにも、不安があるのか。

私の中のコアはいつだって自分の信じる道をただひたすらに突き進む、果敢な少女なのに。


「だけど私が迷うたびに、ルキアがそっと寄り添ってくれる。セルスやリラが、省長官やお父さんが、私の中で生きるおじいちゃんが、私のそばで導くんじゃなくて、ただ寄り添ってくれる。

ああでもない、こうでもないってちゃんと私が結論を出せるように。どこにいても、不安になっても。

だからって間違えないわけじゃないけど。迷った時はいつも心の中で思うの。

それは皆に胸を張って考え抜いた答えだと、思い返してもやっぱりその時一番だと思った理由があると、言えるかなって。」

「その時一番だと思った理由・・・・。」

「ここにきて、ルキアはたくさん傷ついた。私、すごく後悔してるよ。契約さえしなければって思うくらい、ルキアを傷つけてしまったこと後悔してる。だけど今思い返しても、私はやっぱりアカンサスへ来たと思う。大切な人がいるからルキアがいるからたくさん悩んだけど、大切な人がいるからルキアがいるからここへ来ることを決めたんだ。」


争いの真っただ中、両親も友人もいない私は感じなかった怖さをコアは感じてなおここへ来た。


「いつか誰かを守りたいけど、守らなきゃならない時は待ってくれないことを私は知ってたから。

無力であることの怖さをいつかじゃなくて、今ちゃんと受け止めなくちゃならないと思った。

今でもそれは変わらないんだよ。ルキアがいて、セルスがいて、私の背中を無理にでも押してくれる人もいた。だから今がその時なんだと思ったの。今行かなきゃ、きっといつまでも私はその恐怖から逃げ続けてしまうって思った。」


コアは強い。

恐れることを弱さにせず、逃げることを弱さにする。

彼女は恐れてもなお立ち向かう強さを知っている。


「トレスが怖いのだって当たり前なんだよ。何万人何千人の命を背負うんだから、怖くて当たり前。

だけどちゃんと選んだじゃない。トレスは逃げないことを選んだんだよ?」

「それは・・・コアがいたから。」

「あの時はそうだったかもしれないけど、今は金銀軍のヴァンさんやシーザさんがいるじゃない。それにこれから先トレスはたくさんの人に出会うよ。その人たちはきっとトレスの支えになって寄り添ってくれる。それでいいんだよ。怖いなかを歩いていくときに、トレスに出会った人がきっと小さな灯りになってくれる。」


ばさっ、と大きく羽ばたく音がして、夜の訪れた空からルキアが舞い降りた。

そこに風が生まれ、コアと私の金の髪を揺らしてかけていく。


「怖いのは当たり前って言ってくれたの、そういえばルキアだったよね。」

『何の話ですか?』

「アカンサスへ来るのを迷ってたときの話。」


あぁ、とルキアが青い目を細めて相槌を打つ。ふわりと笑いあう二人がとても綺麗で私は言葉を失くして見惚れていた。いいなぁ、と思ってしまうのだ。

絶対という存在のそばにいられることが、羨ましくて仕方ない。

私はもうすぐコアと離れ離れになってしまう。けれどルキアは、決してコアから離れることなどないのだから。


「ルキアは千年の時をかけて、契約したのよね。」

『はい。どうかしましたか?』

「その気持ちがよくわかる。」


千年という時よりも、きっとコアと過ごす一秒がずっと幸せでたまらない。そんな表情をするルキアにコアも優しく笑い返し、そっと抱きしめる。

もしも私がドラゴンだったなら、私はきっとコアを求めるだろう。彼女が私を呼べばすぐそばに飛んでいくだろう。そう思うこの心はもしかすると、嫉妬かもしれないなと思わず笑ってしまった。


『私のマスターですから。』


それに感づいたのかルキアが私に笑いかける。


「あぁ。私もいつか、そう思える人と出会うのだろうか。」

「トレス、ドラゴンマスターになるの?」


コアは自分のことだとも知らずに、目を輝かせてそう言った。


「いや、けれど。時をかけて誓える人が、できるという未来を描いてもいいかもしれない。」


ヴァンもシーザも、他の高官たちも、私に誓ってくれたのだ。

その誓いに相応しい王になる。そうずっと思いつめていたけれど、もしかするとそこへ連れて行ってくれるのは私に誓ってくれた彼らかもしれない。

恐れの中を歩む力を、彼らは私に与えてくれる。コアだけではなく、この国の本当の幸福を願うものが私を王たる王へ向かう力をきっと。


「そうか。」


コアはこの時を待っていたのだろう。


「もう、いい。」


コアばかりに助けを求める私が、私の両手をしっかりと握っていてくれる多くの者がいることに気づくその時を。誓ってくれた者のために強くならねばと思いながら不安になり、コアに寄りかかるばかりの私を、誓ってくれた者たちが私を王へと歩ませてくれる。


「え?」

「私はもう大丈夫だ。光が降らずとも、私にはたくさんの光がある。だからきっと、私は歩けるよ。」


夜が訪れた城下にぽつりぽつりと小さな灯りがともり始めた。

トリミアに光が降らなくとも、人はそれを嘆くのではなく、光降る街を取り戻そうと励んでいる。

優しい灯りたちが傍にいるならばそれだけで、恐れの中を歩いて行ける。

そう、城下のトリミアが光を放つように。


「私は光になる。私に光がある限り。」



私がそういうと私の隣で、伝説のマスターズが顔を見合わせ、二人はそっと私を見つめると小さくうなずいた。白い羽を揺らす夜風に別れの匂いがした。

けれどもう、大丈夫。

そう思う私に、遠くのほうからシーザとヴァンの声がそっと聞こえていた。

長いですね;;

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