第115話 :セルス
俺の眼に映ったのは、魔力を持たない少女を乗せた白竜。
その少女の体からはほんの少しの魔力さえ感じなかった。
「コアッ!!」
空に戻る決断は決して、間違っていたとは思わない。
けれど空に戻っても、俺にすることは何もなかったようだった。
強大な魔法によって地上に捕らえたれたベーレ家の軍は、その場に眠るように横たわっている。
豹の横に横たわる気品溢れる女が、きっとベーレ家の当主。
「私は・・平気、大丈夫。」
マスターや魔術師は魔力を全て使いきると、精力を使いはじめるようにできている。
それがどういうことか。コアは分かっていてこんなに強大な魔法を放ったのだろうか。
「お前!!」
白いルキアにアルが近づいて、俺の眼にだんだんとくっきり映る弱ったふうに笑うコアの顔。
精力を変わりに使うということは、その分だけ寿命を削るということ。
「説教、なら・・後で聞くから。」
微かに微笑む彼女は、俺の気持ちをどこまで分かっているのだろう。
説教じゃない。心配なんだ。大事なんだ。それくらい、分かってくれているだろうか。
「トレスの・・所に行こう。」
精力を削って、微笑む。俺の目の前にある、小さな小さな命。
「ルキア、トレスのいる城まで運んで?」
『そんな体で・・・何ができるというんです。』
真っ白でボロボロのワンピースが、空の風にヒラヒラと揺れる。
まるで雲と同じ色をした、そのワンピースが風の中に溶け出しているように見える。
コアはルキアの問いに優しく笑って、答えた。
「何もできない。だけど、私のやるべきことは全部したから・・・。
見守りたいの。すぐ傍で、この国が平和になるその瞬間を・・見届けたい。」
「お前は・・死なないんだろ!?」
『見届けたいなんて、やめて・・・!』
「2人とも、私を勝手に・・殺さないでよ。」
ね?なんて笑うコアが、とても弱く脆く感じた。
「お願い、ルキア。私を・・平和へ一歩近づくその瞬間が訪れる場所に。」
『紫苑の王座へ行けばいいんですね。』
白いワンピースを揺らす少女と白き竜は、いつだって寄り添うように互いに支えあって空を飛んでいた。
アルは何も言わずに、城へと岐路を変えたルキアの後を飛んでいた。
世界一なんてものより、もっと高くを望む少女の眼は決してこんな所でくたばるものじゃない。
それでも。大切で仕方ないから、心配するんだ。それくらい分かって欲しいのに。
『この地上一帯に魔法の輪を張るなんて・・すげぇのな・・。』
「考えなしで、馬鹿なだけだ。」
魔力を使い切ってしまうことくらい、少し考えれば分かる事なのに。
俺の前を飛ぶ、まるで白い雲が象ったような白竜を見ながら言った。
白い竜と黒い竜がどんどんと今にも崩れそうな城に近づいた。
砲弾によって開けられたであろう壁の穴から、長い階段がチラリと覗いた。
その階段を通り越し、ドラゴンは静かに羽を羽ばたかせ、フワリと最上階のデッキらしき場所に舞い降りた。
白い石によって作られた城は、もはや城には見えないほどに朽ち果てていた。
近くで見て、触れると、すぐに崩れそうなほどに脆く。
「コア、降りられるか。」
アルの背中から降りて、城の最上階までの廊下をチラリとみて、それからコアを見た。
ルキアの背からゆっくりと降りている。
「平気・・」
タン、と白い城の上にコアのボロボロになった足がついた。
「ありがとう、ルキア。」
『もし、向こうで魔法が切れたら・・私が繋ぎます。だから・・』
「だめ。ちゃんと、迎えに来て?・・2人で、飛ぶから・・空は空なんだよ。」
寒い台詞をコアはあっさりと言い退けた。
空が空である理由なんか、俺とアルには必要なのだろうか。
そもそも2人で飛ぶから空は空だという意味さえ理解できない。
「行こう・・、セルス。」
「あ、ああ。」
コアがルキアに背を向けた瞬間、碧い眼を空に向けて白い大鳥が舞った。
その後を続いて、赤い眼をした黒い大鳥が空へと舞い上がっていく。
先をゆっくりと歩くコアに目を向けると、魔力を持たない体で精一杯その先にある紫苑の王座へと向かっていた。
揺らぐことなく、ふらつく足をしっかりと前へ進めて。
渡り廊下を抜け、大きなホールに入った瞬間。
底に広がる、朽ち果てた赤い絨毯の先に、もう椅子かどうかも分からない王座がコアと俺の眼に映った。
そしてその椅子にそっと触れる王女トレスと、そのトレスに跪く王国軍兵。
「・・王座、だ・・。」
コアの小さな声に俺は何も返事を返す事ができなかった。
「――――我の名はトレス―――
前主である父の血を持って、汝に契約を結ばん。
答えよ、紫苑の色に染められたアカンサスの王座よ。我をこの国の王として、欲するか。」
この世界の国々は、王座につくとき、その王座と共に儀式を行う。
意志を持った王座は、その国の王を選ぶ権利をもつという。
その儀式を受けることができるのは、前王の直血である子孫のみ。
それ以外の者が王座に受け入れられるためには、前王の血を持つ最後の生き残りの血を王座に注ぐ事。
そして新たな王座を作るだけの魔力や権力を持つ者。
「答えよ――――紫苑の座よ。汝は我を王として欲するか。」
その椅子に問うトレスが、あまりにも立派に見えて、俺とコアはそこへ跪いた。
パァッ”一瞬眩い光が放たれ、そこにいる誰もが目を閉じた。
そして目の前で起こる、奇跡に瞬きをする事さえ忘れる。
王座が光の粒と共に、朽ち果てた部分を修復し、元の立派な王座へと戻っていくのだ。
金に縁取られた気品溢れる椅子。金の縁は王座のてっぺんで美しい模様を描いて動くのをやめた。
色あせていた紫がしだいに濃く鮮やかに、紫苑の花を思わせるほどに色づいた。
「・・綺麗な・・王座。」
《汝の椅子だ。》
ホールに響き渡る、低い声。
王座から響き渡る、新王を求める椅子の声。
「私が・・座ってもいい、の?」
《汝のためにあるのだ。紫苑の花に愛される子よ。この国の王となれ。そして全てを幸せへと導け。》
「・・はい!」
紫苑の王座にトレスがゆっくりと腰を駆けた。
その瞬間、朽ち果て、輝きを失った城が光を放ち始めたのだ。
「何だこれ・・!」「城が・・」「蘇っている・・?」
足元から白く輝く美しいタイルが現れ、輝きを失っていた城の全てが時を戻している。
傷ついたコアの体をその光が優しく覆うと、フワリとワンピースが真っ白になり、
コアから感じる事ができなくなっていた魔力が、満ち溢れるほどに伝わってくるほどに回復していた。
「ど・・ゆこと?」
「・・まさか、城が・・・、城がコアを救ったのか。」
意志を持つ城が、コアに光を分け与えたのだろうか。
そう呟いたとき、まるで神を思わせるほど透き通った声が響いた。
『―――この国を救ってくださって、ありがとう。勇気ある幼き少女。―――』
色鮮やかな真っ赤な絨毯、軍の傷も癒え、輝きを取り戻す全て。
「死なない、そう言ったでしょ?」
「・・コ、ア・・。」
全てが終わり、この国がようやく争いを終え、平和への道を歩みはじめたのだ。
そんなアカンサスの空には、自由を得たドラゴンや契約獣が嬉しそうに舞っていた。
争いに巻き込まれ、縛り続けられたドラゴンや、魔獣が、自由を喜び。
地上では、風を操る者によりその知らせが届けられ、生きとし生きるもの全てが喜びの声を上げた。
全ての者に平等に当然のように与えられる平和を築くため、一歩踏み出した瞬間だった。
こんにちは。いつもお越しいただきありがとうございます。
読者の皆様にはいつもいつも、感謝しつくせない限りです。
このたび、著者である私の私情により、8月いっぱいの更新を控えることになりました。
せっかく来ていただいているのに、残念で仕方ありません。
でずが、9月にはちゃんと更新しようと思っていますので、どうかご理解よろしくお願いします。
今まで小説を読んでくださった方々、応援してくださった方、本当にありがとうございました。
どうかこれからもよろしくお願いします。