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第114話 :コア

この世界に生きていたいと思う理由は簡単。

いつだって、大好きな人が私の名を呼ぶから。

死ぬという事を恐れるのも、生きていたいと願うのも、ここに大切な人がいるから。



『コアっ!コアっ!!』


全ての魔力が体から抜けきった、そんな気分だった。

軽くまるで羽が生えたように体が軽く空を飛ぶルキアの背に横たわるだけ。

私の目に映るのは晴れ渡った空で、私の耳に聞えるのはルキアの澄んだ声があの日と同じように私を呼ぶ声。


「ルキ・・ア?」


自由の利かない体で、私は精一杯声を振り絞りルキアの声を呼んだ。


『コアっ!しっかりして!』

《主、気をしっかり。》


水の精霊が水滴となり、ルキアの周りを優しく覆っていた。

綺麗な水のシャボン玉には、真っ青な空の色が染まっている。

トレスは、王座について儀式とやらをしただろうか。

アルはちゃんとセルスとトレスを王宮に届けてくれただろうか。

セルスは・・・。


「私・・」


私は誰にも傷ついて欲しくなかった。

だから、大好きなセルスにトレスを任せた。


「私・・ね。」


最後じゃない。私が見上げている空は決して、最後なんかじゃない。

そう心のどこかで声を上げている何かがいる。

だけどその心と反対に、セルスの顔を思い浮かべて零れていく涙がある。

ゆっくりと離れていく空に、私の涙が水の精霊の水滴のように浮かんでいく。


「ルキアが、大好き。・・セルスが、・・大好き。」


ちゃんとトレスの前で言いたかった。

本当の私は弱くて、卑怯で、愚かで、泣き虫だから。

セルスのためなんて綺麗事を盾に、私は自信がなかったから言えなかった。

セルスの傍にずっといる自信が、セルスに想い続けられる自信が、セルスだけを想う自信が。


「私は・・セルスが大好・・きなの。」

『知っています。お願いよ、コア・・しっかりして。貴女はこんな所で死んでしまっていい人じゃない!!』


ドラゴンはどこまでも優しいから、その分だけ傷ついて、その傷を隠して笑う。ルキアは出会った時からそうだった。

ほんの一瞬その影に見せたのは、マスターを恨む気持ちと、マスターにつくドラゴンを羨む気持ち。


「違う、よ?それは、違う。皆、死んでもいい人なんて、どこにも・・いない。」


主を思うドラゴン。でも、ルキアは違う。

主だからじゃなくて、私だから想ってくれるんだよね。私、知ってるよ?

いつだって、青く赤く染まっていく空の端で感じていた。


「ね・・ぇ、ルキア。」

『もう・・黙って、下さい!』


バサッとルキアの白い翼が揺れたのが眼の端に映った。


「ルキアは・・自分を犠牲にして、私を助ける、けどね。」


いつだって、いつだって。

私が弱いから仕方ない事だけど、でも命に関わるときじゃなくてもそうだった。

いつか私に向けられた矢だって、私に突き刺さってもきっと死ななかった。

魔法弾だって、炎だって、ルキアは白い翼を盾に私を庇ってばかり。


「守らなくて、いい。」


ルキアの優しさはいつも私を傷つける。

そのことに、ルキアはいつも気づいていない。


「もう、守らなくていい。傷ついてまで守ろうとしないで・・?」

『・・守ります。大切だから、何があっても。』

「何があっても・・なんて、駄目、だよ?ルキア。貴女は気づいてない。」


体から抜けきった魔力の所為で、眩暈がし始めた。

空に浮かぶ白い雲が全て、美しく空を飛ぶルキアと・・エルクーナに見えた。


「貴女が傷ついたら・・悲しむ人がいること。貴女が傷ついたら、私が傷つくこと。」


だから、結局同じ。同じじゃなく、それ以上。

自分の体に矢が刺さるより、ずっと、ずっと痛く突き刺さる。


『そんなの・・貴女だって分かっていない。貴女のほうが、分かっていないわ!』


そうかもしれないね。そう笑いたかったのに、何を言うこともできなかった。

エルクーナが空の上を飛んでいる。そういえば、エルクーナも白竜だったんだ。

ルキアはきっと、エルクーナの子供なんだね。

私の憧れたあのマスターのドラゴンに育てられた、白きツバサを持つ子。

エルクーナが私の元を去るとき、一瞬その眼に映った白く幼き龍。


「ルキ、ア。」


全ては運命のままに動いている。

私がルキアと出会ったことも、セルスと出会った事も。

出会いは運命。必然の元に出会った。

けど思うの。契約を結んだのは決して運命じゃない。セルスを好きになったのは運命じゃない。

決まっていた事じゃない。私が、決めた事なんだって。


「平気だよ、私は・・死な、ないよ。」


死なないよ、私はルキアの命を背負っているんだから。

ルキアが死にたくないと思うなら、絶対に死なない。

少しでも私と空を飛びたいと思ってくれるなら、絶対に私は死なない。


『当たり前ですよ・・っ!』


そうだね、私は静かにそれだけ言った。

空に流れる言葉。


「セルス・・、セルスの匂いがする。」


魔力がないマスターの終わりなんて、眼に見えている。

だけど私は何故だか、死ぬ気がしなかった。

ルキアがいる限り、きっと私は死なない。死ねない。


「セルス・・の、匂い。」


大好きな人が涙を流す事ほど、悲しいことはない。

大好きな人が傷つくことほど、苦しいことはない。

だから私は死なない、絶対に、死んだりしない。


「―――――――――――――――コア――――――!!」


大好きな人が私の名を呼ぶ声がする。

この世界はとても優しく暖かく幸せな場所、だから人は死を恐れるのね。

きっと死の向こうに大切な人がいるなら、怖くないもの。

だから、この世界に生きていたいと思うの。大切な人が私の名を呼ぶから。



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