第113話 :セルス
地上が揺れた。
その揺れに俺は微かに、彼女の力を感じた。
「コ・・・・・・ア・・・?」
白い宮殿が迫って、太陽の光に眩く輝く。
次々に黒の軍が降り立ち、その後にそっとアルが地面に触れる。
「大丈夫ですか、王女。」
軍の中から一人の兵が手を差し伸べそっとトレスをアルから下ろした。
その瞬間にガタガタと周りの石が崩れ、地上の揺れに軍は揺れた。
俺はその揺れに、小さな小さな少女の力を感じていた。
「コア・・・」
『どうかしたのか。』
アルは心配そうにこっちを見てくる。紫苑の王座まであともう少しだった。
前王の娘であるトレスなら、この国の精霊達に王であるという儀式を行うだけで王座につける。
だから一刻も早く王座にたどり着き、儀式を行いたかった。
「いや・・・」
「行こう。早くコアのところへ戻らなければ。」
『おい、セルス。』
俺に声をかけてくるトレスの声が一瞬全く耳に入ってこなかった。
ただ俺は空を見上げて遠くに感じる、今にも途切れてしまいそうなコアの魔力を捕まえようとしていた。
さっきの揺れといい、波動といい、きっと限りなく高レベルな魔術を使ったんだ。
俺がそんな事ばかり考えているとアルが低い声で呼び戻す。
「あ、あぁ。」
長い長い古びた階段が目の前にそびえる。
この階段を上り、王座につけば、この世界は平和への扉を開く。
「急ごう。」
トレスがもう一度こっちを見て言った。
「あぁ・・・」
しかし俺の耳にそんな言葉が真っ直ぐに響くわけがなく、俺は曖昧な返事を返すだけだった。
痛いほどに感じていた魔力が、急に途絶えたのだ。
しかし今、トレスの傍から離れることは決して懸命な事じゃない。
たとえコアがどれほど大切でも、心配でも、離れることができる空気じゃない。
「この階段を上れば直ぐだ。」
軍長が俺の肩を軽く叩いた。
分かっている。そんなことくらい、分かっているのに。
コアの傍にいることが今俺のすべき事ではない事くらい。
「はい。」
空を飛んで世界は確かに変わった。
コア一色に染まっていた世界が、ほんのりと大きく広がって、俺は選ぶ場所まで来た。
自分の幾つにも別れた道の中で、どれが今一番適切な道なのか。
昔ならコアに関係する道だけを進んできていたというのに。
「アル!」
俺の肩から手を放した軍長に続き、軍の兵士はトレスを囲むようにして階段を駆け上がり始めた。
しかし俺の脚はそこに座って待っているアルのほうへと向かう。
『お前は行かないのか。』
「行くさ。」
俺は選ぶようになってしまった。コア以外の道を。
トレスを選び、空を飛んで、コアの傍を離れてしまった。
何かを選ぶという事は、とても難しい。
選ぶという時点で、比べるという時点で、そのモノはとても大切なのだ。
それでも人はいつも選びそして進んでいる。
『なら早く・・』
追いかけろ、そう口にしようとしたアルを俺の言葉が遮った。
「空へ戻る。」
コアの傍を離れることで、俺は成長したのだと思っていた。
『何を!?』
コア以外の道を選ぶ事が俺にとっての成長なのだと思い込んでいた。
コアを選ぶ事は簡単にできた。だから簡単にできないことを選ぼうとした。
けれど、それが本当に正しい事なのか。
「コアが好きだ。けど俺が戻る場所は、・・・空だ。」
それは違う気がした。
『空・・?』
「そう、空。」
『コアの場所だろうが?』
「違う。あいつのいる場所じゃない。」
簡単にできないことを選ぶのが、いつも正しいとは限らない。
難しい事を選ぶより簡単な事を選ぶ事で、俺にできることが増えるなら。
難しい事をあえて選ぶ必要なんかない気がするんだ。
「俺は空に戻る。」
心配だから、彼女が。
不安だから、彼女の事が。
すきだから、コアのことが。
簡単な事を選ぶ事は、時に間違いだという事はできない。
「それが今の俺の正しい選択だ。」
何かを選ぶというのは、とても難しい事。
何かと比べる時点で、それはとても大切なモノだから。
『乗れ』
軍のついているトレスよりも、何もない彼女が心配だから。
心配で何が悪い。不安で何がいけない。好きだからってそう思うのは何かおかしいことなのだろうか。
たとえ逃げだと言われても、それでも俺には俺の進むべき道を選ぶ。
難しく、そしてときに簡単にそこに幾つも並べられた、俺の道を。