第112話 :コア
最後の戦い、そう謳われる戦いでありたい。
「戯言を・・・、貴女はまだ分かっていないのよ。この世界がどうやって創られているか。」
女の声の終わりは、周りの音に消え混ざるようになくなった。
その女が手を振り上げた瞬間に、まだ傷も負っていない魔術師が何十人とこっちへ向かってきた。
今ようやく一人のドラゴンマスターズを退けたばかりなのに、次へ次へと湧き出てくる。
私はまだ15年しか生きていない。その中で見てきた世界は全てじゃない。
「でも・・」
『来るわ!』
一斉に放たれた光の旋律が、私とルキアを縛ろうとする。
そんな旋律から必死に逃れるように空を速く鋭く、飛び続けているルキア。
「風の力によって、我を捕らえるその手を払え――――ストームカット」
ブチブチと音を立てて宙に漂うその旋律の断片がキラキラと輝いて見えた。
旋律の切れ端がゆっくと重力にしたがって、地面へと漂いながら落ちていく。
「水の精霊よ、我に応えよ。」
《我の力を汝の手の中に》
「水の力が樹木によって作られし彼等の箒を濡らし、その力を奪うように―――フルードレイン!」
新しく構え直す魔術師たちに豪雨のように雨が降り注いだ。
箒や自分にかけてあった防御魔法は、水の精霊の足元にも及ぶはずがなく、簡単に壊れてしまう。
その結果魔術師たちは箒のバランス感覚を失って、次々に地上へと下降していく。
地面にまで染み渡った水が、地上でそれを待ち構えているのが見えた。
「地よ水の精霊と我に力を!地に降りし彼等を捕らえよ――ソイルイヌデーションキャプチャー!」
地上は揺れて、降りてきた魔術師を捕らえると固く逃がさぬよう固まった。
しかし水と大地の力を借りたために、私の魔力は大きく浪費してしまっていた。
「・・はぁっ・・はぁ・・」
『コア、平気?』
唯でさえ精霊契約を交わし、魔力を失ったというのに、追い討ちのように大地から魔力を奪われる。
どうにも体力が限界を見せ始めていた。
「平気じゃ・・なくて、も・・飛ぶの。」
それでも地上へと降りることは、頭の端にもなかった。
きっともうすぐセルスがトレスを城へと連れて行ってくれる。
あと少しだけ飛び続ければ、この国は平和への一歩を確実に踏み出せる。
「そのためなら・・無茶くらい、しなくちゃ。」
『コア・・!?』
平和への道がそこにある、そう信じてやまない人がいる。
そしてその道を歩ませる事ができる、王女トレスがいる。
その道を塞ぐ者が現れたなら、私はその者達を防ぐ大きく厚い壁となろう。
この身を盾にして、この国が平和へと歩めるように。
幸せになろうとしている人の、邪魔だけは絶対にさせない。
「この国の・・平和を守れる、壁になってみせる。もう、邪魔はさせない。」
たった十五年、この世界を見てきた時間はそれだけ。
だから、なんなのだ。
「あの人は、間違ってる。」
この世界がどうやって創られているのか、そんなことはどうだっていいことだから。
ただ今この国の人が求めているのは、平和とほんの些細な幸せだけ。
そんな人達からこれ以上、何を奪うというの?
「貴女は間違っているわ。」
上から降ってきた声、目の前から押し寄せる音。
ルキアは紅く燃え上がる炎によって、目の前から押し寄せる者達を追い払う。
「世界は常に争いの中にこそ、その幸せを見出す。そうやって、創られてきたのよ。」
国民から大切な者の命を奪い、幸せを奪って、争い得たあの王座が、幸せ。
誰かから何かを奪い争って、見つけ出したものが・・幸せ?
「それは・・違う。」
世界がどう創られていようと、誰かが傷つき悲しみ苦しんで得られるものが幸せなはずがない。
大切な者を奪われ憎しみを増して、何かを守るために傷ついて、苦しんで。
あの椅子に座るという幸せのために、誰かが傷つくなら、あの椅子は不幸を呼ぶ物でしかない。
「争わなければ得られないものなんて・・・幸せだとは呼ばない。」
争いによって幸せ得ていくことが、世界が創られる方法ならば、そんな世界なんて捨ててしまえばいい。
誰かを傷つけることでしか、幸せになれない世界なんて、必要ないんだ。
「貴女は間違ってます!!・・・あの椅子は幸せの証じゃなく、不幸の証でしかない。
もしも世界が争いの中で幸せを見つけることで、形作られているというなら・・・。」
風が大きく巻き起こり、魔術師たちは一瞬のその風にバランスを崩して揺れた。
ルキアがその風に舞い上がるように空高くへと羽ばたいた。
女の人の飛ぶ位置まで舞い上がると、豹は怯むように少しずつ下がった。
傷つく者がいて初めて、誰かが幸せになる。
それがこの世界の幸せの定義なら、そんな世界なんて捨ててしまえばいいんだ。
「私はそんな世界はいらない!!誰かを傷つけて得たものを幸せと呼ぶ世界なんて、必要ない!」
誰かを傷つけることでしか、幸せと言う意味を見出せないなんて、それは不幸だよ。
誰も守る事ができない弱いものが、傷つくのを恐れて傷つけて、守ったフリをするのと同じ。
赤竜のマスターがそうであったように。人を傷つけることが、人を守ることじゃない。
誰かを傷つけなくては守れない時なんて、この世界にはないのだ。
「何を・・!」
「貴女の言う幸せは、ただの不幸です。
誰かを傷つけることでしか得られない幸せなんて、幸せとは呼ばない!」
大切な人を想い、支え、笑い合うあの人たちの幸せへの一歩を、こんな汚れた『幸せ』に奪わせやしない。
誰かを傷つけるためじゃなく、誰かを守るために強くなりたいと思ったんだ。
誰かの平和への思いを、私ができるかぎりで叶えたいと思ったから。
「2つの音が大いなる神の旋律を奏で、この地を囲い込むように―――――――――――」
コア!!と私の下で驚いた声で私の名を呼ぶルキアの声がした。
この魔法をかけてしまえば、私の魔力はきっと底をつく。今までで一番、大きな魔法。
けれど恐れはなかった。確かに私の中にあるものを信じていたから。
「 水と風の夜想曲、フルードストームノクターン。
炎と大地の鎮魂曲、フレイムソイルレクイエム。 」
私は知ってる。
この世界は、そんな哀しいもので創られているわけじゃない。
もっと暖かなもので創られていると、確かに信じている人がいるのだから。
だからこそ誰にも壊されてはいけない、世界という存在なのだと。
*鎮魂曲:レクイエム
死者の鎮魂を願うミサ曲。
*夜想曲:ノクターン
特定の形式はなく、表情豊かで静かな
哀愁(寂しくもの悲しい気持ち)を帯びたピアノ曲。