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第110話 :コア

この国に始めてきたあの日を思い出す。

まだ一年も経っていないのに、まるで遠い日のように。

学校から与えられたアカンサスへの一年間の実施訓練という課題。

悩んで、セルスと喧嘩して、リラやロイに黙って出てきたあの日。


「一年なんて、長すぎだよ。」


数ヶ月前に始めてみたアカンサスの地は、あまりにも膨大で寂しげだった。

十年続いている争いを私が止める気はなかった。

私はただそこで自分にできる精一杯をしようと思ってここにきたから。


そして私は今自分にできる自分のすべき事を、しようとしている。


「来るぞッ!」


低い誰かの掛け声に体は自然と構え、現実に引き戻される。

平和であるという素晴らしさと、当たり前にある幸せを、思い出す。


「大地の精霊よ力をかしたまえ、アースウォール!!」


ザザァと唸るような音をたてて、地上からのっそりと伸び上がってくる土の壁。

その壁にいくつもの炎を帯びた矢や弾が道を閉ざされ、地上へと落ちていく。

それでも水と氷により合成された弾は楽々と砂を破り、体を斬りつける。


「・・ちっ・・・大いなる風の力と大いなる地の力により、彼等の視界が閉ざされるように!」

「炎と光の力により、その風に熱が加わるように!・・ッ!」


魔術師たちの言葉が響く。

その後を追うようにして手をかざして続ける。


「・・ッ、追跡の炎、フレイムチェイス!」


私の放った炎の光が小さな竜を描いて飛んでいく。その炎にルキアがより一層強く炎を吹きかける。

それからその眼の向こうに竜巻によって視界をふさがれたドラゴンマスターがドラゴンごと空から抜けてきたのが見えた。

そんな事をすればきっと、ドラゴンの体は砂によって傷だらけになるだろう。

そしてドラゴンは主を庇うために、自ら熱を持つその砂に羽を覆わせるのだ。


「・・信じられない!」


そう、命令されたのは上から抜けるということだけ。

それでも優しいドラゴンは、主のために自らを盾にして従う。


「今いるドラゴンマスターは、上に昇りましょう。」

「・・あいつらっ!」

「分かった!!」


傍にいた緑と青のドラゴンのマスターが空へと急上昇していく。

ルキアもそれに続いて昇っていき、辺りに冷気を振りまいた。

それからすぐに一頭のオレンジ色をしたドラゴンが炎を吐いた。


「シールド!」


荒々しい魔法ではあるが、とっさの事でルキアと私を守る薄い壁を作る。

そのシールドにかろうじて防がれていた炎が、勢いを増し防御壁を壊しに掛かる。

するとルキアが大口を空けて、一気に水をその炎の勢いに負けないように飛ばす。


「水の鎮魂曲ちんこんきょく、フルードレクイエム!」


ルキアの放つ水に力を糧に、私の手から放たれた水の旋律が炎の根源を追う。

徐々に押し返される炎の力が、一気にはじけるようにして消えた。

しかしその先に待ち構えていたのは、ルキアの何倍もある龍をかたどられた風と炎。


「・・なに、アレ・・っ!?」

『コア、魔法を!』


立ち向かいようのない絶望が、目の前に形となって現れた気がした。

ただルキアと空を飛び浴びている風が、まるで鋭く研ぎ澄まされた刃物のように感じる。


「光の精霊・・よ、」

『光では無理よ・・っ!』

「そんなっ!・・・」


水の精霊はさっき使い切ってしまって、すぐ傍には少しもいない。

炎に打ち勝つ力が光では不可能な事くらい、知っている。けれど、地の力でさえ風の前には及ばない。

水の力を使いすぎた。


「たりない・・っ。」


あれこれ考えているうちに目の前の龍はどんどんと大きくなってく。


『平気よ、コア。・・私がいるわ。』

「・・ルキア。」

『私の撒いた水には精霊が宿るから、できる限り魔力を上げて・・・貴女ならできるわ。』


それはとても高度な技術だった。

もともとドラゴンが出すものは全て源魔げんまと言われ、丸裸の状態にある。

空気中に分散した水蒸気や澄んだ川の水と同じように、時間を掛けてその源魔に水の精霊が宿る。

普通の水、飲み水や私達が魔法によって出した水には、絶対に精霊が宿る事のない。

精霊が宿ること自体、かなり時間がかかることだ。


それを高度な魔法によって補う事ができないわけではなかった。

マスターズスクールのクラスSにいた頃、ほんの少しだけ触った事があった。

それは見ただけでも分かるほど、高度な技術と研ぎ澄まされた精神を要するもの。


「そんなの・・・」


できるはずがない。きっとセルスでも、難しいくらいだろう。

私にできるような簡単なものじゃない。一瞬の迷いが、大きな危険を呼ぶ。


『私がここにいるわ。』


目の前に溢れるばかりに巨大化した炎の龍。私のすぐ傍で優しく囁く声。

私が信じるべきものは、決まっているじゃないか。


いつだって目の前に突きつけられた厳しい現実を、傍にいて助けてくれたルキアの声。

その声に突き動かされて、私は今ここにいる。

何を信じ、何のために戦い、そして何に立ち向かうのか。


「やろう。」


私はルキアを信じて、大切な者を守るためにそこにある厳しい現実に立ち向かう。

できない。そんなこと、誰が決めたのだろう。私の限界はいつだって私しか決められない。


自分が不可能だと思ったとき、全てが不可能に変わるだけで

可能だと思ったとき、全てが可能に変わるのだから。


私は信じている。自分の限界がここじゃないということを、そして、ルキアを。


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