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第109話 :トレス

小さな光が私を目掛けて飛んできた。

遠くでコアが私の名を呼ぶ声が聞え、その声が途絶えた事にも気づかずにいた。

ほんの小さな灯かりを防ぐ事もできず、私の箒は力なく傾いた。


「セルッ」


すぐ傍で私を守っていた彼の名を呼ぶ。その時私は知ってしまった。

彼の中には他の誰が踏み入れる事もできないほど、たった一人の少女によって埋め尽くされているのだと。


「アル!トレスを頼んだ!!」


コアから聞いていた彼の話では、とても優秀できっと世界一になるマスターで、

何でも簡単にこなしてしまうほどの器用な人。そんな彼は黒いドラゴンの背から飛び降りて、箒にまたがる。

箒に乗るのだって、かなりの技術が必要なはずなのに、ドラゴンマスターである彼は箒に乗っていた。

そんな事を考えている暇もなく地面へと流れていく私に、セルスの声が切なく響いた。


彼に私の声が一瞬でも聞えただろうか。


私に背を向け、彼が向かうのは彼の心を締め付けてやまない、たった一人の少女。

そんなこと分かっていたのに。私は落ちていく中、そんな事を思った。

心のどこかで、彼はきっと自分を助ける事を優先するのではないか。そんな愚かな気持ちが。


『ったく・・。』


私の傍に飛んできて、私を救い上げたのは黒いドラゴン。

面倒くさそうにそう呟いて、もといた空まで戻っていく。しかし、そこに彼の姿はない。

その瞬間に私の眼に入ったのは、私と同じように地上へと向かう、幼い少女。


「コア・・!」


しかし彼女を救ったのは、黒いドラゴンでも、白いドラゴンでもなく、一人の人間。

彼の耳に聞えたのは、隣にいた私の彼を呼ぶ声ではなく、遠くにいた彼女の小さなドラゴンの名を呼ぶ声。


「コアっ!」


ドラゴンの名を呼ぶコアに、そう呼びかけるセルス。

どれだけ私が隣で叫んでもきっと、彼はコアを助けに行ったに違いない。

天秤はどれほど私に重りをのせていても、コアの一声にいとも簡単に傾きなおしてしまった。

『・・私とコアとで、私をとるのか。』

『あぁ。』

コアと約束したと言っていたセルスが、その約束さえ守りながら、なお彼女を優先する。


「・・・優秀すぎるだろ・・。」


もしも彼がそこまで優秀な人間ではなかったら、私の元へ来てくれたのだろうか。

コアを助ける余裕がなければ、私を助けに来てくれたのだろうか。

そんな感情は間違っていると知っていながらも、心の中で濁るように生まれてくる。


「いや・・」


しかし、その答えは簡単に私の中に湧き出てきた。濁る気持ちをまるで押し流すように、簡単に。

もしも彼にコアを助ける余裕がなければ、・・捨てられたのはきっと私だった。

どんなに深く約束をしていても、約束した本人より大切なものなんてないのだから。


『悪く思わないでほしい。』


そんなふうに私がコアとセルスから目を離すと、黒い翼を羽ばたかせアルが言った。


『あいつの中に決してお前を見捨てる気持ちはなかった。けれど、コアを見捨てる事もできない奴なんだ。』

「そんな・・・。私はそんな事思っていない。」

『あいつの世界を創った奴なんだ、コアは。・・・だからあいつにとっては俺よりもずっとコアの方が大切なんだ。』

「・・世界を創った?」


アルの言葉に私が聞き返すと、アルは言葉を続けた。


『あいつは貴族の生まれでな。

もしコアに出会わなければ、与えられた椅子に唯座る事しかしていなかった。

そんなあいつにコアが教えたんだと、その椅子が持つ世界は決して自分の世界ではないってな。』


眼に見えて浮かび上がる、2人の幼い頃。

コアは今と何も変わらず真っ直ぐに、セルスに向き合ったのだろう。


「・・・はは・・、そんなの・・敵うわけないだろう。」


出会った時すでに、彼の心には一生をかけて愛する人がいた。

私はそれを知っていながら、彼のその真っ直ぐな瞳に恋をした。

その瞳が映しているのは、私の大好きな初めての友達であるコア。


私が彼女を大好きなように、彼もまた私以上に彼女が大好きなのだろう。

世界を教えた人に、私が敵うはずなんてないのだ。


「コアは・・すごいな。なぁ、アル。お前の主はいい奴を選んだな。」

『当たり前だ。・・・ありがとうな。』


彼を嫌うことができたなら、どれほど楽だろうか。

彼への気持ちを捨てることができたなら、全てを忘れられたなら、全てがなかったことになったら。

初めての恋はあまりにも儚かった。可能性なんて初めから1%もなかったのだ。

伝説を目指して空を飛ぶ少女を追いかける彼の眼に、私は恋していたのだから。


嫌う事も捨てることも忘れる事も出来ない私の気持ち。

けれど、全てをなかったことにしてしまう事ほど愚かな事はないだろう。

たとえこうなると分かっていても、私は彼等に出会い、コアと友達になり、セルスを好きになる。


あまりにも得たことが多すぎたんだ。


誰かを大切にする事も、思う事も、真っ直ぐな強さも、確かに人が抱く弱さも、全て。

私は彼等に出会って、得た事だから。それを失う事はきっと、とても愚かな事だ。

だから私は彼等に出会ってよかったと思えてしまう。

こんなにも苦しく辛く哀しいのに、それを捨てることを嫌だと思えてしまうほど。


「コアは私に、何て言うだろう。」


きっと彼女は気づいているんだ。私の抱く感情に。

どうか怠惰だとは言わないで。今だけは甘えさせて。コアが私を助けてくれる、そう思わせて。


きっと彼女は苦しむ私を助ける言葉を言うだろう。

今度こそ、ようやく諦められる言葉をくれるだろう。

幼く愚かな私を、真っ直ぐにセルスを思う気持ちによって、助けてくれるだろうから。


「悪かった、トレス。」


バツが悪そうな顔をして、セルスが一人で戻ってきた。


「気にするな。・・コアはお前の大切な人なんだから。」

「・・・あぁ・・・。」

「コアは?」


彼はきっと心の中でとても反省しているだろう。

そうなることを覚悟で、彼は彼女の元へと向かったんだ。


「コアは・・自分を待つ空に飛んで行った。ルキアと。」


白い竜に選ばれし者は、真のマスターであり、伝説のマスターとなる。

あの言い伝えはきっと、コアのことを言っていたんだ。

彼女以外に、彼女ほどドラゴンを思い、自分を強め、空を飛ぶ者はいないから。


「そうか。」


彼女らしい。

だからこそ、白竜は彼女を選び契約したのだ。


世界を変えていく、たった一人の少女、コアを。


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