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第106話 :セルス

雲の中を掠める如く白いドラゴンとマスターが空を飛ぶ。

その姿を遠くから眺めると、俺は幸せに等しい気持ちになる。


「コア・・・」


永遠とこのときが続けば。そう願った事は数え切れないほどある。

敵うはずも無い事を、願わずにはいられないのはきっとそれほどまでに彼女が好きだから。

そんな事を考えながら、俺よりも上空を飛ぶルキアを見ていると、ルキアは急に俺の傍に下降してきた。

穏やかな空を切り裂くように、一直線に。


「ベーレ家が向こうで待ち構えてる!!」


コアの声が俺や俺の隣のトレス、トレスを取り巻く王国2軍に響き渡る。

緊迫した空気が一瞬にして軍全体を覆いつくす。


「どれくらいいるんだ!?」


軍の中から声が飛び交う。コアは一瞬前を見て、直ぐに返事を返した。


「・・・・・私達の・・3倍・・ううん、5倍!!」

「5倍!?」


俺は驚いてそう聞き返し、自分の眼で確かめるためにアルに指示を出してコアの隣まで舞い上がる。

空とコアが近づくたび、遠くにうごめく黒い物体がくっきりと見えてくる。

その数、俺達の5倍以上の人数だった。


「嘘、だろ。」

「・・・こんなところで・・。」


もう城はすぐそこ。ようやくここまで来たというのに、こんな所でこの数を相手に戦うのか。


「私、金銀軍隊長の所に行ってくる!!」


コアの声が俺の耳に届いたとき、ルキアがシュっと羽を動かした。

白い光の筋は迷うことなく、戸惑う俺の横を飛んで行く。いつもと同じように。


『おい、セルス!』

「あ、あぁ・・・。トレスを守る、それが仕事だ。トレスの元に戻ってくれ。」


青い青い空の下で、俺は一瞬恐怖に駆られていた。

感じた事も無い恐怖に、俺は抜け殻のようにアルの背で揺れる。


「コアは?!」


トレスの声に返事を考えて答える。


「・・あぁ、隊長達の所に行った。」

「本当に5倍も?」

「いや・・5倍以上だ。」


いくら王国軍といえど、あの数を相手にするのは危うい、そんな気さえした。

もしかしたら最後のこの戦いが一番、厄介なことになるかもしれない。

そんな風に顔を黒い背に落としていた時、低く唸泣くような声が聞えた。


『お前が目指すものは何だ。』

「アル」

『お前が目指しているものは何なんだ。』


また、アルに助けられるそんな気がした。


「ごめん。平気だから・・・。」


俺は急いで明るい声を上げる。アルだって不安なはずなのに、いつも不安になる俺を助ける。

俺はいつも助けられて、心配させて、そんな事を考えると自然と強がった言葉が零れた。

コアが傷つくかもしれない、涙するかもしれない、いなくなるかもしれない。

そんな不安を強がって隠そうとした俺に、アルは強い声で言った。


『お前が目指すものは何なんだと聞いてるんだ!』

「アル。・・・世界一のマスターだ。」

『強がるなよ。世界一のマスターが、弱いのを隠して強くなったと思うか?』


馬鹿らしい、そんな声だった。


「・・アル。」

『世界一のマスターだって、ちっぽけな人間だろ?大切な奴が苦しみ悲しみいなくなることを不安に思う、そんな人間だ。

そんな人間を支えられるドラゴンが、世界一のマスターのドラゴンなんだ。

その二つ無くして、世界一はありえない。お前は世界一を目指すマスターなんだ。

一つ一つの戦いを恐れ、大切な奴がいなくなることを不安に思え。そんで、その不安を隠すんじゃなく、かき消すほど強くなれ。』


アルの言葉がギュっと俺を掴んだ。

その時、向こうの空からコアとルキアが飛んできた。


「私は隊長達と戦うから、その間にトレスを城に連れて行って。」

「何言ってるんだ、コア!それじゃ・・」

『お前等がおとりになるってことか?』

「そうだよ、アル。セルス、トレスを頼んだよ?」


幼く可愛い少女は、にこりと微笑むとまたすぐに向こうの空へと帰って行った。

その小さな背中に、俺はあまりにも強すぎる勇気を感じた。


『異常な女だな、コアは。』

「・・・どうして、分からない。俺が・・どれほど・・」

『いや、分かっているだろ。あいつだって、お前の事を心配しているはずだ。

分かっていて、あいつは決めた。あいつは強いよ、不安を抱えて立ち向かえるほどな。』


だから惹かれるんだ。大切で、愛おしくて仕方ない。

たった一人の存在なんだ。


「私は・・平気だ。コアのところに行って来い。」


そう言ったのは、俺の隣でずっと話を聞いていたトレスだった。


「トレス?」

「コアのことが好きなんだろ?大切で仕方ないんだろ?・・私は平気だから・・」


俺はあいつの頼みをいつもいつも破ってきた。

アカンサスに来たのだって、あいつは望んでいなかった。俺は帰ってくるのを待っていて欲しいと頼まれていたのに。

その約束をいつも破って、俺はコアを思い続けてきた。けど、もうそんな事はできない。


「駄目だ。」


コアが好きだから、大切だから、コアの元に行くんじゃなく。

コアの隣から離れて、ただあの笑顔を信じて、遠くで俺のできることを俺に託された事をする。


「俺はコアを好きだから、大切だから、トレスの傍を離れるわけにはいかない。」

「・・私とコアとで、私をとるのか。」

「あぁ。」


トレスの声が切なそうに響いた。

そのときの俺に、その理由が分かるわけもなく、俺は頷くだけだった。

ゆっくりと2軍がバラバラに分かれて、前の方で五月蝿く音がしはじめる。


「トレスを城に届けたら、すぐに戻る。それまでの辛抱だ。」

「・・・分かった。」


不安を抱えて空を飛び、その不安を埋めてくれるドラゴンと、世界を目指す。

コアの中にほんの少しの苦しみが見えても、俺はコアが涙を見せるまで待てるように。

同じ空の下、君を思う気持ちは何も変わらないから。





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