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第102話 :コア

『私はまだ王じゃない。王に相応しいかどうかも分からない。

それでも、頑張ろうと思う。その気持ちは揺るがない。この国を救いたいのは同じだから。』


ルキアの背中に乗って、誰もいない夜空で巡る風に私はトレスのあの言葉を思い出していた。

とても綺麗な金色の髪が、あの鋭く優しい目が、王になるものの眼だとは分かっている。

だけど私にとって彼女は友達。あの日であった優しい友達。


「ねぇ、ルキア。」

『はい』


ルキアと同じくらいに大切な友達。


「この国は、こんなに痩せ細ってる。」

『えぇ。』

「痩せ細ったこの国の王になったら、絶対大変だよ。」


揺ぎ無い気持ちはあったはずなのに、彼女といればいるほどに王であることを忘れたかった。

きっとこの国の王になる人は、ボロボロになるに違いない。

自分に都合の良い国にするのは簡単で、民のために作る国は想像もできないほどに困難だろうから。


「私・・・最低だね。」

『コア・・・。』

「私が王を探すと決めて、こんな所までトレスを連れ出したのに。

今になって、そのことを後悔しているなんて。分かってるんだよ?

この国の民が今、すごく苦しんでるの。だから王座について欲しいの。だけど・・・。」


夜の空を飾っている星たちが、私をそっと見つめていた。

けどその輝きは、今の私にはあまりにも眩しすぎる。


『苦しいから頑張るのではないわ、コア。』


そうだね、と簡単に頷けるほど私は賢くはなかった。

今のこの状況から逃れることと、未来に待つ平和を求める事、何が違う?

私はきっと愚かなのだろう。そんなことは分かってる。

でも、私はどれほど愚かでもトレスを苦しめる事はしたくないと思ってしまう。


「星が・・眩しい。」

『綺麗な星空ね。・・ねぇ、コア。貴女は優しすぎるだけよ。』


優しいのではなく、愚かなのよ、ルキア。

私は心でそう返事を返した。心を通じるドラゴンといえど、その言葉の全てを聞けるわけではない。

だから私のこの言葉が、ルキアに届いたかどうかは分からない。

でも私は愚かなマスターで、ルキアの言うとおり、逃げているだけなのかもしれない。


『苦しみから逃れるために頑張るのではなく、きっと幸せのために進むの。分かり難いけれど、大きく違う。』

「そうかもしれない。だけど・・私は。」

『苦しみから逃れるために頑張ると思えば、それはただの苦しみです。

けれど、幸せのために頑張るのだと思えば、それは希望を抱く代償です。

トレスさんがもし、その身を削ると思うのならそれは代償ではないかしら。』


ルキアはそう言って、白い羽を2、3度羽ばたかせて空に近づいた。

トレスが傷つくのは眼に見えている。それから逃れるのか、それとも立ち向かうのか。

私はルキアが言っていることを、ほんの少しだけ理解した。


「なら、私にできることはないのかな。」


王国軍が現れた今、私にできることは何もないんだ。

ルキアは彼らの眼を見て言った。

『私はまだ王じゃない。王に相応しいかどうかも分からない。

それでも、頑張ろうと思う。その気持ちは揺るがない。この国を救いたいのは同じだから。』と。

彼女のその言葉を聞いたとき、私は彼女との間に距離を感じた。

王たるものの心を持つ、とても立派な王女だった。


『明日の朝まで、まだ時間はありますよ。』


空に響くルキアの声に、私はまた自分の弱さを思い知る。

こうやってルキアの言葉に支えられ、今にも零れそうな涙をとどめて顔を上げる。

明日の朝、王国軍と共にトレスがここを発つ。私はそれまでにどうするべきかを決めなければならない。


「ねぇ、ルキア。・・・あの日の空みたいだね。」


見上げた空には、私の涙で揺らぐ中でも、光を途絶えることなく輝いている星があった。


『あの日?』

「忘れちゃった?」

『あなたと過ごした日々が長いもので。いつの日の空かと。』


ルキアは軽く笑いながらそう言うと、バサッと大きく羽ばたいてまた空に近づいた。

思い出せばそうだ。あの日といえど、ルキアと共に見上げた空は幾つもある。

綺麗な星空を遮る木々の間から眺めた空、からりと晴れた雲ひとつない空、雨が降ってくる暗い空。

その全てが大切な思い出で、忘れる事はできない宝物だといえよう。


「ルキアと出会った日の夜、星の話をした夜だよ。覚えてる?」

『あぁ、あの日ですか。えぇ、忘れてませんよ。』


初めてルキアと空を見たのはあの日だ。

星について話したんだよ。とても綺麗な星々を遮る木々に、悲しみを感じながら。


「『ドラゴンは、星がすきなんだよ。平和を願う者達だから。』」


優しくそう心の中で響くのは、私の大好きなおじいさんの声。

忘れようにも忘れられないほど、私の心を締め付けてやまない人の1人。

私の永遠の目標で、もしくはライバルで、そして大好きな人。

彼が言ったあの言葉は、彼の暮れた言葉の中でも常に私の心に響く言葉だ。


『私も大好きですよ。』


あの日もこんなふうにルキアと話をした。

だけど私はルキアの優しい声に思ったんだ。彼女はきっと、星になりたいわけじゃないんだと。

星はあんなにも輝いているのに、彼女は星になりたいとは思っていないって。

その理由は、とても簡単だった。


「星になれなくても、ルキアにできることをできたらいい、そう思ったんだよね?」


知ってたよ、貴女がとても優しい事。

だからこそ、どうしても貴女と空を飛びたいと思った。


『分かっていたの。』

「なんとなく、そんな気がしただけだよ。」

『コアには、驚かされてばっかりです。世界がまるで異世界になったようにね。』


ルキアは楽しげにそういった。

誰かと出会うといつだって、私は異世界に投げ出されたような気がする。

その出会いに想像もつかない可能性があり、私が生きて誰かと関わりあう限り、その可能性は広がり続ける。


『私は私に出来ることがあるから、星になれなくてもいいんです。』


ルキアと出会ってから、私はたくさんの事を知り、たくさんの世界を見て、

自分の弱さと愚かさと小ささを知った。

私にできることなんて、ほんの小さな事しかなくて。

たくさんの人に助けられて、支えられて、私は今ここに立っているのだと。


「私にできることなんてあるのかな・・・。」

『えぇ、それがどんなに小さな事でも。星にはできないことが。』


星の輝きほどつよくはない。だけど私にしかできないこと。

朝が来る前に、決める事ができた。ルキアに教えられた。


「私、決めたよ。」

『そうですか。』

「ルキアは・・、ルキアはどうしたい?」

『私の心は初めから、貴女についていくと決まっていますから。』


優しい言葉は、強く私を射るように風に流れてきた。

これからもきっと、私はこうして迷い、悩むことがあると思う。

その時、ルキアが傍にいてくれるなら。私は自分の決断を、揺ぎ無く抱いて見せよう。


「ありがとう。」


さぁ、進もう。自分の出来る事をできる、決断した道を。


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