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第101話 :トレス

「あれは14年以上前のことだ。」


彼の光の水晶が映し出すのは、真実か・・嘘か。


「王が軍のトップの俺とヴァン、他の忠臣が集められて、こう告げられた。『王女トレスが死んだ』と。

それから4年たち、王が亡くなって・・・貴族2家がこの争いを始めた。」


その水晶の中には、誰か深い青のマントを羽織った男の人が椅子に座っている景色があった。

その時小さく吹いた風に、私はふと母の言葉を思い出した。


『金の髪を恥じたりしないで。彼も私も貴女を愛しているという証なの』


あの中心で1人椅子に座っている、その人こそが私の父、クオンズ王。

顔も声も笑顔も好きなものも、私は彼の事を何も知らない。それでも私は確かに、彼の娘なのだ。

だからだろうか。ぼんやりと映る初めて見る彼の顔がどこか、私に似ている気がするのは。

紫の椅子に座る、しっかりとした眉に綺麗な金の髪、それに・・・どこか優しい眼。


「その日から7年がたったころ、俺は空になった王座を見に行った。そこに居るはずもない、王を求めて。

地方の兵と成り下がった俺に何ができるのか聞きたくて。」

「地方?」


コアが短く聞き返す。すると水晶から眼を上げて彼は言った。


「あぁ。王のいない王国軍は存在する意味はない。何もしなければ食べていく事はできない。

それで・・その王座に触れたとき、弱かったが微かに漂っていた魔力を感じた。

その魔力の根源を調べ始めて半年たった時だ。壁に隠す魔法がかけられ、何かが隠されていた。

何だと思う?」


彼は私に聞いてきた。壁の間に隠されたものが何かだなんて、何の興味もなかった。

だけど、私は知るんだ。


「貴女の写真です。」


白のマントを着た男が言った。

その言葉に私は知らされてしまったんだ。

どれほど二人に愛され、この世界に生まれることができたのか。


「え?」

「王によく見せられていた写真から、見たこともない写真まで。だが一番驚いたことがあった。

王から王女が死んだと聞かされた以降の写真があったんだ。」


私の写真を撮って、お母さんはお父さんに送っていたのだろうか。

それを見て、王が忠臣に見せていたのだ。


「最後に見せられたときの写真より、はるかに成長している貴女がいたんです。」


白の騎士はそういった。


「それで嘘だと分かった。アンタの母親・・なんて言ったか・・」

「ヘレン殿だ。ヘレン殿と共に王が、貴女が王座につかないですむよう嘘をついたのだと気づきました。」


私はいつもそうやって守られて愛されていたんだね。

そう気づくのはいつだって、守られなくなったときだ。守ってくれる人がいなくなったとき。


「その事を広めて、金銀軍を再結成した。それで・・・王女、あんたを探す旅に出たのが2年前。」


ずっと怖かったんだ。

お父さんがいないのは、母が私を身ごもってしまったからだと思っていたから。

母はその人を愛しているのに、私の所為で離れてしまったんじゃないかと。

私を見る眼はいつも、どこか哀しげだったから。

お母さんが生きているときに、そう聞きたかったのに。私はあまりにも弱くて、聞くことはできなかった。

そうだと肯定されるのが怖くて、ずっと逃げていたんだ。


「貴女様を探すのはとても大変でした。

何せ私共の手にある写真はどれも、今の貴女を探すには幼すぎるので。」

「あれからもう8年以上たっていたからな。」

「すっかり大きくなられて、その姿を眼にしたときは今までの苦労を一瞬で忘れてしまいました。」


でも、もう怖くない。

お母さんのあの目は、私が王座に座らされるのではないかと、不安に思ってくれていた眼なんだ。

私はどれだけ守られて、どれだけ想われて、今まで生きてきたか。

遅かったかもしれないけど、気づけてよかった。


「どうか信じてほしい。この2年間ただこの国をあの頃に戻すために、進み続けた事を。」


黒の男の目は真っ直ぐに向けられていた。その横で白の男も頭を下げる。

お父さんはこんな人の上に立てるほど、凄い人で、私は・・・・そうじゃない。

父のように立派でもなければ、母のように強くもない。

真実を恐れて逃げてしまう弱く愚かな唯の人間でしかないのだ。

そんな私が、彼らが2年と言う時間を費やしてまで探すに値するほどの人間なのだろうか。

ただ父の血が入っているだけの、私なんかが。


「なぁ、白竜遣い。お前が王を立ててこの国を平和にしたいと思う気持ちと、俺達の気持ちは同じだ。」

「・・・それは違う。」


コアと同じくらいに、いや、もしくはそれ以上に彼らはこの国を想っている。私はそう思えた。

しかしコアは小さく首を振った。

その言葉に彼らは驚いた顔をしてコアを見ていた。

コアは真剣にこの国に平和をもたらしたいと思っている。それは彼らも同じではないのか。

そう私の中にも疑問が生まれたとき、コアは私を一瞬見るとまた彼らに眼を向けて言った。


「私はこの国を平和にしたい。それはあなた達と同じくらい思ってる。

だけど私は・・トレスの友達だから、トレスが王になりたくないというなら。

どうしても駄目だというなら、強制はできない。

私はトレスにも幸せになってほしいの。だから、あなた達と同じではない。」


コアは私なんかとは違うんだ。私は唯の人間で、たまたま父が王であっただけ。

けど、彼女は違う。ここまでずっと自分の足で歩いてきたのだ。

信じたいものだけを信じて、真実だけを探して。

苦しみ、悔いて、悲しみ、涙して。彼女はそんなふうに自分の足で伝説を作り上げるマスター。


『私の名前はコア。貴女の名前はトレス。まずはそこから始めましょっ!』


白竜が選んだ、伝説を作るマスター。

あの言い伝えは確かに予言となりつつある、幼い彼女の手によって。


「コア、私は決めているんだ。」


私は唯の人間。そんなの充分分かってる。だけどね。

唯の人間が精一杯努力したら、誰か1人くらい助けを求める手に力を貸してあげられるかもしれない。

私にできることがまだあるなら、私は迷わないよ。


もう怖くない。


「私は王になる。こんな私にも救えるものがあるなら。父が築いたものを支えてみる。

だけど私、まだ・・・弱く愚かな人間でしかないから。」


こんな私じゃ座れない、あの紫苑の花の色をした椅子には。


「弱くとも愚かではない。弱いなら私共ができる限りを尽くして補うと誓いましょう。」

「それじゃずっと・・ずっと弱いままだ。」


変わらない。

ここまで来たのもコアに頼って。母と父に守られて。

それじゃ駄目だと思うんだ。このままずっと誰かの助けを借りて進むなんて。


「愚かだな。だが、俺も昔はそう思っていた。今はその違いが痛いほどに分かる。」


黒の男はそういうと、私をそっと見下ろして続けた。


「頼る事は弱い事ではない。頼る事は助けられるよりずっといい。

頼る事と助けられる事もまた、同じではない。その違いに気づくのは難しい。

けれど気づいてしまえば、全く違うものにしか思えない。

俺は助けられるのは嫌いだが、頼る事はそこまで嫌いじゃない。」


その横で白の男の口元が軽く緩んでいる。


「自分にできること、できないことを自ら気づき、助けを求める。それが頼る事。

自分にできることと、できないことを気づけない者が、助けられる。」


白いマントを揺らして男は頭を下げた。黒いマントも続いて揺れるとゆっくりと頭を下げた。

最高の敬意を表して、頭を下げている2人を私はただジッと見つめていた。

今の私にできることと、できないことがあるなら。私は何をして、何をしてもらうべきなのか。


「貴方達は・・・この戦いで傷つくかもしれないのに・・・ついてくるのか。」


私は頼りたい。信じたい。父が信じた彼らを。


「もちろんです。」

「だいたい、お前1人が王だと名乗り出た所で誰も信じはしないだろう。

その傍らにつき、お前が王であることを忠誠を誓って示してやろう。」


純白の騎士団の先頭に立つ男と、漆黒の騎士団を率いる男は性格は真逆だが同じ心を抱いていた。

二人の目は同じものを一点に見つめ、恐れなど感じない・・強い目をしている。


「私はまだ王じゃない。王に相応しいかどうかも分からない。

それでも、頑張ろうと思う。その気持ちは揺るがない。この国を救いたいのは同じだから。」


私1人でできることなんて、ほんの些細な事で。

私はコアやセルス達のように強い力も立ち向かう強さも何もない。

でもそんな私にも誰かの力を借りて、誰かに力を貸せば、とんでもないことができるのかもしれない。


「では行きましょう、女王陛下。」

「全忠誠を貴女に。」


お父さん、お母さん、私はあの椅子に座るよ。

私を守るために、2人が大切な人に嘘をついてまで遠ざけたあの椅子に。

私にできることが、あそこにはあるみたいだから。


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