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第100話 :ブレイズ

金軍と銀軍が共に空を飛ぶ事はなく、唯でさえ表に出ない銀軍の旗が日の元に揺れている。

その驚きはトレスでも隠しきれないほどのことだ。

そんな俺達に、金軍の先頭にいる白のマントを着た凛々しい男が言った。


「そこの少女。そなた、白竜の主とお見受けする。」


印象よりも明るい声がコアに眼を向けてそういった。コアはただ何も言わずに頷いた。


「真か。噂には聞いていたがまさか、本当に子供だったとは。」


静かに風が旗を揺らして通っていく。

相手の男は笑う事も驚く事もせず、淡々とそういい、続けた。


「我々はアカンサス国王2軍、金軍銀軍である。

遠き地の果てより噂を聞きつけ、白竜遣いであるそなたとその一行を探していた。」


揺ぎない眼はコアを逃さぬように見つめている。


「何のためにですか。」


コアは短く初めて言葉を返した。


「白竜遣いの手によって、王宮に次期王がお送りされていらっしゃると聞いた。それは真か。」


次期王、それはトレスのことだった。

トレスは確かに、白竜遣いのコアによって王宮へと送られている途中。

しかし、コアはその正しい問いに答えず黙り込んでいる。


「我がまなこに狂いがなければそこにおられるお方が、次期王ではないかと。」


その男の問いに、コアは何を考えているのか全く答えない。

風だけが流れ、響く音はルキアとアルの羽が上下に揺れる音だけ。

そんな空間を破ってセルスが声を上げて言った。


「人違いだ。」

「人違い、とな。」


誰にでも分かる嘘だった。

しかし、俺には何故セルスがそんな嘘をつき、コアがそれを黙認しているのか理解できなかった。

その男は確かめるようにそう聞くと、後ろで何かを構えた者に手を上げて止めた。


「手荒な事は避けたい。」

「そんな事をされる覚えがないです。」


コアは厳しく言葉を放った。

その背中はあまりに凛々しく強く、俺の眼に映えた。


「ほう、あくまで『人違い』だと?」

「はい。」

「その金の髪、王家の証拠ではなかろうか。」

「さぁ。」


何故嘘をつく必要がある。

王国2軍なのだから、ここからはもうトレスを預けるほうが賢いのではないだろうか。


「何故そのような戯言を・・・」


凛々しい男の後ろから、違う声が遮った。


「こんな所で途絶えちゃ困るからです。」


コアは唯答えた。


「我々がそなたらに劣ると。」

「いえ、そんな事を言っているのではありません。力も人数も私共では敵わない事は分かっています。」

「ならば。」

「ただ、貴方方が・・・確かに国王2軍であるという確実な証拠がありますか。」


俺にもわからなかった。

セルスとコアが何故、あんな見え透いた嘘をつくのか。

金軍のトップの男は眉をひそめ、答えを渋りながら言った。


「この旗が何よりの証拠であろう。」

「馬鹿を言わないで下さい。それで私共が納得するとでも?」


俺はコアの背を見た。

本当に、いつもいつもこいつには驚かされてばかりだった。

小さくて幼くて、一見ただ偶然にも白竜に選ばれここまで来た少女かと思えば、

そんな事を全く思わせないほどに、強く逞しく、理解を簡単に超えてしまうほどに大きな存在。


「ははっ。さすがは白竜遣いだ。」


そこに漂っていた深刻な空気を笑い飛ばした陽気な声は、ずっと黙り込み面倒そうな顔をしていた

銀軍のトップにいる男だった。


「シード!」

「お前の負けだろ、ヴァン。悪かったな、女。」


シードと呼ばれたその男は、白のトップの男にそういうと簡単に黙らせてしまった。

それからトレスを見てゆっくりとお辞儀をすると、深い青の眼を向けて言った。


「どうすれば信じてもらえるか、言ってくれ。」

「・・・何故、王もいないこの国で国王軍が旗を掲げているんですか。」


確かにそれは不思議な事だった。

王以外の誰が、両国王軍を動かせるのだろうか。今やこの国は政治のトップもいないのに。

そう考えると、もしかするとこの軍は貴族2家のどちらかが送り込んできた者かもしれないと思えた。

だからだ。だから、コアとセルスはあんな見え透いた嘘をついたのだ。


「鋭い所をつく女だな。将来が楽しみになる。」

「シード・・・、お前は!」

「そうかっかするな。説明する。ここは一度、地上へ降りないか。」


俺よりも若いあの二人は、どこでそんな事を覚えてきたのだろうか。

もしもホイホイとトレスを渡して、後にどちらかの軍の差し金だったなら、

今度こそこの国はハデス家とベーレ家の争いが尽きるまで、平和は訪れない事になる。

そして何より、今まで俺達を助け、俺達に願いをこめた人々を裏切る事になる。


「分かりました。」


本当に理解を超えた人間と、俺は関わっていたんだと、今更ながらに気づかされた。

ジェラスがコアを想う気持ちを、とどめる事なんてできるはずがなく。

トレスがセルスに惹かれる理由でさえ、分かってしまう。

コアの言葉に俺や両軍が地上へと下っていく。


「それで。」


コアが地上についてそう言うと、男は黒のマントを風になびかせて言った。


「まずは王女に挨拶をさせてくれ。」


もしも本当の金銀軍なら、思いもしない平和への鍵であるトレスに出会えて、心は高ぶっているに違いない。

それを必死に抑えているのは見て取れることだった。

『まさか本当に王族の生き残りがいたなんて』まさにそんな感じだ。

それなら挨拶をしておきたい気持ちも、分からないでもなかった。

しかしコアは依然として、厳しい言葉を返す。


「先に・・説明してください。何故王国軍が王の指示なく動くのか。」

「・・・挨拶くらい、させてくれよ。」

「答えて。何故王国軍が、王のいないこのアカンサスで旗を掲げているのか。」


何故、そこまでしてこだわるのか分からない。


「小さな覚悟で、ここまで来たわけじゃないんです!」


初めてコアが大声を上げてそういった。


「私達は王を立たせるまで、命を懸けて守るという覚悟でここまで来たんです。

貴方方にどんな事情があれど、その覚悟は揺るぎません。」


コアはいつだって真っ直ぐだった。

俺は凄い人間と関わってしまったかもしれない。

誰かを守り、誰かを笑顔にするために、自分の右手なんて当たり前のように差し出せてしまう。

その身を盾にして大切な者を守る勇気を持つ、ドラゴンマスター。


「知っていますか。小さな女の子が、その背中にどれほど重たい命を抱えているか。

痩せ細ったお婆さんが、こんな戦いの中でも人を元気にさせるか。

傷つけられた人がその痛みを、優しさに変えて微笑んでくれるか。

私達にどれほどの希望と願いが託されて、ここまで来る事ができたのか!

私はその希望や願いを、こんな所で裏切ることはしたくない。・・・・・できないんです!」


コアの言葉に男は目を見開いて聞いていた。

誰も何も言わずに、彼女の言葉をじっと聞き入っていた。


「私達は・・・王を絶やさせるわけにはいかないんです。」

「・・・本当に子供かどうか、お前の方がよほど疑わしく思えるな。」


驚いた顔を軽く笑顔に変えて、男は冗談交じりでそういうと、一歩引いて掌を上に向けると静かに話し始めた。

何故王がいないこの国で、国王軍が動き、王女であるトレスを迎えに来たのかを。

その掌には、小さな映像が映し出され、風に揺らぎながら何かがぼんやりと映し出された。

時折くっきりと映し出されるその映像は、白い紙に何か文字が書かれているようだった。


コアの言葉に誰もが口をつぐみ、驚きを見せた。

幼く脆そうな少女は、誰かのためとなると誰よりも強くなる。

俺はそんな人間と関わってしまったのだ。

彼女の覚悟と想いによって世界は歩み始める。平和への道をゆっくりと。

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