第99話 :ブレイズ
あの森を抜けてから、3日がたった。
このアカンサスの地は、考えていたよりもずっと広く大きなものだったのだ。
しかしロブフォレストにいる時より、体は軽いし、頭も回っていた。ただ、足は棒のように疲れている。
「砂漠みたいに・・何もないね。」
「あぁ。」
前ではコアとトレスが会話をしている。そしてその後ろではセルスがコアをジッと見つめていた。
その視線に全く気づかないコアに尊敬してしまう。
そしてもう一つ、俺が最近気になっていることがあった。
「コア。」
セルスがコアに声を掛けた。コアはセルスに何?と笑顔を見せて聞いていた。
セルスはそんなコアをジッと見つめて話している。
俺が最近気になっていること、それはトレスがセルスに向けている目だった。
コアと話しているセルスを、トレスは無意識のうちにか哀しそうな眼で見ているのだ。
コアもセルスもそのことには全く気づいていない。それどころかトレスさえも、きっと無意識なのだ。
「じゃぁ、そろそろ休むか。」
もうすぐ城下にたどり着く、そんな気持ちで重たい足を誰一人として文句も言わず動かしていた。
もう限界。と声を漏らしそうになる瞬間、セルスがこっちを見ながら足を止めてそういった。
その言葉に俺の後ろのルアーや、ジェラスがため息を漏らした。
そしてルアーはその場にドカッと座り込んで、「あ゛ー」と叫んだ。
「もうすぐだよ。」
そんなルアーの元に駆け寄ってそう言ったのはコアだった。
彼女の足にはシュランの村長に貰った靴が、うれしそうに履かれていた。
あの戦いの後、シュランはルキアを見て、救いの神だと崇めていた。
それはきっと、伝説のドラゴンマスターが以前もコアのように身を削り助けたからだろう。
あんな小さな体のどこに、
あんなに大きな勇気や行動力を秘めているのだろうかと、不意に強く感じさせる時がある。
「お前も休め。」
「ありがと、ジェラス。」
ジェラスはコアの腕を引いてそう言うと、バッと自分の黒いマントをかぶせた。
コアはその言葉に笑って頷くだけで、ジェラスのマントを羽織ったまま、
トレスの傍で警戒の糸を張り巡らせるセルスの元へと駆けていく。
ジェラスにそれを引き止めることはできず、彼女の背中を見ているだけだ。
「どうして・・」
どうしてお前達はそんなに悲しい恋をするのだろうか。
初めて会った時から、コアにはセルスという特別な感情を向ける相手がいたし、
セルスの目は最初からコアにしか向けられていない事くらい、誰が見ても分かる事だったじゃないか。
あの戦いの中、コアの名を呼び舞い降りた彼は、最初から他の何も眼に入っていない。
「どうしてあいつら、あんなムボーなんだろうな。」
俺の呟きをすぐ傍で聞いていたらしいルアーが、俺の言葉の続きを言った。
そう。どうしてあいつらは、望みのない恋心を抱けてしまうのか、全く分からない。
「トレスなんか自分の気持ちに気づいてさえいない。」
「だな。」
「お前、恋したことあるか?」
ルアーの相槌に俺は質問を投げてみた。
確かにトレスやジェラスの抱く感情に理解を寄せる事はできないが、悪い感情ではないと思う。
しかしルアーの言葉はどこか、恋を馬鹿にしたように聞えた。
「あるけど?」
まるで恋なんて無意味だと訴えるような事をいうルアーの返事は、あまりに簡単に返ってきた。
驚く俺に、ルアーは「俺を何だと思ってるわけ?」と浅く笑いながら言った。
「俺だって惚れた事があるぜ。」
「そう・・だよな。」
なら、どうして。どうしてそんなふうにジェラス達を見る?
「恋を馬鹿にしてるつもりはねーよ。」
「え?」
「違うのか?お前、俺が恋を馬鹿にしたような言い方するから気になって聞いたんじゃ?」
「あ、あぁ。」
馬鹿にしているような言葉だった。無謀だと言った。そりゃ確かに無謀だろう。
コアはあんなにセルスが好きで、セルスの眼はコアしか映されていない。
それでもトレスはコアを見るセルスを見て、ジェラスはセルスに笑いかけるコアを見る。
「まぁ、恋ってのは・・・人間を大きく変える物だよな。良くも、悪くも。」
「え?」
ジッと二人を見つめていた俺に、ルアーはあまりに冷たくその言葉を吐いた。
「お前・・・」
その言葉に俺が聞き返そうとした時、コアとセルスが同時空を見上げて手を振り上げた。
それから急に和やかな空気は緊張へと変わり、キリッとしたコアの顔がこっちを向くとコアが言った。
「何か来る!!」
すると空から何かの影が地上をなぞってコアの真上にたどり着く。その後ろを同じ影が追ってきた。
その影に俺とジェラスはバッと空を見上げたが、そこにいたのはコアのドラゴンとセルスのドラゴンであった。
コアとセルスはドラゴンに飛び乗ると、空へと上がる。
そのあまりの速さに俺達は地上にわけも分からず取り残された。
「コア!?」
「セルス!?」
名前を呼んでも二人は空へと上がっていく。
するとその地上の先から、今度は2つではなくたくさんの影が駆けて来た。
それを見るとようやく体が動き始め、俺達は箒にまたがった。
「あれはハデス家か?」
遠くから来る軍頭には二つの何かが風に煽られながら掲げられている。
誰もがその旗の模様を目を細めて見極めていた。しかし、近づくたびに分からなくなる。
緑でも赤でもない、白地の旗に金で獅子が描かれ、
そしてもう一つは、黒地の旗に銀で反対に向く獅子が描かれている。
「ベーレ・・・でもない。あれはどこの貴族の旗だ?」
その軍は綺麗に線を描き、こっちに着実に近づいてくる。
その距離が縮まるたびに、前の二人から放たれる緊張が強くなり、俺達を引き締めていた。
だんだんとその姿が明らかになり、箒に乗る男達は白と黒のマントをこぞって風に揺らしていた。
その白黒のマントを見たとき、俺はふと昔に聞いたことを思い出した。
「あれは・・もしかして・・・・・・」
「・・・純白の騎士が・・空を舞い、漆黒の騎士が闇を駆ける・・・。」
トレスが思い出したかのように小さく呟いた。
「金軍。」
そう、俺でも耳にした事がある『純白の騎士団・金軍』『漆黒の騎士団・銀軍』。
アカンサスの国王にのみ仕える、表の軍と裏の軍だ。
「金軍?」
「何の軍だ?」
コアとセルスが背中ごしにそう聞いてきた。
「王にのみ動かせる軍。王国2軍だ!」
トレスが驚きを隠せないままに二人に声を投げる。
俺だってトレスと同じで、今のこの状況が全く理解できなかった。
何故、彼らがここにいるのか。誰の指示で空を飛んでいるのか。
王のいない今、彼らは動く事などできないはずなのに。
そんな疑問が頭の中を駆け巡るばかりで、答えは何も見つからない。
そんな事を考えているうちに、白と黒の両騎士団は俺達の目の前でゆっくりと止まった。