そして私はさ迷って
ギルドマスターとの話を終え、私はサンダードラゴン二体の素材分の代金、金貨千枚の内、百枚を引き出した後、クロセトの南方へ駆けていた。
無論、周囲に探査魔法を展開するのを忘れてはいない。
(すっかり日も暮れたな…。しかし、早く探さないと世界を守れない…)
私は世界をゆっくり旅したかったな…、と考え、右手に持つ杖の光を頼りに走りながらため息をつく。
クロセトを南に真っすぐ行った場所には、通称水の都と呼ばれる港町、アトランティスがある。
今向かっている理由は、水の理の力を真っ先に受けそうなその場所に、理の力を持つ人物や有能な人材が居ないか確認する為である。
(まぁ避難指示については王様達に任せておけば大丈夫だろう。下手に言っても騒ぎになるだけだろうし…)
そんな事を考えながらしばらく走っていると、普通の人間ならクロセトから道なりに歩いて三日ほどの場所で、東の空が一部オレンジ色に染まっているのに気付いた。
(火事か…、もしかしてもう理が…。あっちは森があるはず、急がないと)
私は地を強く蹴り、さらに加速していく。
木々の間を駆けていると、オレンジの光が一層強くなってきた。
それと同時に、人々の声も大きくなる。
早く水を持ってこい、家に人は残っていないか、と言う声が辺りに響いている。
森の中の開けた場所に、小さな村があった。
その村の中心まで駆け抜けると、杖を抜き、即座に周囲を見渡す。
(燃えているのは家屋五件か…。頼むから誰も中にいてくれるなよ…)
私は集中力を高め、炎を消し去る疾風と空へと舞い上がる風をイメージし、杖を横に振り抜く。
私を中心として、辺りに突風が吹き荒れると、周囲の建物と建物の間を風が通り抜けて、炎が広がらないようにする。
さらに、燃えている家だけを宙に浮かせ、火のついた外部から慎重かつ手早く、風を操り細かく切断した後、一箇所に集めていく。
(人が居ない保障さえあれば、一気に片付くのに…)
細かく切断したものは、元々あった場所の一角に置き、魔法を維持する負担を減らしながら作業を続ける。
そして、その作業は人が居ない事が分かるまで続ける事となった。
その後、分解し終えた木片を一軒の家が建っていた場所に集めると、それらが燃え尽きるまで気を配りながらも、放置する事にした。
「誰だい、お前さん」
後ろを振り返ると、そこには、がたいのいいオッサンがいた。
全身に大量の汗をかき、あちこちに煤がついている。
おそらく今まで、村中を奔走していたのだろう。
その後ろには、安堵又は不安げな表情を浮かべた村人達がいた。
「私はギルド蒼天に所属している、幻風と申します」
私はそう言い、ギルドカードを見せると、男性は驚きの表情を浮かべた。
「何でSランクがこんな所に…」
私はギルドカードをしまいながら話す。
「アトランティスに向かう途中でしたが、空に火事の明かりが見えたので火を消しにきました」
私がそう言うと、男性は私について来るように言い、後ろに立つ人々の元へと向かって行った。
「大丈夫、ギルドの人だ」
その言葉を聞いて、村人達は安心したのか、表情が少し柔らかくなった。
(この雰囲気なら、何故火事が起きたか聞いても大丈夫そうだな)
私は男性に向かって質問すると、返事が返ってきた。
「ああ、少し前に盗賊が襲ってきてな…。その中にいた魔法使いが村を燃やしていったんだ」
男性は首にかけたタオルで汗を拭うと、言葉を続ける。
「お前さんのおかげで何とかなったが…。今、村はこんな状況でな、すまないが、休ませてやる事も出来ない」
私はその言葉に首を横に振る。
「大丈夫ですよ。私は急ぎ、アトランティスへ向かわないといけませんし。それに、盗賊退治も必要でしょうから」
私はそう言うと、木々が燃え尽き、火が消えている事を確認する。
(酸素量を調節出来るとは、この魔法はかなり有効だな…)
「それでは失礼」
杖を背のホルダーに納め、私は周囲に風の探知を巡らせながら村を後にした。
(早速発見…。流石にまだ離れていないな。……魔法使いか、気をつけねば)
私は人の集まっている場所へと、音を立てぬようにしながら足早に向かうのであった。
「今回の仕事もちょろかったな」
盗賊達は野営の支度を終え、今は火の周りを囲って酒を飲んでいた。
「クレアが入ってから随分と楽になったしな。まさにクレアさまさまだ」
上機嫌でそういう男達とは対象的に、不満げに頬杖をつきながら火を眺める少女、クレアは言う。
「村人だと張り合いが無くてつまらないな。もっと強い奴と戦いたい」
そういうクレアにおいおい、と一人の盗賊は言う。
「前々から言っているが、仲間を危険に晒す訳には行かないんだ。奪える所から奪う、そうしてないと、何時か痛い目をみる。分かってくれよ」
そう言われたクレアは、納得いかなさそうに立ち上がり近くにあった馬車の荷台に腰掛ける。
「次は骨があるのを期待するよ」
そう言いながら、荷台の中にあった林檎を一つ取ってかぶりつく。
そして、小さく溜め息をつきながら、もう一度林檎を口に運ぼうとした瞬間、一陣の突風が野営地を襲い、思わず腕で顔を守る。
「なんだ一体」
クレアは腕を下ろし、気づく。
風から身を守った僅か数秒の間に、クレアの周りの状況は一変していた。
風が吹き止んだ時、クレアが顔を上げると、そこには意識を失っているのか動かない盗賊達が転がっていた。
「な、何が起きたんだ…」
クレアは馬車から飛び出し、辺りを見回す。
しかし、周囲には揺れるたき火の以外には動きがなく、不気味な静けさが漂っているだけである。
「誰だ、姿を現せ」
クレアは両手に炎を点しながら、周囲に警戒していると、クレアの前に一人の人間が空から降り立った。
「警戒するのはいいんだけども、色んな可能性を見落としているかも…。しかし、その若さで盗賊とは…。他の道もあったでしょうに」
私は妙に自分を年寄り臭く感じながらも、杖を左手に持ちながら話し掛ける。
その言葉を聞き、少女は唇を噛み締め、戦闘体勢をとる。
「お前には関係ない」
クレアはそう言うと、両手の炎を投げつけるかのように素早く振り、私へと放ってきた。
「まぁ確かにそうですが…」
私は纏っている風の流れを利用して攻撃を上空へ逃がすと言う。
「間違った道に進もうとしている子どもを見ると、放っておけない主義でして」
(そういえば、教師になる夢は果たせなかったな…。まぁ今考える話ではないんだけど)
私がそんな事を考えていると、クレアは瞬時に私の周囲に炎の壁を形成した。
(へぇ…油断も少ないし、ソレイアよりやるかもな)
私はそれに合わせ、自身と壁の間に真空の層を上空まで展開する。
「人を子ども扱いするな。あともう一度言うが、お前には関係ない」
炎の壁が迫ってこようとするが、真空の壁に阻まれて進行する事が出来ずにいた。
「な、なんだ」
真空の壁に気づいていないのか、クレアは疑問の声をあげていた。
しかし、壁の中にいる私には、真空の壁のせいで声は届いていなかった。
「さて、一撃で決めるつもりでいくか」
(実際に当てる必要はないかな…)
私は右腕と脚部に魔力を集中させ、全身に今まで以上に強い風を纏うと、真空の壁を消し、風の探知によって分かったクレアの居場所目掛けて全力で駆けた。
風を纏いながら、普通の人間なら知覚できない速度の高速で移動することで、炎の壁を燃える事なく通り抜けると、掌底を相手の顔の前で寸止めする。
表情は見えないが、掌底から放たれた風によって、クレアの髪が揺れる。
(無事に止められたか)
「私の勝ちですね」
私はそう言うと、万一の反撃に警戒しながらも、腕を下ろしてゆっくりと後ろに下がる。
「ま、まだ負けていない」
両手に炎を纏い、大量に飛ばしてくるクレアに対して、私は全ての炎を上空へ受け流すか、真空で消すかした後、首を横に振った。
「貴女の負けです」
直後、高速でクレアに近づくと今度はローブ内の鎖の先を様々な刃物へと変え、クレアを何時でも攻撃できるよう、至近距離で周囲を囲った。
そして、自分自身も短刀を抜くと、刃先をクレアの目の前に向ける。
今度は何時でも殺せるという、力の差を見せる為に。
「これが私と貴女の差です」
そう言い放ち、全ての金属を鎖に変え短刀と共にローブ内にしまう。
そして、私はクレアに言い放った。
「貴女は弱い」
すると、クレアは突然奮えだし、その場に座り込んだ。
「負けた…。私が…」
そして、肩を震わせながら涙を流す。
(何だかすんなり行きすぎてないか…。しかも泣くとか…)
「貴女は何故勝ち負けにこだわるのですか」
私は杖をホルダーに納めながら言う。
すると、クレアは顔を上げながら話す。
「それは、世界最強になる為だ」
その瞬間、私の足元から突如炎が立ち上り、私を包みこむ。
「引っ掛かったな、やっぱり男はちょろい。お前なんかに負けるかよ」
クレアは馬鹿にしたような笑い声を上げながら、火の柱を見ていた。
「手加減した私が馬鹿だった」
その火の柱の中から、多少裾が焦げたローブを纏った姿で私は 外へと歩み出る。
「お、お前何で無事なんだよ」
明らかに動揺しているクレアに向かって私は言う。
「年上を馬鹿にし、不意打ちを使って最強とは…。少し教育が必要か」
私は再度、杖を抜き構える。
「な、何をする気だ」
そんなクレアに私は笑顔で言い放つ。
「気にするな。死ない程度に済ませてやろう」
すると、周囲の火と音が無くなった。
無論、何時もの真空魔法である。
クレアは火の魔法が消えた事で理解したのか、私と反対の方向の森の中へと走りだした。
(回避するという意味での判断は良いな。森の中なら私も速さも生かしにくく、真空を逆手に取って奇襲もしやすい。でも…追いかける必要ないよな…)
私は杖を持つと、ローブ内の鎖を一本にし、先端を刃物に変えて金属探知を頼りにクレアを可能な範囲で追わせる。
そして、真空の空間の効果範囲をクレア周辺に限定し、クレアが真空外に出たら、風の探知を利用し、真空の空間を形成しなおす。
そうして、追いかける事なくクレアを徐々に追い詰めていく事にした。
(そろそろか)
徐々にクレアが真空空間から出るペースが遅くなってくる。
それを見計らって、周囲の他の生き物を巻き込まないように、より広範囲に真空空間を広げる。
(なかなか頑張ったな)
そうして、クレアと思われる金属反応が動かなくなるまで放置すると、先行している鎖で巻き付かせ、その反応を頼りに徐々空気を戻しながら、私も向かう事にした。
鎖の先にたどり着くと、そこには鎖に巻かれたまま地に伏し、唇まで真っ青なクレアがいた。
呼吸が荒くしばらく話す事はできなさそうだ。
「今度こそ私の勝ちですね」
そう言うと、クレアは何か言いたげな目を私に向ける。
「色々と言いたい事はあるかも知れませんが、貴女の力を私達に貸してくれませんか」
私のその言葉を聞いて、クレアは途切れ途切れに声を発する。
「誰が…お前…なんか…に」
私は笑顔でクレアの方を見る。
そして、クレアの周囲に真空空間を作る。
真空中でクレアは絶望を見たかのような目をしており、正直やり過ぎた感が拭えない。
真空空間を解除すると、咳込むクレアに、まぁ話くらいは聞いて下さい、と今までの経緯を話しながら説明する。
「そして、貴女には学園の警備をお願いする事になるでしょう。報酬も出しますし、何ならそのまま学園に通っても構いませんよ」
そんな事を言うと、クレアは私に向かって言う。
「私が…学園に…行ける…のか」
私は首を縦に振ると、クレアは大人しく、呼吸を整え始めた。
「力は貸してやるから、その約束は守れよ」
呼吸も落ち着き、静かにそう話すクレアを見て、私は鎖を外した。
「ありがとう。自己紹介が遅れたが、私はケイ・アンダー。国家指定魔術師兼、ギルド蒼天のSランク魔術師です」
その言葉を聞いて、クレアは立ち上がると、私をじっと見て、そして溜め息をつく。
(こんな奴が…、とか考えてる顔だな…)
「私はクレア、姓はない。歳は17、属性は火だ」
ぶっきらぼうに言うクレアに対し私は問う。
「何故姓がないんです」
クレアは舌打ちした後話す。
「私が捨て子だからだ。物心ついた時には、色んな場所を転々としていく生活をしていた。もっとも、今は盗賊だがな」
私は自嘲気味にそう話すクレアを見て、つい渋い顔をしてしまった。
「クレア、君はもう盗賊じゃない。今から人生をやり直していけばいいさ」
そんな私の言葉に対し、綺麗事だな、とクレアは言う。
「人生はやり直せない。私は色んな人を傷つけ、殺してきた。そんな人間が今更、元の世界に戻れる訳ないんだよ」
私は一呼吸置いて、クレアに話す。
「大丈夫、私が元の日が当たる世界に引き戻してあげます」
私はクレアを真っすぐ見ながら話す。
クレアは奥歯を噛み締め、感情を爆発させるようにまくし立てる。
「そんな事できる訳ない。私は盗賊だ。今まで沢山の罪を重ねてきたし、沢山の人に恨まれている。そんな私が普通の生活ができるはずないじゃないか。それにだ、お前は人生をやり直せるって言ったが、私は人生の始まりで捨てられたんだ。親はいないし、周りにも味方はいなかった。今の私にだって、もう味方はいないんだ。そんな私にどうやって人生をやり直せって言うのさ」
私はクレアの言葉を聞き終えると言葉を紡ぐ。
「今までの罪は、これから償っていけばいいんですよ。それに、私はクレアの味方のつもりですし…」
私の言葉に耳を傾けるクレアを見て私は言う。
「望むなら私がクレアの家族になりますよ。父と兄はどっちが欲しいですか」
そう言う私にクレアは、言葉を紡ごうとしているが、上手く表現できないのか、言葉は途切れ途切れで聞き取りにくい。
「私は盗賊だ」
「元盗賊です。これからは違います」
「何度も人を襲った」
「これから償っていきましょう。そのために人を助けられる魔法使いになって下さい」
「仲間はいない」
「私はクレアの仲間です」
「家族はいない」
「私が家族になりますよ」
「私は捨てられた」
「私にはクレアが必要です」
「何故必要」
「世界を守る為にクレアの力を借りたい」
「世界を守ったら不要」
「いいえ、私はいつまでもクレアの家族で味方ですよ」
「嘘」
「私は嘘は基本的につかない主義でして」
そんな問答を続けていると、クレアは私に言った。
「信じていいか」
私は答える。
「はい」
すると、クレアは涙をボロボロと流し、私に抱き着いてきた。
「ありがとう」
私はクレアの頭を撫でる。
(辛い経験ばかりしていたみたいだからな…。今まで誰かに甘えるなんて出来なかったんだろう…)
私はクレアが落ち着くまで、その場で頭を撫でていた。
クレアが落ち着いた所で、私達は盗賊達が伸びている場所へと向かった。
そして、盗賊達を縛り上げると、私は馬車にある盗品を見ていく。
「よくこんなに溜め込んだな…」
そこには食糧の他に武器や防具、貴金属に宝石等様々な物が積まれていた。
すると、クレアも馬車に上ってきて私が見ていた盗品の説明をしてくれた。
その盗品の中に紫がかった色の金属でできた手錠が一つあった。
「それは魔封鉱で出来た手錠だ。触れている間、魔力を使えなくなるから気をつけろ」
私がそれを手に取ってみるが、風と金属魔法は阻害されず、体内の魔力を行使ができないようになっただけであった。
(流石、理の力)
私は目の前にある、この手錠をイメージしながら金属魔法を展開してみると、何時もの鎖帷子が魔封鉱に置換される。
(あちらの世界に無くても、一度見た金属なら利用可能か)
そう考えると、手錠をその場に置いて、鎖帷子を何時もの物に戻すと、他にも使える物がないか見てみたが、他にめぼしい物は何も無かった。
その後、私とクレアは馬車の荷台で夜を明かす事にした。
そして、お互いに今までの人生について語り合った。
とは言え、私は基本的に聞き役であったが…。
無論、私は異世界や使命の話も忘れずに話しておいた。
家族の件については、私の年齢とクレアの年齢が大して変わらない事から、私は兄という事になった。
(クレア・アンダーか…。これから賑やかになりそうだ)
「兄貴…。兄さん…。兄ちゃん…。お兄様…はありえない」
クレアは私の呼び方を考えるのに忙しいらしく、壁を見ながらぶつぶつ言っていた。
私は半ば苦笑混じりにクレアを見ると、少しして眠気に負けて意識を手放した。
クレアは寝ている私の方を向き、問う。
「なぁ、お前は何て呼ばれたい…って寝てやがる…」
クレアは不満げな表情を浮かべるが、溜め息をついて布団代わりの布を被る。
「ありがとうな」
クレアは最後にそう呟くと、新しい人生への期待と、今までの自分との決別を胸に刻み、眠りにつくのであった。
私は日が昇り始めた頃、盗賊達の騒ぐ声で目を覚ました。
「クレア、この縄を解け」
「お前、俺達を裏切るのか」
私が起き上がると、そこには黙って盗賊達に向き合うクレアの姿があった。
私は荷台に腰掛け、事の結末を見届ける事にする。
「私は盗賊を辞める」
そう真っすぐ言うクレアに対し、盗賊達は言葉を発しようとするが、盗賊内で一番年長者と思われる白髪混じりの男が一言。
「分かった」
と大声で言葉を返した。
クレアは驚いた様にその男を見る。
すると、男は鼻で笑いながら言う。
「何だその顔は、反対されると思ってたのか。去るものは追わずが俺達の性分だ、勝手にしたらいい」
それにだ、と男は優しい笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「俺達は来る者も拒まない。何かあったらまた来たらいいさ」
そういう男にクレアは笑いながら返答する。
「二度と来るか馬鹿野郎」
そう言うと、腰から抜いた短刀を一本、足元に突き立てた。
盗賊達が逃げられるように置いていくのだろう。
「村人達に引き渡そうと考えていたけども、クレアに免じて勘弁してやりますかね」
私はあちらに届くように声を風で運ぶと、荷台から降り、その集団の所へと歩を進める。
「お前、起きてたのか」
私はクレアにああ、と頷きながら返事をし、先程クレアに許可を出した男に言う。
「一応私は盗賊退治も請け負っているから、退治した証として盗品の一部を貰っていきます。身柄は衛兵に引き渡した事にしておきますので、以降この村には近づかない方がいいでしょう」
盗品達は文句を言うものの、男は分かった、と頷く。
「交渉成立ですね」
私はそう言うと盗品の一部を適当に鎖で括り、浮遊させて持ち運べるようにした。
「クレア、私は村の人に説明してくるから少し待っていてくれ」
私がそう言うとクレアは不安そうな顔をする。
「何故私が行ってはいけないんだ」
その表情は私には、何かに縋りつこうとしているかのように見えた。
私は若干憂鬱になりながらも、溜め息をついて説明する。
「村を燃やした張本人が村に行って、ややこしい事に巻き込まれない訳がない。むしろ私の立場も危うくなりかねない。だから用事が終わるまでここで待機。大丈夫、直ぐに終わらせてくるからさ」
私はそう言うと、クレアの返事を待たずに村のある方向を目指し駆け出した。
(頼む、頼むから病まないでくれよ)
クレアが私の苦手なタイプの人間にならない事を祈りながら、私は村まで全力疾走した。
そして、ちらほらと人の姿が見える村に到着すると、盗賊退治の完了を伝え、盗品を村の再建費として使うよう村長に渡すと、逃げるようにして盗賊達の野営地へと引き返したのであった。
「帰ってきましたよ…」
私が野営地に到着するとそこには、騒ぐ盗賊達の足ギリギリの場所目掛け、火を飛ばしているクレアの姿があった。
何かあったのは間違いないが、下手に触れて悪化してもいけないので、私は触れない事にした。
「クレア、行こうか」
私は荷物を杖に括りつけ、浮遊させた後、サドルを二カ所作ると前方のサドルに跨がり言う。
「私はとうに準備できてるぞ」
クレアが傍らに置いてあった荷物を持ち、私へと近づいてくると、盗賊達の安堵したような声が聞こえた。
すると、クレアはギラリと目を光らせ、盗賊達を睨むと盗賊達は急に怯え始めた。
(力関係がおかしい気がする…)
私はそんな事を考えながらも、杖に乗るように告げる。
「二人乗りは狭いかもしれないけど我慢して欲しいかな。出来るだけ急ぐから大丈夫だとは思うけど」
クレアは杖に恐る恐る跨がると、浮いている感覚に違和感があるのか、私のローブを握っている。
「これ、落ちないのか」
流石に初飛行となると、不安になるのは仕方ない。
私は魔法で操っているから大丈夫、と言うが、やはり納得はしていないようだ。
「不安なら目をつぶっていてもいいからね」
私はそう言うと、杖は少しずつ高度を上げて行く。
「大丈夫、平気だ」
言葉とは裏腹に私のローブをしっかりと握り言うクレア。
私達は徐々に高く上っていき、今や周囲の木々よりも高い位置を飛んでいた。
それから徐々に高度を上げ、地平線が遠くに感じるようになった時、私は前進させた。
クレアを案じて、しばらく普段より速度は控え目にして飛んでいると左後ろから声をかけられた。
「もっとスピードは出せるのか」
「まぁ出せるけど…」
私はクレアの方を向くと、言葉を飲み込んだ。
そこには随分と楽しそうな表情を浮かべて、何かを期待するような視線で私を見るクレアがいた。
何が言いたいのかは直ぐにわかった。
(こやつは表情がコロコロと変わるな…)
「じゃあ、しっかり杖に掴まって」
私はクレアのおう、という返事を聞くと、普段飛ぶ速度まで加速した。
風の通り道を適度に調節している為、吹き抜ける風は心地好く、私のローブやクレアの短めの茶髪が風に揺れる。
「いやっほーい」
クレアの歓声は太陽が昇り、明るくなってきた明け方の空へと吸い込まれていく。
私達はクレアの学園への入学についてマスターの協力を得るため、一路クロセトへと向かうのであった。
「…で、こいつを学園に入れたいと。お前は本気か」
私とクレアはマスターと共に、朝食を食べながら話をしていた。
クレアは学園の話だからか、えらく真剣に話を聞いていて、個人的に違和感が拭えない。
「はい、本気ですよ。約束ですし」
マスターは変なものを見るような目で私を見ている。
「まぁ、お前がいいなら構わないが、そいつは17なんだろ。二年に編入させるのか」
魔法学園の高等部は留年という例外を除けば、基本的には16~18歳の者達が在籍する。
そのため、クレアは高等部二年に在籍するのが普通である。
しかし、マスターはまともな魔法の勉強をしていないクレアが、いきなり二年に入ると、学力面で落ちこぼれる可能性がある、と私達に話してくれた。
すると、クレアは
「私は一年からやりたい。学園で一から勉強してきたい」
と心情を述べた。
私は反対する気は無かったので、そのクレアの考えを尊重する事にした。
「なら手続き書類を持ってきてやるから少し待ってろ」
すると、マスターは席を立ち、受付へと向かう。
クレアは落ち着かないのかソワソワしている。
慣れない場所で大切な話をしているから仕方ないと言えば仕方ない。
だが、プライドが高そうなクレアが一年からやると言い出したのは少し意外であった。
(クレアの性格を決めつけていたとは…。私もまだまだだな)
そんな事を考えながら、パンをスープに浸け、口に運ぶ。
「なぁ」
水を飲み、口に入っているものを流し込んだ時、クレアが私に話し掛けてくる。
「ケイは学園に行かないのか」
私ははぁ、と素っ頓狂な声をあげてしまった。
「ケイは学園に行った事ないんだろう。なら今からでも学園で魔法の勉強をしたら、いいじゃないか」
そんな事を言うクレアに私はパンをスープに浸しながら言う。
「私はいいかな。クレアが無事に卒業してくれたらそれで十分だし、私にはやらないといけない事があるからさ」
クレアはそうか…と言って、スープを口にする。
その後、お互い言葉少なくなってきた所で、マスターがテーブルに書類を持ってきた。
「ほらよ、それに記入して俺に渡せ。後はこっちで何とかしておく」
その書類には入学者について、と保護者について記入する欄があった。
それを見ていたクレアが驚いたように口を開く。
「学費が年に金貨二十枚だって…。入学金で百枚…」
そして、クレアは私の方を見る。
その表情は不安そうで、金銭面で心配をしているのだろう。
「マスター、学費を前もって三年間分納入しても大丈夫ですか」
マスターは首を縦に振る。
「まぁ大丈夫だろう。なら金貨百六十枚分をお前の預かり分から引いておくぞ」
私とマスターの会話にクレアは、理解が追いついてないようであったが、私は気にしない事にした。
「あと、三年間の生活費や雑費として、金貨百枚をクレアが自由に引き出せるようにして欲しい」
マスターは呆れたような表情を浮かべて言う。
「そいつはギルドカードが無いと無理だ。仕方ないクレア…だっけかギルド登録に行くぞ」
マスターは席を立つとじっとクレアを見る。
「模擬戦闘みたいな物だからクレアなら大丈夫、気楽に行ってきたらいいよ」
私はクレアが頷いたのを確認し、最後のパンを口に運んで、スープを飲み干すと、私は手早く書類に必要事項を記入した。
そして、それをマスターに差しだし、席を立つ。
「後は任せても大丈夫ですか」
書類を手にし、記入内容を確認したマスターは行ってこい、と首を縦に振る。
「ありがとうございます」
私はマスターに頭を下げると、クレアに向き直って言う。
「クレア、まぁ…学園生活を楽しんできたらいいさ。あとは何時か時間があれば、様子を見に行くかもしれない、ってだけ言っておこうかな」
クレアは先程から随分と静かであるが、よくよく見ると、目に涙を浮かべていた。
「本当にありがどう」
声も震えていたが、私は気にしないで、とだけ言い、じゃあまた、と軽く手を振ってギルドを出た。
(泣いている人はどうも扱いが分からないな…。って私もなかなか酷いな)
私は自分で苦笑しながらも、目的であったアトランティス目指し、駆け出すのであった。