そして私は認められ
(転移ってのは一瞬なんだな…)
転移符で先に行った先には、一件の大きな家があった。
どこの町かは分からないが、村長宅であろう。
私がドアをノックし、しばらくすると一人の青年が戸を開けた。
「どちら様ですか」
疲れた表情を浮かべているその青年を見て、私はすぐに話を進める事にした。
「ギルド、蒼天から来ました。サンダードラゴンの情報を下さい」
荷袋から封筒を取り出すと、それを青年に差し出す。
「依頼を受けて頂きましてありがとうございます。こちらへどうぞ」
その封筒を受け取り、差出人を確認した青年は私を応接間へと案内してくれた。
「父上、ギルドの方です」
そこには目の下に隈を作った初老の男性がソファに座っていた。
「これは、わざわざありがとうございます。私は町長を勤めている、ダウランと申します」
立ち上がろうとする町長に、そのままで結構です、と声をかける。
「私はケイ・アンダーと申します。詳しい事は、マスターの手紙に書かれてあるかと思いますので、そちらを」
そう言うと、青年が町長へと封筒を渡す。
「ふむ、失礼します」
町長が文を読み終えるまで、しばらく待つと、町長は手紙を置き、私を見定めるような視線を向ける。
「貴方一人で本当に大丈夫ですか」
私は既に戦いをイメージできている。
だから自信を持って言える。
「はい、私は負けませんよ」
その言葉を聞いて村長は、しばらく間を置き、ではお話しします、と言葉を紡ぐ。
「町から北に数刻ほど行った先にある山に最近、サンダードラゴンが住み着きまして、近くの牧場や村が度々襲われています。次はいつこの町が襲われるか…、私どもでは、もう何も出来ません。どうかお願いします」
そう言って、頭を下げる町長。
「頭を上げて下さい」
そう言うと、私は立ち上がる。
「どうかされました」
青年が言うと、私は荷袋を持ち告げる。
「いえ、早速サンダードラゴンの所へ向かおうかと。問題は早く片付けた方がいいでしょうし…。それに…上手く行けば多分一時間と経たずに終わらせられるので」
私のその言葉に、キョトンとする町長親子。
「あ…、行く前にサンダードラゴンが、どんな姿かだけ教えて下さい」
そう言うと、町長が言葉を何とか捻り出す。
「あ…ああ、一本の角をもつ黄緑色の鱗を持つ龍です。雷の魔法を操ってくるから気をつけてください」
何やら、不安げに話す町長に対して、私は了解しました、と出来るだけ普段通りに言い放つ。
「では、私は行きますね」
玄関に向かって歩きだす私を、町長の息子が追ってくる。
玄関を出る際に、息子が私に声をかける。
「あの、本当に大丈夫ですか」
私は扉を開けながら答える。
「大丈夫、私はこんな所で死にはしません」
私はそう言うと扉の外へと足を踏み出した。
(何かあまり信頼さてれない気がしたけど、まぁいいか)
その後、探査の魔法の範囲を広げて、北に向け私は駆けていた。
(若干、緊張で変なテンションになってたな…。まぁ初任務だし仕方ない)
そんな事を考えていると、目標の山が近づいてくる。
(中腹までにそれらしき反応なし…。なら居るとすれば頂上か…)
そんな事を考えている間に山の麓に到着した私は今、風の探査魔法を展開しながら跳ぶようにして山を駆け登っている。
(探査にヒット、そろそろか)
私はローブ内の金属を変換させ、戦闘に備える。
私が近づいてきたのを察知したのか、二つの大きな気配が、巣があると思われる場所に集まり始めた。
(巣を守る…。探査にヒットしないとなると、もしかして卵か…)
山頂に近い場所に巨大な岩が地に突き刺さるように、立ち並んでいる場所があった。
その中で広場のように開けた場所に立つと、二つの咆哮が周囲へと響き渡り、それは姿を現した。
目の前には体長、2、30mあろうかという巨大な龍が二体立ち塞がっていた。
「一本の角に黄緑色の鱗、間違いないないな。」
私は一拍置くと、呟く。
「…すまない、苦しみながら死んでくれ」
私は自身の周りに金属製の鳥籠状の防護壁をつくると、魔法を発動させる。
その瞬間、山頂から音が消えた。
(空気がなければ、どんな生き物も生きられまい。さらにその巨体を維持するには大量の酸素が必要なはず…。次は…)
私は防護壁の中にだけ残した空気を吸いつつ、ギルドマスターとの戦いで使った、増殖する鎖の魔術を展開させる。
そして、サンダードラゴンが移動出来ないように後ろ足を地中を通した鎖で縛り上げる。
空気がなくなった為、サンダードラゴンが翼を羽ばたかせても何もおきず、私に放った雷魔法と雷のブレスも、防護壁に防がれ、地へと流れていった。
ブレスの効果が無い事を理解したのか、二体のドラゴンが前進してくる。
(ここが一番の課題だ)
鎖の操作に集中して、ドラゴンの前進の妨害に全力を尽くす。
最初の内はドラゴンの馬鹿力を抑えきる事が出来ずに鎖がちぎれていく。
(無酸素でもしばらくは動くか…)
鎖はちぎれる度に次々と繋がり方を変え、増えていく鎖にドラゴンは徐々に搦め捕られていく。
すると、ドラゴンの動きは鈍くなり、それを解こうと無駄な酸素を吐き出していく。
そして、あと少しで防護壁に辿りつこうとした時、私は杖を握りドラゴンへと向ける。
「ごめんな」
イメージするのは圧縮された球体の空気塊。
それを発生させると、空気を吸わせないよう注意しながら、二体のドラゴンの腹部に空気塊を直撃させ、残った空気すべてを吐き出させる。
それと同時に、鎖が縮む力と合わせて、ドラゴンを後方へと吹き飛ばす。
その後、私は前に進むどころか、鎖を振りほどく力も無くなったドラゴンを、ただ死ぬまでずっと鳥籠の中で静観していた。
私は鳥籠の一部をワイヤーに変え、ドラゴンの心臓の位置に伸ばすと、ワイヤーからドラゴンの鼓動が伝わって来ない事を確認して、何時も使っている魔法以外を解除する。
(命が軽い…。これがこの世界なのか。いや、私がただ過ぎた力を持っただけか…)
「はぁ…」
私は溜息をつき、ドラゴンの巣へと足を進める。
巣の中には、ドラゴンを吹き飛ばした時に潰れた卵があった。
「亡きがらだけ、持って帰るか…」
私は杖を握ると、空気の鳥籠の中に亡きがらを入れるイメージを作り、亡きがら二つを空中に浮遊させる。
この杖で強化されるイメージは、浮遊と殴打のイメージのようで、それにより何かを浮かせる、または衝撃を与える魔法が強化されるらしい。
(しかし、討伐というのはゲームでは聞き慣れているが…。実際は何とも寂しいものだな)
私はドラゴンの亡きがらを浮かせると、巣に何も残っていない事を確認し、村へと亡きがらを引き連れ、駆け出した。
私が町へ戻ると、ドラゴンの亡きがらを見た人達で大騒ぎになった。
(やはり、これは目立つよな…)
町長宅へ向かう途中、私は周囲の人への対応をするはめになっていた。
子ども達はむしろ興味津々で、積極的に寄ってきていたが…。
(子ども達は無邪気だな…)
私が町長宅に着く時には、騒ぎを聞き付けて、家の前に町長親子が複雑な表情を浮かべて待っていてくれた。
「それは、死んでいるのですか」
町長が私の後ろに浮いている亡きがらを指差しながら問う。
「はい、確認しましたから大丈夫ですよ。これで、依頼完了ですかね」
私がそう言うと、町長親子が急に安堵したような表情を浮かべ、勢いよく頭を下げる。
「本当にありがとうございました。宜しければ、中でお茶でもいかがですか」
笑顔で言う町長さんに対し、私は申し訳ありませんが…、と誘いを断る事にした。
「亡きがらを放置する訳にはいきませんから、私はここで。また、何かありましたらギルド蒼天を宜しくお願いします」
私はそう言うと、二体のドラゴンの亡きがらに腕を当てながら、転移府を破る。
私は転移した瞬間に杖を抜き、通行の迷惑にならないように、サンダードラゴンの亡きがらを逆さに吊すように空中に浮遊させる。
ドラゴンが街中に急に現れた事に、街の人達は驚くが、サンダードラゴンの体勢の為かパニックに陥っている人はいないようだ。
「マスター。サンダードラゴンの討伐任務完了しました」
私が風で拡声魔法を使うと、ギルドの中がドタバタと慌ただしい音が聞こえてきて、マスターが入口から飛び出してきた。
「マスター、これどうしたらいいですか」
私は出て来たマスターに、サンダードラゴン二体の亡きがらを指差し問う。
「本当に終ってやがる…。そいつらはギルドの前に並べておけ、後はギルドの奴らにやらせる」
マスターに言われた通り、ギルドの前に出来るだけ邪魔にならないよう置くと、マスターは亡きがらを調べながら首を傾げる。
「倒したにしては、えらく綺麗だが毒でも使ったのか」
私は、「魔法で倒しただけですよ。詳しくは秘密ですが」と種明かしはせずに答えた。
「まぁいい、ちょうどギルドカードが出来た所だ。報酬と一緒に渡すからついてこい」
私はドラゴンの亡きがらを見ようと集まってきた人達を掻き分けながら、ギルドの中へと歩を進めた。
すると、私とすれ違いで数人の人達が袋や瓶、巨大な刃物を持ってギルドから出ていく。
恐らく、ギルドの解体屋か何かなのだろう。
「しかし、まさか半日と経たずに終わらせてくるとは思わなかったぞ」
マスターはそんな事を言いながら二階へと続く階段を上っていく。
「相性が良い相手でしたからね。それが一番の要因でしょう」
私もそれに続き、階段を上る。
そして、廊下を少し歩いた先の扉の前でマスターは立ち止まる。
「そう簡単に言えるのは、お前だけだ」
扉を開け、私に中に入るよう促すマスター。
私は部屋に入ると、マスターの指示に沿ってソファに座る。
マスターは自分の机へ向かい、何やらゴソゴソと漁ると、一枚のカードと大きな布袋を私へと持ってくる。
「ほらよ、報酬だ。全部で金貨十枚分だ」
そう言うと、私の枚の机にドサッと袋を置く。
袋の中には銀貨や銅貨、鉄貨が沢山詰まっていた。
「相場より相当安いが、被害に遭いながらも、何とか依頼を受けて貰えるよう、町の人達皆で集めた金だそうだ。まぁ初任務の奴を送るんだ。相場より安い報酬でも文句は言うなよ」
(文句言える訳無いじゃないですか)
「確かに受け取りました」
私は特に何も言うことなく、荷袋に袋を入れる。
その様子を見たマスターは次にカードを私に見せる。
「これがお前のギルドカードだ」
そのギルドカードは白色で銀色の文字で、ケイ・アンダーと言う名前と、Sという文字が書かれていた。
「このSは…」
戸惑う私にマスターは答える。
「サンダードラゴンを倒せる奴がAランクで収まる器じゃないからな。お前は今日からSランクの仲間入りだ」
私はマスターからギルドカードを受け取ると、ローブの内ポケットへとしまって、鎖から派生させた金属魔法で落ちないようにポケットの口を塞ぐ。
「因みに、サンダードラゴンの討伐に私が失敗していたらどうしてたんですか」
マスターは私の問いに、対してニヤリと笑いながら答える。
「その時は、お前は帰って来ないから問題ないだろ」
そう言いながら、私の向かい側へと座る。
何だか釈然としない。
すると、急に思い出したようにマスターが話し掛けてくる。
「ところで、お前は二つ名はどうする」
「二つ名…ですか」
Sランクになると、二つ名を持つ事が許されるようになるらしい。
(そうか…。ここはファンタジー世界だったな)
「考えてないなら、適当に今考えろ」
悩む私に対して、マスターはそう言い放つ。
私は溜息をつき、ギルドカードを見ながら考える。
「参考に聞きたいんですが、今までの風の魔法使いの二つ名は何ですか」
私の問いに対して、マスターは机の方へと向かい、一冊の本をパラパラと見る。
「どうやら風の魔法使いでSランクは過去に一人も居ないようだな。お前が初だ、後世に残せる名にしろよ」
(まさかの初…。まぁ実力がある魔法使い自体が少ないから仕方ないか…)
私は暫し考え、答えた。
「風の理、と言うのはどうでしょう」
そう言うと、マスターは即刻「却下」と言い放った。
「理を二つ名に使ってる魔法使いは、原始の理ってのが他にいるからな、それはつまらん」
つまらん、で済まされる私の身にもなってもらいたいものだ。
「でしたら…。初めての風使いという意味を込めて、新風とか」
「却下、お前は歳をくっても新風と呼ばれたいのか」
これもまた却下された。
まぁ言われてみたらその通りであったが…。
「二属性持ちってのを推してもいいんだぞ」
マスターの提案ではあったが、私は風メインで生きるつもりであったため、その案は私が却下した。
するとマスターは、脚を組みソファにだらし無くもたれかかった。
「ったく、面倒な奴だな。適当に決めちまえばいいのによ…。しかし、世界でも珍しい風使いか…。世界で珍しいと言えば、幻獣か。幻獣…、幻の獣…、幻の風…、幻風」
マスターはおもむろに立ち上がり、私を指差す。
「よし、決めた。お前の二つ名は幻風だ」
「幻風…ですか」
この世界にとっての私の存在はイレギュラー。
ある意味、幻と言っても良いのかもしれない。
「いいかも知れませんね」
「そうだろ、そうだろ」
マスターはハッハッハ、と笑いながら私の頭をフードの上から力強く撫でる。
防具として常に展開している鎖が頭にゴリゴリ当たって無茶苦茶痛い。
「痛たたたた」
風を操り、マスターに突風をぶつけて離すと、頭を抑える。
「いきなり何をするんですか」
そう言う私に、マスターは受け身を取り、即座に立ち上がった。
「それは俺の台詞だ」
私はフードの端から複数の鎖先を伸ばして見せる。
「これで頭を削られる痛みは分かりますか」
私は頭を抑えながら話す。
「そんな魔法を使ってる方が悪い」
すると、鼻で笑われた。
「まぁ良いですが、あ…私はしばらく旅の続きをしてきますよ」
フードを被り直すと、鎖をローブ内にしまう。
そして、荷物を持って立ち上がり、この場から去ろうと背を向けた瞬間、マスターに肩を捕まれる。
「まぁ待て、今はSランク任務は無いからそれは構わないが、先にSランク就任の儀を行わないとな」
初めて聞くワードに私は少し首を傾げる。
「就任の儀ですか」
マスターは首を縦に振り、「そうだ」と言葉を紡いだ。
「本来Sランクってのは、王に認められて初めてなれるもんなんだ。だから、後日王城へ俺と一緒に行ってもらう事になる」
私は杖を抜いて、逆さに持ち国家指定魔術師の紋章を出現させる。
「これで認められたって事にはならないんですか」
マスターは紋章を見た後、私に向き直り話す。
「ああ、しきたりだからな。あと、軽々しくその紋章を見せるな。お前は権力を振りかざしたいのか」
私はそう言われて、紋章を消して杖をしまう。
(国家指定魔術師の紋章は力があるんだったな…。忘れてた)
「すいません」
やれやれ、とばかりに肩をすくめるマスター。
「まぁそんな訳だから、しばらくはこっちに居てくれよ。それさえ守っていれば、別に何をしてても構わないからな」
これで話を終えた私達は、サンダードラゴンの解体具合を確認に、下へと下りていくのであった。
ギルド一階へと下り、外に出ると、一匹のドラゴンがすでに解体されて跡形なく消え、今は二匹目に取り掛かっていた。
流石は解体屋と言うべきか。
「珍しい素材を丸々二匹分持って来たからな、でかい金になるだろう。素材の代金は後日渡すが、持ち運びに邪魔な金や物はギルドで預かるから必要なら受付に言ってくれ」
マスターと話していると、周囲の視線が私に集まっているのを感じた。
すると、マスターはそれを察して大声で周囲に聞こえるように話す。
「いやー、ギルド蒼天のSランク候補は凄いよな。まさかサンダードラゴン二頭を半日と経たず、しかも無傷で倒してくるとは」
その言葉に周囲の人々はざわめく。
「流石“国家指定魔術師”だ。お前みたいな実力者がここに登録してくれて本当に助かる」
国家指定魔術師を強調して言うマスター。
その言動で確信した。
(間違いない…、私を宣伝として使うつもりだ)
私は溜息をつくと、その後もしばらくマスターに付き合い、夕飯を奢らせた。
そして、お金の大半をギルドに預ける事で、私はようやく一日を終えるのであった。
それから二日間、私は適当に討伐クエストを五つ果たし、金貨四十枚程を稼いだ。
(Aランクの相場は大体金貨五から十枚か…。あのSランク任務は本当に安値だったんだな)
そして、街で適当に服や靴を見繕いシンプルな物を上下三セット程購入した。
まぁローブで大体隠れているから関係ないかもしれないが…。
また短刀を納める鞘も購入し、保存食も王都までに食べてしまっていた為、干し肉とチーズ、かんぱん、調味料として塩、後はライター代わりの火の魔力が込められた小さな魔石を買い足す。
あと、大切な物として一枚の世界地図を購入した。
これだけ買っても銀貨四枚程度。
…何だか金銭感覚が狂ってきてる気がする。
この世界の服を買った為、今まで着ていた服は布袋に詰め、ギルドに預けている。
その際に、後々の事を考えて、マスターには異世界の事を話しておいた。
信じているかは別問題だが、マスターは頭が回る人みたいだから話しておいて損はない。
そんな日々を過ごしていると、いよいよ王城へと向かう日となった。
私とマスターはクロセトから馬車に乗り、二日かけ王都セントラルへと向かった。
道中、盗賊達に遭遇したりするアクシデントもなく、街から出て三日目の朝、私達は王都へ到着した。
そして、時刻は昼前、今私達は玉座の間で王の前にひざまずいていた。
部屋には他に、王女ミリア、教育係アーリーンと護衛の騎士がいる。
「顔を上げよ。あと、楽にしてもらって構わない」
そう王が言うと、マスターは立ち上がり、言う。
「それなら楽にさせてもらうぞ。しかし、グラン久しぶりだな」
王に対しても相変わらずのスタイルを貫くマスター。
王は笑みを浮かべると、「そうだなタダン」と返す。
「第34代国王として、ケイ・アンダーをSランクとして認定する。あと、楽にしてくれて構まわんよ」
「ありがとうございます」
そう言われて私も返事をし、立ち上がる。
すると、玉座の間の扉が開かれる。
そこには神妙な顔をしたフレイル家党首、ガル・フレイルがそこにいた。
私とマスターが道を開けると、ガルは私達が先程いた場所にひざまずき話す。
「申し上げます。…帝国が消えました」
その言葉に急に静まりかえる室内。
王は冷静に現状を把握しようと、ガルに問う。
「フレイル卿、詳しく話していただけないだろうか」
ガルは口下手なのか、要点をかい摘まんだような話をする。
話の内容として、以下のような事が挙げられていた。
ガルの娘、ソレイアはガルに無断で、何故か毎日帝国の監視をしていたらしい。
しかし、今朝になると帝国がその大地ごと消滅したのに気づき、慌ててガルの所へ連絡してきたそうだ。
その事を信じられなかったガルは数人の近衛兵を引き連れ、実際に向かってみた所、そこには切り立った崖しかなく帝国は跡形もなく消滅していたとの事。
情報収集として、国境近くの村に行き、昨晩の内に何か異変があったか確認していた為に報告が今の時間になったそうだ。
「村人は異常に気づかなかったそうです」
ガルはそう言うと、口をつぐむ。
王は近くにいた兵士の一人に言う。
「至急、フレイル卿以外の五大貴族の方々に召集連絡を。これから緊急会議を開きます」
兵士は敬礼し、足早にこの場から立ち去った。
すると、王は玉座から立つと私とマスターの方を向く。
「すまない、私達は行かないといけなくなった。タダン、また何時か酒でも飲みながら語ろう」
そう言うと、王はガルと共に周囲を兵士に守られながら部屋から出ていく。
「俺達も行くぞ。用は終わったからな」
真剣な面持ちで言うマスターに、私は「そうですね」と返事をして、フードを被るとマスターに続いて部屋から出ていく。
その際、私の頭の中にアーリーンの声が聞こえてきた。
(この度の異変は、異世界から来た貴方と何か関係があるかも知れません。くれぐれもお気をつけて)
私はアーリーンとミリアに軽く頭を下げると、マスターを追って部屋から出た。
そして、そのまま王城から出て、宿へ向かう道すがら私はマスターに言う。
「マスター、私は一度帝国があった場所へと行ってきます。先にクロセトに帰っていて下さい」
私がそう言うと、マスターは「ああ」とだけ返事をした。
ギルドマスターがギルドを長期間離れる訳にはいかない。
そんな現状がある以上、マスターはギルドに帰るという選択を既にしていたようだ。
「何か分かったら連絡しますね。あと、ついでに情報収集がてら世界を旅してきますので、あまり帰ってこなくても気にしないで下さい」
そう言う私にマスターは溜息をつく。
「お前は緊張感ってのがないな。まぁ情報が必要なのはギルドも同じだ、何か分かったら頼む」
私は軽く返事を返すと、その場で別れた。
(私が最初に行った村、名前は確か…ハレントだったかな。その近くに確か帝国があるって話だてけど…)
私は出店で昼食としてパンやカットフルーツを食べると、東門へと向かおうかとした瞬間、思い出した。
(そういえば、お転婆娘が気付いたんだよな。なら行く前にマークに直接聞いてみるか)
私はマークに会うため、フレイル家の屋敷へと向かった。
フレイル家の屋敷に着き、門衛の人にギルドカードを見せてマーク・オルセンと会いたい件を伝えると、直ぐに会う事ができた。
そして、今は応接間にてマークと話している。
「まさか貴方がSランクになっているとは思いもしませんでした」
紅茶を飲みながらそう言うマーク。
国家指定魔術師になった事も告げると、驚きの表情を浮かべていた。
「まぁ、その話は置いといて、帝国について聞かせて欲しいのですが…」
私がそう言うと、お伝え出来る事はあまりありませんが、と前置いて話す。
「親衛隊交代で帝国を監視をしていましたが、二日前の夜、いきなり帝国が消えてました」
マークは溜息をつき続ける。
「どうも私の班以外の親衛隊は、今まで何も起こらないと高をくくって寝ていたらしくて、何も発生した時間の情報がなく…」
(まぁあの親衛隊なら仕方ないか…)
私は苦笑するしかなかった。
「ところで近くの村では何か情報がありましたか」
するとマークは首を横にふる。
「村の人々も魔法使いを含め、誰も気づかなかったそうです」
“魔法使いを含め”それは魔力の発生を感じた者が居なかった事。
つまり、魔法以外の要因が働いていた、又は大規模な魔力隠蔽がされていた事を示していた。
「そうですか…、情報ありがとうございます」
頭を下げる私に、「いえいえ」とマークは返す。
その後、しばらくたわいない雑談をし、区切りが良い所で私は席を立った。
「さて、私はそろそろ失礼します。わざわざありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます」
そんな腰の低い挨拶を互いにした後、私はマークに連れられ門へと向かった。
「ケイさんはこれからどうされるおつもりですか」
道すがら、マークは私に問う。
「一度帝国があった場所を確認して、その後は世界を旅しようかと…」
私の言葉でマークは門に着くまで何かを考えた後、最後に言葉を紡ぐ。
「御武運を」
その一言に礼を言うと、私は東門へと向かった。
東門を抜け、しばらく走って門が見えなくなった頃、私はある実験をしていた。
(杖で浮遊のイメージが掴みやすくなるなら、杖があれば飛べるのかな…)
いわゆる、飛翔実験である。
魔法使いといえば杖に跨がり空を飛ぶ。
私の中にもそんなイメージが少なからず存在する。
本当なら杖なしで飛べるのが最良ではあるが、空を飛ぶという面白そうな事象を前にすると最良で無くとも良い気がしてくる。
私は杖に跨がるとイメージを始めた。
(私と杖を鳥籠で覆い、その鳥籠を操って浮かせるイメージを…)
そのイメージに沿って、風を操ると杖は安定した状態で30cmほど浮かんだ。
(やっぱり、何もない時よりイメージしやすいな…。あとは、魔石部分から風を放出して進むイメージを…)
急加速を恐れて、少し魔力を流すと、杖はゆっくりではあるが前進した。
「本当に進むんだな…。我ながら驚くしかないんだが…」
私は都合のよさに感心しながら、空気が薄くならないよう、地上の風が常にイメージの鳥籠内に入ってくるよう魔法を調整すると、風を纏い空高く飛び上がった。
ハレント方面に向かう途中で、自転車のサドルをイメージした鉄の鞍を杖につけ、高速飛行していると徐々に眼前に見える地平線の様子が変わってきた。
針葉樹や広葉樹の森を抜けると、私がこの世界に来た丘と帝国側へ続く森、そしてハレントが見える。
しかし、帝国へと繋がるはずのその森は、まるで鋭利な刃物で切られたかのように直線で区切られ、現在その先には海が広がっていた。
その光景は、世界の大陸の半分はもう海へと変わってしまった、と私に語りかけているかのようだった。
(この先が帝国…。しかし断面に違和感があり過ぎるな…)
私は崖の縁へと降りると、目を閉じ集中力を高め、周囲の風と金属による探知魔法を展開させる。
そして、崖と帝国のあった場所、広範囲を虱潰しに調べていく。
その状態を二時間維持した頃、私は探索を止めた。
「何もないか…。水中の金属探知なんて当てにならないし…」
私は独り呟くと、再度杖に跨がり飛び上がる。
実はここに来るまで、私は自身と帝国が消えた事に何かしらの関係があるのでは、と考えていた。
理の力を得てやって来た異世界、その中で私に与えられた役割と存在理由、どれも分からない事ばかりで不安でないと嘘になる。
そんな私の前に、この世界では考えられない事象が起こったのだ。
しかし、現場で実際に調べた結果は何もなし、分からない事ばかりが積もっていくようであった。
(どうしたものか…)
そんな事を考えていると、眼下に小さな丘が見えた。
近くにあった小川は涸れており、帝国側から水が流れてきていた事が分かる。
(まだこっちに来て一週間くらいしか経ってないのか…)
私は全ての始まりである、その丘に降り立つ。
そこには穏やかで暖かい日が差し、柔らかい草花の絨毯の上を優しい風が吹いていた。
私は半ば投げやりに思考を纏めようと、荷袋を枕代わりにして、荷袋と外した杖を固定するとその場に横になった。
青い空をゆっくりと雲が流れていく。
(空は青いんだがな…)
私は目を閉じると、自然に抱かれながら意識を少しずつ手放していった。
気づくと私はあの灰色の世界…狭間にいた。
全ての始まりとなった石版の前に立つと、周囲に理の光が浮かぶ。
前と違い、今ある光は赤、青、白、黒、黄の五つのみ、つまり私の中にある風と金属を除いて三つの光が消えていた。
「もしかして私の他にも来たのか…」
そう呟いた瞬間、地面と周囲の木々が色付き、空からはらはらと雪が降り始めた。
「間違いない、他にも理の力を持つ人がいる」
何人かは分からないが最低一人、最高三人この世界に来たようだ。
私は石版に向かい問い掛ける。
「今、何が起こっているのか教えてくれませんか」
すると、私の頭の中にイメージが流れてきた。
頭の中に映るのは、見覚えのある小さな丘、先程まで私がいた異世界の姿であった。
イメージは小さな丘から移動し、帝国があった場所へと移っていく。
(イメージでは帝国は存在するのか)
城下街だろうか、そこには沢山の人がいて、何も異変など無かったかのような、平和な光景が広がっていた。
そして、私はそのイメージの中に、今まで無かった概念が存在する事に気づいた。
それは“理に選ばれた世界”。
その概念が帝国がある世界を包んでいたのだ。
(選ばれた世界…、って事は今まで居た世界は選ばれなかったのか…)
私が思考を始めると、イメージは小さな丘まで戻り、ある概念を提示した。
それは“理に見捨てられた世界”。
イメージによると、これからあの世界は様々な要因により、徐々に崩壊へと向かうようだ。
今のイメージは洪水に火事、落雷、日差しに魔物の群、どれもが常識より規模が遥かに大きく、まさしく異常と呼べる事象が世界を襲っていた。
(これじゃ、どうしようも…)
そう考えた時、ビジョンは消え、頭に声が響いた。
ミステシ、コトワリニ、カワリ
セカイニ、アラタナ、コトワリヲ
その言葉に合わせ、私の周囲を理の光がぐるぐると回る。
その色と厄災を合わせて考えると、一つの考えが浮かんだ。。
(なるほど、それぞれ火、水、雷、光、闇、と対応しているのか…、世界を見捨てたのは、この五つの理…。五大貴族の属性ね…)
私は理の光を見ながら考えた。
「要するに古い理を何とかしろって事かな」
私のその言葉に理の光が上下にゆっくりと揺れる。
恐らく肯定しているのだろう。
(おそらく、土と植物、氷に関係する理の力をもった人があちらの世界にいるのだろう。まずはその人達を見つけないと…。しかし、全ての問題を最大四人で解決出来るとは思えないから、世界の人々の協力も必要か…)
私が考えると、王様やギルドマスター等、頭の中に今まで会った人々の顔が浮かんできた。
(重要人物にこれ程会えたのも、必然だったのかもな…)
そんな事を考えていると、再度声が頭に直接聞こえてきた。
セカイヲ、タノミマス
その言葉を理解した直後、私の意識はプツリと途切れる。
次に気がついた時、私はあの小さな丘の上に横になっており、太陽はまだ高い位置にあった。
恐らく、少しの間だけ狭間に居たのだろう。
(夢…じゃないだろうな。まずは王様に謁見がベストか。アーリーンさんにも協力して貰うとしよう)
私は荷物を纏めると、即座にサドル付きの杖に跨がり、王都に向けて飛翔した。
私は王城についたとき、王は五大貴族と会議を行っていた。
そのため、私は王に会うことはできず、今は王女ミリアと教育係のアーリーンと会っていた。
そこで、私は灰色の世界で見たイメージと私の考えをミリアとアーリーンへと伝え、後で王へ伝えてもらうようにした。
「どう思いますか」
私のイメージとその言葉に、顔を少し青くするミリアに対し、アーリーンは平然とした表情を浮かべていた。
「貴方が考えているなら大丈夫でしょう」
アーリーンはさらっと言ってのける。
私は変に過大評価されている気がするが、どうせ考えるだけで伝わるので口にはしない。
「私達の備えとして、騎士や魔法学園の生徒達にも声をかけましょう。もちろん、出来る範囲での協力にはなりますが」
この世界にはクロセトの北西に魔法使いを目指す者達が集まる、学園都市なるものが存在するらしい。
(王道を考えるなら、理に関係する人がいそうだが…)
「とりあえず、皆さんは理が無くなった場合に備え、戦闘準備と食料の確保をお願いします」
アーリーンは分かりました、と首を縦にふる。
「ところで、貴方は理が無くなった場合、世界はどういう状況に陥ると考えていますか」
その問いに対し、私は自分の考えを述べる。
「無くなった理と同じ属性の魔法は使えなくなるでしょう。火の理が無くなれば火が起きなくなって…、水の場合は川や海、体内の水も無くなりそうですね…。雷はこの世界ではイマイチ、ピン来ません。光と闇は表裏一体ですから、片方が無くなった時点でもう片方も消えて、視覚に問題がおきそうです」
私はそう述べる。
そして、同時にこう考えた。
(デメリットを考えると雷、火、闇と光、水の順で対象するのがベストかな…)
アーリーンは満足そうに頷き、ミリアに向かって言う。
「ミリア様、アンダー様程の聡明なお方ならば問題ありません。無事、世界を救って下さるでしょう」
その言葉を聞き、ミリアは私に向かって頭を下げる。
「この国をお願いします」
私は頑張ります、と返事をすると頭を上げてもらった。
「私は出来る事をしてきます。ミリア様、また何時かお会いしましょう」
私はそう言うと荷物を纏め、部屋の扉に向かって歩き始めた。
すると、アーリーンが声をかけてくる。
「事が起こった場合、世界の人々の避難場所として、魔法学園都市アルディアと王都セントラルを指定します。旅の最中に良い人材に出会えた場合、どちらかに来ていただくよう、交渉をお願いします」
私は振り向き、二人に向かって頭を下げると、フードを被り直して部屋から出ていく。
その後、私は王城を出てギルドマスターの協力を得る為に、一度クロセトへと向かう事にした。
私が居なくなった部屋で、アーリーンはまだ些か顔色の優れないミリアに言う。
「さて、ゆっくりはしてはいられません。ミリア様、グラン様の所に参りましょう」
そう言うと、アーリーンはミリアを連れて部屋を出て行く。
(王女とはいえ、ミリア様はまだ十五歳…。酷な話だったかも知れませんね)
アーリーンはミリアの今と将来を憂いながらも、ゆっくりと会議室へと歩いていくのであった。