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幻の風  作者: 水降 恵来
1章
7/18

そして私はクロセトへ

街道を走り続けていると、周囲の木々は姿を消し、周囲は若葉色の草原へと姿を変えた。

なだらかな丘の上に差してあった木製の標札を見ると、そこには西にクロセト、東にセントラルと書いてある。

そこから街道の先を見ると、東西南北それぞれへ繋がる街道の交わる場所、そこに大きな町があった。

「ここがクロセトか」

その後、数分走ると街の入口へと到着した。

流通の要と呼ばれるクロセトは交通量が多い為か門はなく、街中は馬や馬車が通る土の車道と、石畳でできた歩道が整備されていた。

街中も今までにないほどの賑わいを示している。

出店が軒を連ね、商人や冒険者と思われる様々な服装をした人々で溢れかえっている。


町の中心部へと足を進めると、そこには武器、防具屋等が一つになった、冒険者向けの大きな店がある。

その店の隣には、三階建ての建物があり、そこにはギルド「蒼天」と書いてあった。

(ギルドか…。定番っちゃ定番だけど、職という問題は解決かな)

私はそんな事を考えながら、ギルドの扉を開ける。

中は酒場というより喫茶店に近く、各テーブルにはパーティーを組んだと思われる冒険者達が談笑したり、険しい顔で作戦会議をしたりしている。

正面にはカウンターがあり、そこには書類が積まれている事から、受付であると推察できる。

カウンターに向けて歩いていると、一部の冒険者から目を向けられているが、気にせずに歩き続けた。


「ギルド蒼天に何かご用でしょうか」

カウンターへたどり着くと、受付にいる女性が私の方を向いて言う。

「ギルドに登録をしたいのですが」

その言葉を聞いた受付の人は、一枚の紙とペンを私に差し出す。

「こちらに必要事項を記入して下さい」

内容としては、名前、年齢、戦闘スタイルを記入する欄があった。

私はケイ・アンダー、21歳、魔法使いと記入する。

そう記入した後、受付に渡すと、その人は記入内容に目を通し、私に対して問う。

「魔法使いとありますが、十分な実力がなければ魔法使いとして登録出来ません。それ程の力をお持ちですか」

魔法使いという言葉を聞いてか、周囲の冒険者達の視線が私へと集まった。


「はい。証拠もありますよ」

私は視線を気にすることなく杖を抜くと、床に紋章を浮かばせる。

無論、国家指定魔術師の紋章である。

その紋章に驚きの表情を浮かべる受付嬢と、急にざわつきだすギルド内。

やはり、国家指定魔術師の証はかなりの力をもつらしい。

「これで、大丈夫でしょうか」

私の言葉に受付嬢は「はい、大丈夫です」と手続きを進める。

「では、手続きが終わるまでしばらくお待ち下さい」

そう言うと受付嬢はカウンターの奥へと引っ込んでいく。

(ふむ、何とかなりそうだな)

そんな事を考えていると、ふと声をかけられた。


「あんた魔法使いなんだろ。どうだい一緒に組まないか」

そう問い掛けてくるのは見ず知らずの男二人組であった。

「抜け駆けはずるいぞ」

そう言いながら他の冒険者集団も我先にと、私の方へと群がってくる。

「俺達が先に勧誘したんだ」

「それは抜け駆けというんだ。あいつは俺達が貰う」

「私達こそ相応しいにきまってるわ」

(簡単に紋章を見せたのは失敗だったか)

希少な実戦レベルの魔法使いを欲しがってか、ギルド内は喧騒に包まれ、一触即発の雰囲気に包まれていく。

「うるさいぞお前達」

そんな時、二階から一人の男性が下りてきた。

その男の方を見ると、冒険者達は争いを止めて静かになる。

「マスター、すいません。ついカッとなって」

一人の冒険者が頭を下げそう言うと、「まぁ、いい」とギルドマスターは返し、私の方へと歩いてくる。


「で、一体何の騒ぎだ」

マスターは私に問う。

「この方々が私と組みたいそうです。私を魔法使いと知って引き入れたいのでしょう」

そう述べる私に対して、面白い物を見るような表情へと変わる。

「よし、お前ちょっと地下訓練場に来い」

「へ。何故に」

ふふふ、と楽しそうな笑みを浮かべながらマスターは言う。

「魔法使いとしての実力を見るんだよ。魔法のタイプが分からないとパーティーの組みようがないからな」

つまり、とマスターは言葉を続ける。

「適性を見るために試合といこうじゃないか。その結果で適当なパーティーを考えてやる」

(戦い方でアタッカーかサポーターか見極めるということかな)

「なるほど…それは助かります」

それじゃあ行くか、と言うマスターに続いて、私は地下への階段へと踏み出した。


地下への階段を下るとそこには、観客席付きの闘技場らしきだだっ広い空間が広がっていた。

地下にも関わらず明るいのは、天井に光の魔法がかけられている為であろう。

私とマスターが闘技場中央に立つと、観客席には先程の冒険者達が試合を見ようと集まっていた。

「結界が張られているからいくら中で暴れようと問題ない。周りの奴らは気にせずやろうか」

そういうと、知らぬ間に持っていた大剣を肩に担ぎ。

(パワー型かな、大剣がいきなり現れたような気がするから魔法にも警戒が必要か)

「お手柔らかにお願いします」

私は杖を左手に持ち右半身を引いて、半身になるように構えると、風を纏っていつでも受け流しと高速移動ができるように準備を整える。


マスターはポケットから一枚のコインを出し、私に示す。

「じゃあこのコインが落ちたら始めるぞ」

そう言うとマスターは余裕の表情を浮かべながら、コインを高々と弾く。

(油断しているのかな。なら、速攻あるのみ)

ゆっくりと落ちていくコイン。

それが地につき、チャリンという音をたてた瞬間、私は駆けた。

そして、即座に右腕に風を集中させると、相手の腹目掛け掌底を中段突きの要領で放つ。

ドスン、という重たい打撃音と共に、私の手には固く冷たい感触が伝わってくる。

(やばい)

右手に纏った風を解放し、突風を発生させると、その勢いを利用してを後方にさがる。

直後、先程まで私がいた場所を相手の拳が貫いていた。


「かなり速いな。危うく一発もらう所だったぞ」

そう言うと、余裕の表情を浮かべながら、楯代わりに構えていた大剣を再び肩に担ぐ。

「反応する方が凄い気がしますが」

そんなマスターを見て、私はフードの下で苦笑するしかなかった。

(速度に反応されるとは考えもしなかったな…。もしかして、この世界では、反応出来て当たり前なのか)

そんな事を考えながらも、私は次の一手を打った。

速度に対応するマスターの四方八方に、不可視である風の刃を発生させ一斉にマスター目掛け放つ。

また、秘密裏にもう一手打っておく。

(速さがダメなら手数は妥当だが…。さて、どうなる)

その時、マスターはニヤリと笑う。


~ギルドマスター視点~


(なかなかやる奴だな、危うく一撃をもらいかけた)

俺はフード男を見ると、フード男が苦笑しているのに気づく。

(苦笑…。予想外だったのか。近距離で攻撃が通らなかった場合、次は遠距離魔法ってところか)

その瞬間、周囲の空気が揺らぐ。

(やはり来たか)

予想通りに動く相手に、つい笑みがこぼれる。

「小細工で俺は倒せないぞ」

肩に担いだ大剣を全力で振り回し、風の流れを乱して刃を打ち消す。

「次は俺の番だな」

俺はフード男との距離を詰めるために走ると、大剣を振りかぶる。

(さっさと終いにするか)

そう思い振り下ろそうとした瞬間、背筋に悪寒が走った。

俺は自分の本能に従って無理矢理体を捻り、左へと跳ぶ。


「避けるとは、流石ですね」

体勢を整えると、悪寒の正体がそこにはあった。

フード男のローブの中から、十数本の銀色の腕が飛び出しており、それに握られた剣が先程までいた場所を貫いていたのだ。

「それがお前の魔武器か」

魔法は一人一属性、それが基本であるこの世界において、この現象を説明するにはそれしかない。

しかし、「魔武器…。何ですかそれ」フード男はそれを否定した。

(魔武器じゃない…。考え難いがまさか二属性持ちなのか)

腕と剣がローブの中へと収納されていく。

「さて、まだまだ行きますよ」

周囲の空気が再度揺らぐ。

(考えるのは止めだ、今はこいつの力を見極める)


大剣を再度振り回し、風の刃を封じた瞬間、床下から胴目掛け鎖が左右から一本ずつ突き抜けて来る。

(流石に同じ手では突破出来ないな)

大剣の重さと勢いを活かし、重心を移動して鎖を避けると、再度勢いを利用して大剣を振り抜く。

大剣が鎖に触れた瞬間、触れた部分に鎖が高速で形成され、鎖が切れるどころか、枝分かれし爆発的に増殖しながら大剣に巻き付いていく。

そして、瞬く間に大剣全体が鎖に包まれていった。


(このままだと俺まで巻き込まれるか…)

俺は大剣を手放さずにはいられなかった。

鎖が大剣を包み込むと、今まで地面に埋まっていた部分が地上へと姿を現す。

その鎖はフード男の足元と繋がっていた。

それは獲物を狙う蛇が鎌首をもたげているかのように、大剣を巻き込んだまま俺とフード男の間に立ち塞がっている。


(ここ辺りで止めておくか)

「因みに聞くが、今までのは本気か」

俺の問いにフード男は少し考えるように首を傾げ、答える。

「本気かは微妙ですが、全力ではありませんね。まだ打つ手は沢山ありますし…」

(先程以上の戦いが可能、それも複数の方法を用意している、か)

「なら、魔力はどれくらい残っている」

ああ、それなら…とフード男はさも当然のように答える。

「全く減ってませんよ」

その言葉で周囲に時が止まったかのような静けさが訪れた。


~ケイ・アンダー視点~


(あ、まずった)

つい素直に答えてしまったものの、これは悪手であることは間違いない。

武器の特殊効果にしようにも短剣は威力上昇、杖は国から渡されたもの故に下手に言うと直ぐにばれてしまうだろう。

しかも、観客席には複数の冒険者グループ。

情報を重要視する職業で、私の噂は瞬く間に広がるに違いない。

「あはは…、まぁそういう変わった能力があるとだけ覚えていただけたら」

苦し紛れだが、マスターに言うと、マスターも何かを諦めたかのように「そうだな」と言葉を発した。


「速さと手数を活かした近・中距離主体の戦いが主か。鎖を見る限り複数との戦闘も可能のようだな。だが、遠距離魔法の威力を考えると遠距離戦は苦手と見える。見立てではこんなものか」

マスターはそう言うと更に言葉を続ける。

「あと、すまないがお前と組ませられる奴はこのギルドにはいない」

そう言うマスターの言葉に、正直見ず知らずの人と組むより、一人で自由に動く方が楽だった私は少し安堵した。

「そうですか、まぁ私はそれで構いませんよ」

私は鎖を操り大剣をマスターの前に置くと、鎖をローブの中へと収納しながらそう言葉を返した。

すると私達の会話にを聞いて、周囲の冒険者の一人が文句を言う。

「おいおいマスター、俺達がそいつと組めないってのはどういう事だよ」

その言葉に続くように、他の冒険者達も不満の言葉を口にする。


マスターは面倒そうに冒険者達の方を向くと、私を指差す。

(人を指すとは失礼な…)

「見てたから分かると思うが、こいつは並の魔法使い共より遥かに格上だ。そんな奴は下手に誰かと組むより、個別で動いた方がいいからな」

その言葉では納得できず、文句を言う冒険者達は後を絶えなかった。

「仕方ねえ」

マスターが溜息をついてそう言うと、冒険者達は急に静かになった。

「こいつには今からサンダードラゴンの討伐に行ってもらうが…、誰か一緒に行くのか」

その一言で冒険者達は今度はざわめき始める。

その話の中から、無理、Sランクといったワードが聞こえてくる。

「あの…私に何をさせるつもりですか」

私は嫌な予感しかしないものの、マスターに問い掛けると、笑顔で返答が返ってきた。

「ああ、Sランクの魔物を一匹、討伐してもらおうと思ってな。これなら誰もお前と組もうとは考えないだろうさ」

マスターは何の問題もない、とでも言うように、清々しい笑顔を私に向けている。

(こういう時って、殴っていいんだよね)

その後、色々あったものの、最終的に私はその案をのみ、ギルド初任務がサンダードラゴンの討伐と決まったのであった。


その日の夜、時間も夕方になっていたため、依頼を明日受ける事にした私は、ギルドに併設されているギルド員用の宿泊所にいる。

丁度空きがあったらしく、部屋の一つをしばらく借りる事が出来たのだ。

代金について聞いたものの、宿と朝晩食事付きで一ヶ月、銀貨一枚という格安なものであった。

高い宿代を払うくらいなら、薬草を買え、とマスターが言っていた。

命あっての物種、といった所だろうか。

今、私は体と服の汚れを落とし、ベッドに横たわっている。

(こちらの世界で野宿じゃないのは初めてか…)

今思えば、もうすぐこちらの世界にきて一週間。

その一週間のシメにSランク任務…、私は何をしているのだろう。


(しかし、この世界に来る事になった理由が分からないな…)

未だに謎であるこの問題。

私の過去、石版の存在、理、魔法、異世界、何一つ答えに結びつきそうにないそれらに、つい溜息をこぼす。

(理の内、風と金属、この二つが私を選んだのには何か理由あるはずだ…。この理の力で私は何をすべきなのか…うむ、分からん)

一度思考を止め、杖と短剣、荷物袋を金属魔法でベッドに固定すると私は寝る為に目を閉じる。

(しかし、仮に…)

その後もだらだら考えていると、徐々に思考がまとまらなくなり、しばらくすると、私の意識は睡魔に誘われて、深い闇に落ちていった。


朝、ギルドから聞こえてくる賑やかな声で目覚めると、私は眠気と戦いながらベッドから起き上がる。

(ああ…今日はサンダードラゴンの討伐だっけ…)

そしてローブを羽織ってフードを被ると、金属魔法で短剣の鞘と、鎖の防具を作り装備を整えた後、何時もの荷物を持ってギルドへ向かう事にした。

ギルドに着くと、そこには筋骨隆々とした屈強そうな男が五人、受付へと集結していた。

(うわ…むさ苦しそう…)

そんな事を考えつつも、受付に近づいて受付の人に声をかける。

「すいません、朝食をお願い出来ますか」

若干空気を読んでない気がしたが、これから仕事である。

食べておかないと私が辛い。

発言した私をジロリと睨むように見る屈強そうな方々と、何やら安心したように息を吐く受付のお姉さん。


「朝食ですね。少ししたら持って行きますので、どこかの席に座って待っていて下さい」

私に向かってそう言うと、そそくさと裏へと引っ込んでいった。

「何だお前、邪魔してんじゃねえよ」

すると屈強そうな方々は一斉に私の方を向き、私に言う。

その形相は明らかにお怒りのご様子である。

(ああ…これは面倒そうだ)

私は男達を無視して、部屋の隅にあるテーブルへとと歩を進める。

すると、男達は私のいるテーブルへと近づいて来た。

「俺達を無視するとはいい度胸だな」

代表者であろう男が一人、勝手にテーブルの向かい側へと腰掛ける。

「見ない顔だから教えといてやる。俺達はギルドランクAのグループだ。そんな俺達に対して非礼を詫びないってのはどういうことか分かるよな」

まるでどこぞのチンピラよろしく、私に話し掛けてくるその男達。

(やっぱり面倒臭い人達だったか)

その姿に私は内心、溜息をつくしかなかった。


(さっさと片付けて任務の詳細を聞くとしよう…)

「で、私にどうしろと」

その言葉にリーダー格の男はニヤリと笑う。

「そうだな、なんせ俺達はギルドランクAという大物。迷惑料としては一人あたり金貨一枚が妥当だろ」

そう言う姿は、正直私には人間の屑としてしか見えなかった。

「仕方ないな」

私はそう言うと荷袋の中にある財布から硬貨を五枚取り出した。

「ほい」

そして、男の後ろに立っていた取り巻きの一人に向かって、それを投げつける。


硬貨は男の胸に当たると、バラバラと床へと落ちていった。

「お前らの好きな金だぞ、拾えよ」

私は落ちたお金、鉄貨を顎で指しながら、相手を挑発する。

「てめぇ、ふざけてんじゃねえぞ」

安い挑発に引っ掛かった取り巻きの一人が殴りかかってくる。

「先に殴ってきたのはそっちだからな」

私は風で受け流すのではなく、間に高密度の空気の層を作ることで攻撃の威力を激減させ、顔で受け止めていた。

これの方が、相手に落ち度がある事を、周囲に認知させやすいと考えた為である。

私は即座に中腰で立ち、高速移動と併せて、相手の胴目掛けて、身体強化した右手で高速の掌底を放つ。

攻撃が当たる瞬間、相手の背に突風をぶつける事で、掌底と突風の威力を損なう事なく、相手へと叩きこんだ。


その後、同様にして取り巻きの三人を数秒とたたず、速攻で沈めると、座ったままそこにいた、リーダー格の男への前へと座り直す。

「で、ギルドランクAの方々が私に何の御用でしょうか」

男は、少し血の気の引いたような顔を私に向ける。

「い…いや、何もない」

そう言って席を立とうとする男。

「何もない…何を言ってるんですか」

私は素早く男の背後へと立ち、肩を押さえる。

ひっ、という男の小さな悲鳴に対して、私は言葉を紡ぐ。

「ギルドランクAともあろう方が、仲間の不始末をそのままにするはずありませんよね」

その言葉を聞いて、男は慌てたようにポケットを漁り、革でできた財布らしき物を取り出し、テーブルの上に中身をひっくり返した。

「頼む、これで勘弁してくれ」

ぱっと見、銀貨三枚と数枚の銅貨と鉄貨が見える。

「ギルドランクAの方は一人あたり金貨一枚じゃないんですか」

男は最初の勢いは消え、「今は金が無いんだ。本当だ」と、すっかり弱気になっていた。


(いい加減、演技も疲れてきたな…)

「まぁ仕方ない。私は優しいから今回は銀貨一枚で勘弁してあげましょう」

私はそう言うと、再度男の前の席に座り、銀貨を一枚手に取った。

「ただし、次はありませんよ」

そう言うと、男はテーブルに残ったお金をかき集め、仲間を残したまま逃げるようにしてギルドから立ち去っていった。

(仲間を置き去りか…。なかなかに酷い奴だ)

私は席を立ち、床に落ちた鉄貨を拾うと、風を操ってゴロツキ達を部屋の隅へと押しやった。


「お待たせしました。朝食です」

タイミングを合わせたのか、受付の人がテーブルへと食事を運んできた。

「五月蝿くしてしまい、すいません。これ迷惑料です」

そう言うと、私は受付の人に先程の銀貨を渡そうと手を伸ばす。

しかし、受付の人は銀貨を受け取らずに私に話し掛けた。

「いえいえ、正直助かりました。彼等はAランクに上がりたてなんですが、俺達には実力があるから、Sランクの任務を受けさせろってしつこかったんですよ」

一応彼等も実力はあるのですが…、と話す受付の人との会話を適当な所で切り上げると、私はパンにサラダ、白身魚のフライにスープといった朝食を食べる。

(……私がSランクのクエストを受けるのは問題ないのか)

その時、私は何とも言えない気持ちにならざるを得なかった。


私が朝食を食べ終えると、ギルドマスターが私の所へとやってきた。

「調子はどうだ」

何時も通りですね、と返す私を鼻で笑うと、手に持った書類をテーブルへと置く。

「こいつがクエストの契約書。で、こいつが…」

そう言うと、二枚の紙と、封のされた封筒を出す。

「往復用の転移符と依頼主への手紙だ。ギルドカードはまだ出来てないからな、その手紙を依頼主に渡せ。転移符は破れば発動する。転移先は依頼主の家の前とギルド前。転移する時、お前に触れている物も運ばれるから、使う時は気をつけろよ」

その後も、つらつらとひたすらに必要事項を述べるマスター。

私は、説明を聞き終えると契約書に名前を書き、クエストを正式に受ける。

私が契約書に記入したのを見て、マスターは私の背をポンと叩く。

「ノリで言ってしまって悪かったな」

「なんでこんな時に言いますか」

帰って来るまでに何かしらを考えておかねば…。

そんな事を考えながら、席を立つと、私は依頼先への転移符を破った。

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