そして私は連れられて
あの後、二つ返事で了承した私は、三日間商人の人達と共に過ごした。
その間は何者にも襲撃される事はなく、積み荷にあった様々な薬草の知識や、この世界の事を地図を見ながら色々と教えてもらった。
無論、私が異世界の住人である事を悟られないようにしながらではあるが。
この世界について語るべき事はそれ程多くない。
・この世界は一つの大陸と、複数の島々で構成されている。
・世界は大陸の西側を王国、東側を帝国として常に睨み合っている。
・この世界には様々な魔物が存在している。
・王国側の要所の村や町には転移装置が設置されている。
特に重要なのはこれくらいであろうか。
帝国や魔物の存在は知っていたが、転移装置の存在は初めて知った。
非常に移動が楽になるとは言え、利用にはお金を支払う必要があり、お金に余裕がある、又は有事以外では気楽に使えないらしい。
ソレイア達が私より早くあの町にいたのは、その転移装置を使った為であろう。
もしかしたら、町を出た所で馬車が少なかったのも、転移装置を使う余裕がある商人が多かったのかもしれない。
魔法の力とは凄いものだと、改めて感じさせられた瞬間である。
そんな事を考えていると、馬車は王都であろう、白い城壁に囲まれた門へと到着した。
門番の人へ通行書を見せ、荷物検査をクリアすると王都への門が開かれた。
(凄い、何だかタイムスリップした気分だ)
門の先は石畳が敷かれ、中世の雰囲気を漂わせる家が石畳の左右に立ち並ぶ。
その風景によって、言葉で表す事の出来ない感動が、今私を包んでいた。
そんな感動に浸っている時、門に入ったばかりではあるが馬車が止まる。
「王都の東門に到着しましたよ。確かここでいいんですよね」
そう言うのは御者の男であった。
「はい、わざわざ私達を乗せてくださいましてありがとうございました」
少女はそう礼を言うと老婆共々馬車から降りる。
「私も色々とありがとうございました」
私も礼を言うと依頼主である少女達に続いて馬車から降りた。
「こちらこそ貴方がいなければどうなっていたことか、本当にありがとう。それではお元気で」
そう言うと御者の男と少年は品を届けにだろう、王都の中心部へと馬車を進めていった。
「やはり、貴女方は商人では無かったんですね」
私は二人に対してそう述べる。
王都へ向かう途中でも、同業者とは明らかに異なる話をしていた為、私と同様に馬車に乗せてもらっていただけだと、私は考えていた。
その言葉に肯定の意を示し、首を縦に振る少女と老婆。
「詳しい話は後ほど話します。今は私達について来て下さい」
そう老婆が言うと、私達の近くへと新たな一台の馬車が止まった。
黒を貴重とし、白馬に引かれるそれは、明らかに高級感を漂わせていた。
明らかに貴族用であろう。
「さて、行きましょうか」
老婆と少女は使用人とおぼしき人の手を借りながら馬車に乗り、私が乗るのを待っている。
(これ、何だか大変な事になってないか)
見た目、一般的な服を着ていると思いきや中身は貴族。
(貴族の娘と教育係のお忍びでの旅といった所だろうか)
何だか貴族との繋がりが異様に出来ている気がするが、正直ソレイアの件もある。
これから先、何人の癖の強い人に会うのだろうかと心配でならない。
(考えても仕方ない、今回私に落ち度はないし何とかなるさ)
私は意を決して、馬車に乗り込んだ。
馬車は街中を走り、石畳の凹凸による振動を伝えている。
私達は今までの旅路と同じように、雑談をしながら時間を潰していた。
すると、馬車の窓から建物が見えてきた。
「お城か…初めてみるけど立派だな…。一度近くで見てみたいものだ」
私はそう感想を漏らし、二人の様子を見る。
「はい、私も素晴らしいものであると考えとおります。それもこの国を守られている王様に王妃様、王女様が素晴らしい方であるが故にございます」
そう老婆が言うと、少女は老婆に何かを言いたげにしていたが口を閉じ、老婆は嬉しそうな笑みを浮かべている。
(ああ…二人の反応から考えると…。まさか…。マジか…)
私は内心苦笑しながら、馬車が目的地に到着するまで二人との雑談続けたのであった。
その後、私の予想通り馬車は城へと入っていった。
「御礼と報酬を準備して参りますので、客室にてお待ち下さい」
老婆にそう言われた後、城の入口で降りると、私は使用人の一人に案内されて城内へと歩を進めた。
内観は高級感と清潔感に溢れ、大理石の床には赤い絨毯、廊下には壺や絵画が所々に設置されているくらいで、ゴテゴテとした金の置物等は見られない。
おそらくこの国の王は見栄を張りたがる貴族とは違うのではないか、そう感じさせられる。
「こちらでございます」
そんな事を考えている内に客室に到着した。
「後ほど、お迎えに上がりますので、それまで自由におくつろぎ下さい」
そう言うと使用人は私を室内に通すと去って行く。
室内は広く、廊下同様に清楚な感じがして好ま部屋にはテーブルに椅子、そしてベッド。あとは本棚があるだけ。
本は2冊あり、それぞれ国の歴史書と宗教の本だ。
(この世界にも宗教はあるんだな)
宗教に興味はないが、この国の価値観を知る為には有効と判断した私は、誰かが呼びに来るまで宗教の本を読む事にした。
その後給仕の人が来て、紅茶を煎れてくれたが、程なくして先程の使用人が迎えにきた。
流石に短時間で十分に本を読める訳もなく、元々興味が薄かった分、内容は殆ど捉えられなかった。
私は本を元あった場所に戻すと、紅茶に口をつける事なく使用人について、客室を後にした。しい部屋であった。
私が連れられて行った場所には、いかにもこの先に王が居ますよと主張しているかのように装飾された扉があった。
「くれぐれも失礼のないようにお願いします」
そう言いながら扉を開ける使用人。
私はフードを外している事を再確認し、その扉の先へと足を進めた。
そこには王座に鎮座する王と、左右に立つ王妃と王女、王座から少し離れて老婆や警備の兵達がそこにいた。
(うわ…何か緊張する…)
私は近すぎず、遠すぎずの距離をに立つと、イマイチ勝手が分からないが、とりあえず、左足を前にして右膝を折り頭を下げる形で礼をした。
(これから先どうしよう…。まぁ何とか乗り切ろう)
「この度はお招きいただきありがとうございます」
私はその体勢のまま話す。
周囲のシンとした空気が痛い。
(異世界の事は伏せて話すとして…)
「私の名はケイ・アンダー、今は生きる意味を探して旅をしております」
周囲は異様な静けさを保っている。
正直いたたまれない。
(一体何なんだ…。帰っちゃ駄目かな…)
そんな時、「ぷっ」と誰かが笑いを漏らしたような音を聞いた。
(位置的に王女様か…って待てよ…。この状況でその笑い…、もしかしてこれは…)
そう私が考えた瞬間、所々から耐え切れなくなったのか笑い声が聞こえてきた。
「君の考えている通りだ、顔を上げなさい」
そう言われ顔を上げると国王は優しげな笑みを浮かべていた。
王女は笑いを我慢しているのか、顔がにやけている。
周囲の兵の方々も力を抜いて今や楽に構えていた。
(護衛が構えを解いていいのだろうか、それに私の考えが読まれている…。何故だ)
そんな事を考えていると、老婆が兵達の前へと足を進めた。
「これは私の魔法で、人の考えを読み周りの人に伝える力。兵が構えを解いたのは、貴方が危険な人でないと知っているから。それ以外の理由は要らないでしょう」
老婆はそう言うと、私の近くへと近づいてきた。
「さぁお立ち下さい」
私は老婆のその言葉に促されてゆっくりと立ち上がった。
すると王が玉座から立ち上がり、言葉を紡ぐ。
「娘とアーリーンを助けてくれた御礼と報酬について協議した。その結果アンダー殿の希望を聞いた上で判断しようという事になってな。何か欲しい物はあるか」
どうやら老婆の名前はアーリーンというらしい。
その言葉に様々な事を考えてしまう。
お金、地位、家など、欲を出せばキリがない。
その中で、今の私がこの世界で必要なものは何か。
決断は一度しか出来ないが、私は答えようと思う。
「私に自由を下さい」
私は、そう答える。
私がこの世界で生きる為に必要なのは、何かしら地位かとも考えたが、それには責任が伴う。
その立場に縛られるくらいならば、異世界の事で束縛される、その危険性を断つ事が大切なのではないかと私は考えた。
老婆の魔法で周囲の人に思考が伝わっていたのか、王は何やら神妙な顔をしていた。
「君はそれでいいのかね」
「はい」
今の私にはそれが最善手だと考え、頭を縦に振る。
「ふむ…本来ならばそれなりの対価を払わなければならないが、それ程考えた上ならばやむを得まい」
だが、と王は言葉を続ける。
「御礼と報酬は別だ。今のは御礼、報酬は娘のミリアから受け取ってくれ」
そう言うと、部屋の隅に控えていた侍女が、棒状の何かをミリアへと手渡した。
ミリアは私の前へと歩を進めてくる。
「私からはこちらを、きっとアンダーさんの力になってくれますよ」
ミリアが私へ持ってきたもの、それは一本の杖であった。
「ふむ杖か、報酬ならば有り難く頂きます」
私は杖を手に取り、杖をよく観察した。
金属製のそれは120cm程の長さがあり、杖の上部には鳥かごのような飾りが施されている。
その内部には拳サイズの透明な宝石が固定されている。
「この杖はミスリル、装飾は魔力が詰まった石、魔石が使われています。試しに、杖に魔力を流してみて下さい」
私は言われた通りに魔力を流すと、その魔石が光りを放ち始めた。
その光りは懐中電灯程の明るさがあり、流す魔力の量によって明るさが調節できるらしい。
「あと、覚えていて欲しい事があります」
確認が終えたころに、ミリアは話しはじめた「杖を両手で逆さに持った後、先端を地に付けて魔力を流して下さい。」
私は言われた通り、杖を両手で逆さに持ち、魔力を流す。
すると、私の足元に魔法陣らしきものが現れた。
(これは魔法陣…、いや紋章か)
ミリアは頷き、「そうです」と言葉を紡ぐ。
「この紋章は王家に認められた者の証。私は貴方を国家指定魔術師に認定しようと考えています」
私は国家指定魔術師の意味が分からずに意味を問う。
国家指定魔術師、それは国お抱えの魔法使いの事を指すらしい。
国が実力と身分を保障する代わりに、有事の際は国の為に働く義務を負う。
国による身分保障は人々の信用を得る事に繋がるが、それ以上の金銭的のメリットはない。
普通の魔法使いならば、召集のデメリットを考えて、国家指定魔術師にはならないのではないか。
しかし、私の場合は違う。
現在、立場上不安定さが残る私にとって、不安要素を除けばその申し出はとても有り難い。
「一つ確認します。私は自由を約束して頂きました。国家指定魔術師になった場合、王様との約束はどうなるのでしょうか」
先程、王と私の自由について話したばかり、何を有事と判定するのか分からない以上、この不安要素を解消しておく必要はあるだろう。
ミリアはその問いに戸惑ったのか、父である王に助けを求めるかのように視線を送る。
「私は構わない」
そう答える王の言葉を受け、ミリアは言葉を紡ぐ。
「召集については任意で構いません。しかし、可能な限り召集に応じて頂きますようお願いします」
私はその言葉を聞くと安堵の息を吐く。
「ならば、国家指定魔術師の任を受けましょう」
私がそう言うとミリアの顔が綻ぶ。
「アンダーさん、これから宜しくお願いします」
そう頭を下げるミリア。
王女らしくないその行動に驚き慌てたものの、私は何とか無事に国家指定魔術師になる事ができた。
その後、玉座に座りながら王は私に聞く。
「魔術師アンダー、君はこれからどうするのかね」
せっかくの異世界、行く当てはないが旅は続けたい。
「まずは、招待を受けていますので、フレイル家の屋敷に向かおうかと考えています。その後、しばらくは西に向けて旅を続けようかと、道中適当な場所で仕事を探す事にはなりそうですが…」
そうか、と王は言葉を紡ぐ。
「それなら西にある流通の要所、クロセトに寄るといい。物の人が集まる場所だ、自ずと様々な情報も得られるだろう。君の旅に幸運が訪れる事を祈っている」
その言葉は謁見の時間の終わりを意味していたのか、私は礼を言うと、すぐに使用人に連れられて部屋を後にした。
(ふむ…。短い時間だったはずだが、なかなか精神的に疲れたな…)
私はローブの上から、襷のように斜めに装置したホルダーに杖を差して城を後にする。
私はまず、マークが言っていた王都の南西部にある、フレイル家を訪ねることにした。
荷袋や水袋等の御礼もしないといけないし、恐らくマークは私に何か話があるのではないかと思う。
(実になる話であれば良いのだが…)
~その頃~
「ミリア様、宜しかったのですか」
机に向かうミリアに対して、椅子に腰掛けながらそう問うのは、ミリアの教育係であるアーリーンであった。
「仕方ありませんよ」
ペンを握る手を止め、彼女は話す。
彼らが話しているのは、ケイ・アンダーの事である。
「騎士として働いて頂けたら良かったのですが、アンダーさんは旅を続けたいとおっしゃってましたから…」
伏し目がちにいうミリアに対して、アーリーンは優しく話しかける。
「例えミリア様が人の心を読めても、すべてがうまくいくとは限らない。それが人生。縁があればまた会えるでしょう」
アーリーンがそう諭すと、ミリアは「そうですね」といい、再度ペンを動かし始めた。
~その後、水木恵悟は~
(どうしてこうなった)
「ガル様、不信な者を捕らえました」
私は門衛に声をかけただけなのだが、何故か捕まってしまった。
そして現在、周囲を四人の衛兵に囲まれながら、短く整えられた赤髪、キリリと鋭い赤目の男の下へと連れてこられている。
「…誰だ」
ガルの鋭い視線は私を捉えていた。
はっ、と敬礼しながら衛兵の一人が話す。
「この者は、ソレイア様の親衛隊長マーク・オルセンの紹介によって、この屋敷に来たとの事です」
その言葉を聞いた瞬間、ガルの目は大きく見開かれる。
「ソレイアの親衛隊に会っただと」
直後、ガルは私に向かって詰め寄ってきた。
「何処で会った」
明らかに動揺している様が見て取れる。
「それは…」
私はここに来るまでの経緯を、ソレイアとマークに関する部分だけを抜粋して話した。
「そうか」
安堵したように、表情を少し柔らかくすると、ガルは衛兵達に下がるよう命じる。
衛兵達はその言葉を受けると、即座に自身の持ち場へと戻っていく。
「ソレイアが帰ったらまた来るといい」
そう言うと、ガルも私を置き去りに、部屋から出て行ってしまった。
(え…放置って…)
私は初対面の人間を部屋に放置という、本来なら考えられない状況に驚きながらも、何もする事がない為、屋敷を後にする事になった。
「はぁ…」
ため息をつきつつ、フレイル家の屋敷から出ると、活気のある商店街の喧騒が門の前まで届いている。
フレイル家の屋敷は国民の守護を役割としている家系。
そのため、屋敷は一般的な居住区や商店街に比較的近い場所に建っていた。
(さて…若干日が傾きつつあるが…。急げばクロセトに着けるだろうか)
旅立つ前に、商店街にてフランスパンに良く似たパンと、ライター代わりに火の魔力が込められた小さな魔石、財布代わりの小さな布袋を購入した。
全部で出費は銅貨3枚分となった。
(金貨を使えたのはいいが…。小銭が多すぎるな)
財布がジャラジャラと小銭の音を鳴らすのが気になる為、袋内部を真空にする。
これにより菌の繁殖を防ぎ、食料の保存効くようになり、小銭の音が鳴らないようになる。
「さて、行くか」
街の大通りを歩くと何事もなく、西門へとたどり着く。
門番も街を出る者には何も言わないのか、何事もなく街道へと出る事ができた。
(さて、フードを被って…っと)
門から姿が確認出来なくなるまで歩くと、そこから風を纏い、街道をひた走る。
周りには幾許か人の姿が見えるが、私が通り過ぎると何事か、と一様に私の方を向くが、瞬く間に私の姿は見えなくなっているだろう。
(まずはクロセト、そこで職と、出来たら拠点を探すかな…)
そんな事を考えながらクロセト目指し、私は障害物のない一本道をひたすら駆けた。