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幻の風  作者: 水降 恵来
1章
5/18

そして私は旅にでる

私は滝壺の所まで戻ってきていた。

ただ逃げてきた訳ではない。

カエルと最初に出会った場所であるこの場所に、デスフロッグの生き残りが居ないか確認に来たのだ。


「ああ…剣を返すのはどうしよう」

腰に刺してある剣を引き抜きながらそう呟く。

我ながら、何という責任感、後悔先に立たず感が酷い。

(仕方ない仕方ない、これは後で何とかしよう)

そう雑念を取り払うと、私は先程、水を持ち上げた時のように剣を構え、滝壺の水を風で掬い上げるように上空へと運んだ。

風の探査には何も引っ掛からない。

もう残ってはいないようだったが、念のためその構えのまま、水の無くなった滝壺を覗き込んだ。

(うげっ…)

思わず眉間に皺を寄せる。

そこには一つが30cmほどあるカエルの卵に埋め尽くされた穴があった。

(孵らないように処理せねば…)

私は無言で風と金属を操り、剣山をイメージした無数の針で卵を貫いた後、風の刃で卵を細切れにする。

その後、空中に留めておいた水を滝壺に一気に流し込み、切れたり、穴が空いたりした卵の残骸を下流へと流していく。

(後は…チェックするだけか…)

私は全て流し終わったか確認するため、再度滝壺の水を上空に持ち上げた。

すると、卵が無くなった滝壺の底に月明かりをうけ、キラリと光るものが見つかった。


(何だ)

私は滝壺の入口に金属の板を斜めにかけ、水が滝壺に流れず直接川に流れるようにすると、穴の中へと風で体勢を整えながら下りていく。

光を反射したものの姿が見えた。

それは一本の短刀であった。

刃は波打っており、フランベルジェを連想させる。

しかし、形は直角三角形のようで刃は斜面にあたる場所にしかなく、柄は木製であった。

どれだけの時間、滝壺にあったのかはわからないが、まだ使えそうだ。

この短刀は金属探査に反応しない事から金属以外の物質であるらしい。

見た目で言えば若干緑がかっている為、石の何かだとは思うが、こう暗くては分からない。

短刀を右手で握り、試しに魔力を流してみる。

すると面白い事が起こった。


「これは…風が強くなっているのか」

短刀には先程の剣と同様に風を纏わせようとしたものの、先程よりも、より鋭い風の刃が発生していた。

(魔力増幅というより切れ味上昇か)

試しに目の前の石目掛け切り付けると、擦り抜けたのかと錯覚するほど手応えはなかった。

しかし、目の前に残った一筋の痕が、斬撃の威力を物語っている。

(なかなか便利なものを拾ってしまったか…)

ここに何時までもいる訳にもいかないので、足に魔力を溜めると跳躍して滝壺から抜け出す。

そして滝壺から脱した瞬間、金属板を消すことによって、滝壺へ再度水が溜まりはじめた。


「これが貴方が隠していた魔法ですか」

飛び出た瞬間に声をかけられ、思わず短刀を声がする方へと向ける。

そこには、親衛隊の隊長マークがいた。

「なんだ…驚かせないで下さいよ」

私は短刀を下ろす。

「そうですね、先程は言いませんでしたが、私のもう一つの魔法です。効力は…察して下さい」

私はそう言うと腰から剣を外す。

そして、マークへと剣を差し出した。

「この為に来たんでしょう」

「ええ」

マークは剣を受け取る。

そして、マークは頭を下げながらこう言った。

「先程はありがとうございました」

「頭を上げて下さいな。私はただ、ワンマンプレーをしてただけですから」

そう言う私にマークは「いえ」と言葉を返す。

「貴方は森に配慮をした戦いをされていました。そして、それ以上に、ソレイア様に意見をして下さった」


この後マークが話した内容はこのようなものだった。

ソレイアは実は実践経験が少ない事。

それにも関わらずギルドランクが高いのは、魔法が使える事にあるらしい。

実践レベルの魔法を連続して使える人間はそう多くなく、貴重さ故にランクが高くなりやすくなるようだ。

私が戦闘中に感じた違和感はこの経験の少なさによるものだったと、確信した。

また、五大貴族という肩書から故に今まで意見を殆ど言われる事もなく、言われたとしても魔法によって黙らせる。

そんなソレイアに意見をして無事だった人はいないそうだ。


「正直、幼稚としか言えないんですが…」

そんな私の言葉にマークも頷く。

「申し訳ありません。私も出来る限り、助言をしているのですが」

これでも、前よりはマシになったらしい。

私はマークに同情せざるを得なかった。

「まぁ…そんなお転婆娘を放置するのも危ないですから、貴方は早く帰った方がいいのでは」

とりあえず、私はそう言うとマークは「そうですね」と言葉を紡ぐ。

「そういえば、貴方の名前はこの世界では異色ですので、偽名を考えておいた方がいいかも知れません」

(偽名か…アレでいいかな)

アレとは、私がゲームでつけたキャラクターの名前である。

「分かりました。これからはケイ・アンダーと名乗る事にします」

私がそう言うとマークは私に向かって敬礼する。

「ではケイ・アンダー様。何時かソレイア・フレイル様のお屋敷をお訪ね下さい。マーク・オルセンの紹介で来たと言えば大丈夫です」

「そう言われても…場所が分からないんですが…」

そう言うとマークは「そうでした」と更に言葉を紡ぐ。

「先程の町から道なりに行った場所に王都があります、王都の南西部にあるのがフレイル家の屋敷になります。それでは、私はこれで。ご武運を」

そう言ってマークは受け取った剣を片手に川沿いを駆けて行った。


「まぁ…コネクションが出来たと思えばいいか…」

そう言うと、金属を操り腰に鞘付き、鎖状のホルダーを形成して短刀を装着して。

「しかし…お腹空いた…。喉は何とかなるけど…」

そう言うと、上空の空気中の水分を圧縮して水を集め、口にする。

(こう暗いと仕方ない、今日は適当に汗を流して寝るか…)

考えると即座に服を着たまま川へと飛び込み、風を全身に纏わせると、体や服の繊維の隙間についた汚れを水の流れを風を介して操ることで取り去る。

その後、冷たい川から出ると、全ての水を風で吹き飛ばし、体や服を乾かした。

(明日は王都を目指してみるかな…。あぁそれ前に、食事が先か…)

はぁ、と一人ため息をこぼせば、枯れ葉を集め周囲を風の壁で覆って私は眠りについた。


~翌日~

日が昇り、朝もやの立ち上る森の中、私は目覚めた。

慣れない野宿のせいで体の節々に疲労感が残っている気がするが、体を休められただけマシだろう。

起床後、私は霧から水を取り、水分を補給すると周囲を探査を用いながら駆け、食べられそうな野草や、小鳥を数匹集めた。

その後、川辺で短刀を用いて下ごしらえをすると、風と木の枝を用いて摩擦で火をつけ、金属魔法で鍋を作り、炒めるだけの簡単な調理を始めた。

熱伝導で鍋を直接触れないが、風を操る事で何とか調理を完了した。

(調味料が欲しいな…)

そう思いつつも空腹を満たす為に、私は木を削って作った箸で黙々と食べる。

非常に素朴な味過ぎて辛い。

これも生きる為、と思いながら何とか食べ終えると、骨や箸を森の中に投げ捨てる。

(きっと自然に還るだろう)

そして鍋を消し、鞘を形成すると、鞘に短刀を納めて立ち上がる。

(何とか飢えは凌げたが…。次は調味料が欲しいな…)

そんな事を考えながら、私は全身に風を纏うと、行く当てもないので、とりあえず人と情報が集まりそうな王都へ向かう為に、ソレイア一行と合流した町へと駆ける。


走っている途中、焼けた場所やカエルの肉片が引っ掛かっている場所があったが、それ以上変わったものはなく、私は無事に先程の町に着く事ができた。

相変わらず開いたままの門を通り抜け、私は村へと入る。

そこには昨晩と比べ、人や馬車が増えて随分と賑やかになった町の姿があった。

正直、人混みは苦手である上に今は服装が浮いている為、私はさっさとこの町を通り抜ける事に決めた。

その時、「すいやせん、ケイ・アンダーさんですかい」と右側から一人の男が話し掛けてきた。

そちらを向くと、商人のような出で立ちをした少し体格の細い男が、後ろ手に何かを持ち、品定めするような目で私を見ていた。

「はい、そうですが…」

私の返事を聞くと男は、「そいつぁ良かった。見たことない黒い服を来てる男としか聞いてなかったもんで」と言い、手に持っていた物を私に向けた。


「これは…」

男が持っているものに目を落とす。

「この袋にはローブと、水袋、あと干し肉が入ってごぜえます。ソレイア様んとこのマーク様があんたに渡して欲しいと、わっちに依頼なされまして。ささ、どうぞどうぞ」

そう言うと男は私に荷物を押し付け、人混みの中に消えてしまった。

私は道の脇に寄ると、その服の中の物を確かめる。

そこには封のされた手紙が入っていた。

あと、なぜか干し肉の中に金属探査が反応している。

干し肉をまじまじと見てみると小さな切れ込みがあるのが分かる。


最初に手紙を読んだ。

そこには、今回の御礼を込めて準備した事、服装を隠すのに長めのローブ、旅を送る上で必要となる水と食料、金貨を同封するという旨が記されていた。

金貨は商人にネコババされかねないので干し肉の中に隠してあるらしい。

金貨1枚はそれぞれ、銀貨10枚、銅貨100枚、鉄貨1000枚になるらしい。

その辺りにある商店の品物の値段を見る限り、銅貨一枚が1000円程度であろうか。

(これを簡単に出せるとは、親衛隊の隊長とはかなり稼いでいるのか…)

そんな無粋な事を考えつつ、私はローブを取りだして、服の上からローブを着た。

深々としたフード付きの、長袖のローブであった。

丈は足元まであり、あと少しで地面に擦ってしまいそうだ。

材質は革なのかそれなりの重量感がある。

しかし、雨などには強そうだ。

(重さや風通しは、風で何とかするとして…)

ローブが風でなびき、服が見えたら困るので、鞘の鎖を複数形成して伸ばし、ローブに癒着する形で鎖かたびらのように編み混み、ローブがなびかないように固定した。

さらにこの鎖を伸ばせば、攻撃や防御へも転用出来るように先端部は足元や、ローブの開閉口にへと集中させる。

(何だか一気に怪しい人になってしまった気がする…)

そんな事を考えながらも、私は袋を担ぎ、先程入ってきた門と反対側にある門へと足を進めた。


町から出る際、門番の人にじっと見られていたものの、何とか無事に町からでる事が出来た。

(フードを外しておけば良かったかも…)

今更そんな事を考えながら、私は二つの山脈に挟まれた一本道を駆ける。

ローブや袋の分まで風を纏うのに少しコツがいったが、慣れ始めると今までの速さが戻ってきていた。

(しかし、予想以上に少ないな…)

街道を走る馬車の数はかなり少なく、今まで片手で数えられる程しか追い抜いていない。

町の賑わいから、もっと多くの馬車が通っていると思ったものの、どうやらそうでもないようだ。

その時、前方の探査に複数の人の反応が引っ掛かった。

その人達はどうやら、一台の停止している馬車を囲むように、金属製の武器を抜いた状態で配置されているらしい。

(まさか、こんな日の高い内に山賊か盗賊か。白昼堂々とは…、急ぐか)

私は速度を上げ、その馬車へと急接近していった。


見た目山賊とおぼしき人達は、サーベルに槍やハンマーなど様々な武器を手に一台の馬車を囲んでいた。

皆一様に下賎な笑みを浮かべている。

その中でも親玉だろうか、サーベルを右手に持ち、一際引き締まった肉体を持つ大柄な男が、貨物輸送用の馬車に乗っている人達に向けて脅しをかけていた。

「荷物と女は置いて消えな、そうすりゃ、野郎は生かしておいてやるよ。置いていかないなら、多少無理矢理にでも頂戴するがな」

相手に自身の優位を示して、ガハハと豪快に笑うと周りの配下の者達も便乗し、笑い始める。

その笑いによって、不安が馬車にいる者達を飲み込みつつある時、一陣の風が吹いた。


突風と共にミシッと言う音が聞こえたかと思うと、大柄の男は弾き飛ばされたかのように宙を舞い、男達の輪の外へと勢いよく落下する。

落ちた後、男はピクリとも動かず、ただ地に伏していた。

その場に居た人全員が何が起こったか分からずに呆けていると、馬車の横にいた私が言う。

「盗みはよくないよな…。うん、さらに恐喝や殺人未遂の罪状を考えたら、このくらいは仕方ない仕方ない」

周囲の視線が一斉に私へ向いた。


(これはチャンスか)

「ああ、そうそう、立ち去らないのなら、次の犠牲者が出るだけですが…どうします」

私は出来るだけ余裕があるように見せて、盗っ人達を眺めるように観察した。

盗っ人達は先程の余裕溢れる様相から一変し今ではおどおどしている人物がほとんどだった。

そして私の言葉に対しての答えは、全体の一部数、僅か3人の突撃であった。

「威勢が良いのは良い事ですが…」

再度突風を放ち、前進してきた相手を体勢を崩させ、転倒させる。

その後、短刀を抜き深く鋭い斬撃をイメージしながら、短刀を振り抜く。

「ひっ…」

その瞬間、切断音と共に体勢を崩した三人の足元の地面に、深々と切断されたような跡が生じた。

その跡を見ると、もし当たっていたら…という思考を止める事は出来ずに、盗っ人達の体は少しずつ、後ろ後ろへと後退していっていた。

「今一度問いましょう。ここから去りますか。それとも私と戦いますか」

私の動作と共に風がそっと、盗っ人達の頬を撫でる。

纏わり付くようなその風に盗っ人達は、勝てない事を悟るや否や、倒れた男を回収しつつ走り去っていく。


「…何とかなったか」

盗っ人達の姿が見えなくなると、私は一息ついて短刀を鞘に仕舞う。

すると、馬車に乗っていた人達が降りてきた。

「この度は助けていただきまして、本当にありがとうございました」

そう言うのは馬車の御者をしていた白髪混じりの男性。

その男性が頭を下げると、馬車に乗っていた三人の男女も頭を下げる。

馬車に乗っていた茶髪の男性は若く、年齢は十代後半であろう。

父親の商売を手伝っている息子だろうか、顔立ちや髪の色など父親に似た部分が所々見てとれる。

あと二人の女性は、白髪で腰の曲がった、どこか品のある老婆と、どこか不思議な感じのする十代半ばと思われる金髪、青眼の少女であった。

(何だか変な感じがするが…。気のせいか)

そんな事を考えていると、老婆が私へと近づいてきた。

「改めてありがとうございました。本来なら何か御礼をしたい所なのですが…」

どうやら今は商品を王都へ運ぶ途中らしく、注文された品しか今は馬車にないらしい。


「私は気にしてませんから大丈夫ですよ。たまたま通り掛かっただけで、御礼の為に助けた訳でもありませんし」

私はそう言うと、そうはいきませんと、老婆が食い下がってきた。

恩を返さない訳にはいかない、だから私達の家まで来て欲しい。

その一点張りで動こうとしない老婆に私が困っていると少女が提案した。

「もしよろしければ、王都まで私達の護衛をして頂けませんか。報酬は後払いになりますが、先程のような事がまた起きないとも限りませんし…。もちろん、護衛中の食事等は提供させてもらいます」

行き先は王都で、仕事の依頼。

情報とお金、さらに食事を同時に得るチャンス。

それは老婆の意見を叶えながらも、私に対しても損のない提案であった。

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