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幻の風  作者: 水降 恵来
1章
4/18

そして私は巻き込まれ

日も落ちかけてきた頃、私はその町に到着した。

この町は二つの山脈間の道を塞ぐ形で立地していた。

この先の道に行く為には、この町を通るのが正攻法と言えるであろう。

立地の関係上も相まって、交易が盛んなのか見張り番はいるものの門は開かれていた。

(人の往来がそれなりにある場所なら、この服装でも何とか乗り切れるかな…)

何か言われても何とか乗り切る。と曖昧な決意を固め、私は町へと入っていった。

辺りに点された松明の明かりが、今までの日常にはない風景を醸しだし、異世界にきた事を実感させる。

(個人的に感動したい場面ではあるが。まずは雨風を凌げる場所を探すのが一番か…。まぁ情報は明日でも構わないだろうし)

とりあえず宿屋に向かうか…お金ないけど…。


町をぶらぶらと探索していると宿屋と思われる大きな建物を発見した。

「3階建てを造る技術は存在するのか…」

木製で3階建て、耐震強度は大丈夫だろうか…。

そう無粋な事を考えてしまった私は、きっとこの地域は災害が少ないんだ、と即座に脳内変換した。

(とりあえず中に入るか…。宿を借りられなくても、せめて地図を見せてもらえればそれだけで大きな収穫だしな…)

立ち止まって見てても何も始まらない。

そう判断した私は宿屋の扉を開いた。

「…何故」

そこで、私は有り得ないものを見た。


そこに居た人物と目があった。

その人はゆっくりと立ち上がると、

「帝国の密偵を捕縛しなさい」

と回りに居た兵士達へと命令を下す。

そう、赤髪の勘違い少女がそこに居たのだ。

私は即刻踵を返すと、宿屋から飛び出す。

(何故ここに奴らがいるんだ、もしかして近道があったのか…。それにしても、私の速さを追い抜くのはおかしい…。うむ、何にせよ、カラクリが分からない以上は下手に逃げてもまた追いつかれるし、この一件が余計にややこしくなるだけか)

そう判断した私は、その場で魔力を脚に集中させて高く跳躍し、宿屋の屋上へと着地した。


すぐに兵士達が宿屋から飛び出してきた。

「何処に行った」

「こっちにはいないぞ」

という兵士達の声が聞こえてくる。

私は風を操り、自分の声を風に乗せ、離れた場所にいる人へと伝わりやすくする魔術を構成すると兵士達に向けて「私は此処にいますよ」と声をかける。

兵士達は声に驚いたのか、一斉にこちらを向く。

その様子は何だか私に優越感を与えてくれたが、この兵士達が頼りないだけだ、とすぐに邪念を払った。

それよりも本題だ。


「前にも言いましたが、私は帝国の密偵ではありません。世界をただ放浪しているだけです。私を追うのは止めていただけませんか」

そんな私の言葉を兵士達は聞く耳を持たないのか、「降りてこい」や「根性なし」といった私を挑発する言葉を次々と並べていく。

(こいつらは本当に兵士なのか…)

私のイメージで兵士とは訓練をつみ、統率された動きをするものであったが、今見ている兵士は品性や知性があまり感じられず、どちらかと言えば傭兵の寄せ集めといったイメージに近い。

これなら「仮に降りても、こいつらじゃ私の相手にすらならない」。

思考を言葉にした所、下にいる兵士達は頭にきたのか、さらに口を悪くして私を罵り始めた。


(まともなのはいないのか…)

と考えていると、探知に一人の人間が引っ掛かった。

兵士の一人が私がいる屋上へと上ってきたらしい。

私の背後にいる兵士は剣を抜くと、私に向かって「死ね」と声を発して切り掛かってきた。

分かっている攻撃を回避する事は簡単である。

私は風を纏ってその場で回転して風で攻撃を受け流す。

そして、兵士の右手首を掴み勢いを付けて体勢を崩させると、風で兵士を後押しする事によって、屋上から放り投げた。


(まぁ一応兵士だし3階程度なら死なないだろう。地面は土だったし)

投げられた兵士は叫びを上げながら落ちていき、背からドンという音を立てて倒れた。

気絶しているのか、兵士はピクリとも動かない。

下にいた兵士達が急に静かになったのを確認すると、私はその倒れた兵士の隣へと屋上から飛び降りた。

周りの兵士達は私を見ると一歩後ろへ後退する。

(ヘタレか…)

内心そんな事を考えながらも、私は倒れた兵士の側に落ちていた剣を拾った。


「何をする気だ…」

周りにいた兵士の一人が私に向けて言葉を発する。

今までと比べ、あまり覇気が含まれていないその声に、私は内心溜息をつく。

「大丈夫大丈夫、殺しはしない」

兵士の胸が上下して、生きている事を確認すると、風を操り兵士を浮かせて鞘がついているホルダーを回収する。

そして、兵士を再び横たわらせると、私はホルダーを腰に装着した。

「ただ、私も武器が欲しくてね。またあの酸を吐く巨大カエルみたいなのにあったら困りそうだし…。奪うのは微妙だけど、いきなり切り掛かってくる方が悪い」

そう言って開き直ると剣を見る。

刃渡り70cm程の剣は両刃で西洋剣よりも細いが、レイピアよりも太い。

切れ味では西洋剣に劣りそうだが、軽い分刺突に向き、剣を振る速さでは勝りそうだ。

柄は何かの革が巻かれていて滑りにくくなっており、鍔は十分な大きさがある。


私が喋り終わると、兵士達が何やらざわつき始めた。

「…巨大カエルって、デッドフロッグの事じゃないか」

「…いやいや、一人であいつと出くわした奴が生きてる訳ねえよ」

「…でも、酸を吐くカエルっていや」

兵士達は私を置き去りに、仲間内で話し始めている。

何なんだ一体。

そんな事を考えていると、宿屋の扉が、バンと開いた。

「ソレイア様、危険ですからお下がり下さい」

「いいえ、マーク、私なら大丈夫」

主人を止めようとしているのは、他の兵士と違いマントを羽織った親衛隊隊長マーク。

そして、マークの意見を聞かずに、危険な敵がいるかもしれない場に現れたのは赤髪の少女ソレイアであった。


(おてんば娘が主人とは…、護衛も大変そうだ)

私は若干同情混じりの視線をマークへ注ぐ。

その視線に気づいてか否か、主人を護る為、マークは私とソレイアの間に立ち塞がる。

「あなたの目的はなんですか」

そして、マークは唐突に私に向かって話しかけてくる。

(まさか話し合いから入ってくるとは)

この集団に武力以外の判断出来る人がいるとは思わなかった私は一瞬虚をつかれたが、これぞ好機と正直に言葉を紡ぐ。

「私にも分かりません。何せ、いきなり見知らぬ場所にいたんですから。それからの事は、兵士の方々やソレイアさんがご存知の通りですよ」

正直、それ以外にまともな言葉が思いつかなかった。

私がどのような目的でこちらの世界に来る事になったのか、それが分からない以上、今の私には何も言えない。


「では、見知らぬ場所に来る前はどちらに」

マークは更に質問を続けた。

「私が元々いた世界…。地球という星の名前を言うべきか、日本という国名を言うべきか分かりませんが、そこで眠りについたと思ったら、灰色の世界にいて…。そこにあった異界への道を通ったらこの世界に…って感じでしょうか」

上手く表現できたとは思わない。

しかし、必要な情報はそれではないと私は考えている。

本当に必要なのは、合理的で矛盾のない説明が出来るかどうか。

恐らくマークという兵士はそれを確認しながら、事実か否かを判断しているものと思われる。

この場所下手に作り話をすると、話のスキを突かれて即座に細かな回答が出来ず、嘘と判断されかねない。


私達はその後、このような問答を数回繰り返した。

私は使える魔法に金属属性があることだけは手の内を晒す事になる為伏せたが、他の問いについては、出来るだけ素直に答えた。

(風の魔法を主体としているようなものである以上、それ程大きな問題にはなるまい。それに、曖昧に答えた以上、マークという人なら気づいているだろう)


その後、マークはソレイアの方へと向き直って言う。

「ソレイア様、この方はどうやら嘘は言っていません。兵をお退き下さい」

その言葉に不満なのか、「でも…」と言葉を発するソレイアをなだめるように、マークは言葉を繋ぐ。

「お気持ちは分かりますが、今はそれ以上にデッドフロッグの討伐が急務かと思われます。この方の言う事が正しければ、これはギルドランクA以上の任務。ソレイア様のお力を世間に知らしめるチャンスでございます。このようなチャンスをわざわざ見逃す手はございません」

マークはまるで腰の低い悪人よろしく、ずらずらと言葉を並べていく。

そして、

「それに…」

彼は私の方を向くとニコリと笑った。



~その後~

「面倒だ…」

私達は今、満月の月明かりが照らす中、松明を持ち、夜の川を上流に向かって進んでいる。

私はデッドフロッグの討伐に付き合わされる事となった。

なぜなら、あの後マークがソレイアを上手くのせ、今回の討伐に協力しないと追い続けるという、一方的な要求を突き付けてきたのだ。

(親衛隊の隊長ともなると、主人の扱いに慣れるものなのだろうか…)

私は何度目か分からない溜息をついた。

「溜息なんてつかないで、こっちまで暗くなるわ」

そんな私を叱責する少女、ソレイア。

つんけんした態度のソレイアの存在も憂鬱の種である。

(私の方が年上なはずなんだがな…)

私は再度出そうになった溜息を飲み込んだ。


ソレイアが五大貴族の一人という話やギルドランクAの価値をマークから聞かされていなければ、その言葉や性格が何故こんな感じに曲がっているのか理解できなかっただろう。

五大貴族とは、火、水、雷、光、闇の力を代々受け継いだ家系であり、国内では王族の次に権力を持つ貴族であるようだ。

ソレイアはその内、火の貴族の人らしい。

ギルドランクは上からS、A、B、C、D、E、Fに分類される。

その中でソレイアはランクA、かなりの強者に分類されるようだ。

元々生れつきあった権力に加えて、ギルドでのランク。

多少人を見下すような性格になっても仕方ない。

(個人的にそんな輩は正直面倒なだけなのだが…)

そんな事を考えながら歩いていると、私の探索にそれらが引っ掛かった。


私は腰に差した剣を抜いて、全身に風を纏う。

因みに、剣は返還要求をうけている。

とりあえず討伐の間だけ、私が気絶させた事により同行出来なくなった兵士の物を借りる形となった。

そんな私を見て、マークを含めた親衛隊はソレイアを護るように立ち、私に続く形で静かに前進していく。

そして、討伐対象が視界に入った瞬間、私は駆けた。

(鋭い風の刃を剣に纏うイメージを…)

高速移動中、剣に風を纏わせてカエルを横凪ぎ一線。

抵抗なくカエルに飲み込まれた刃は、瞬く間にカエルを上下に切断する。

カエルの切り口から溢れる血は私に触れる事なく、風に受け流され、全て地に落ちていった。


(よし、いける)

ここに来るまでに戦闘場面をイメージしてきて正解だった。

イメージを媒介として具現化する私の魔法は、事前のイメージがあれば即座に発動し、具体物を持てばより強力になる。

今は持っている物は剣、つまり切断や刺突の魔法が以前に比べ格段に威力が上昇している状況にある。

このまま押し切ろう次のターゲットに近づいた瞬間、こちらに向かってカエルより大きな火球が飛来してきた。

(危なっ)

足を止めずにそのまま駆け抜け、火球を回避すると先程まで私が居た場所が爆発する。


熱風を風で受け流すと、先程いた場所で、立ち上る炎が周囲に火の粉を撒き散らしていた。

(カエル一匹にこの威力の魔法とは…如何に)

デスフロッグとは身軽な動きで、強靭な舌を操り鎧が凹む程の攻撃を放つ。更に毒を吐き、他の弱らせた所を捕食する生物らしい。

単体では鍛練を積んだ人間ならば倒せるが、繁殖力が高い為に群れになる確率が高く、ギルドランクがAランク相当の任務になるようだ。

私が疑問を持ちながら、少女を見ると、少女はイライラしたように私に言い放つ。

「ボサッとしてないでさっさと討伐しなさい」

そう言いながら少女は更に先程と同様の魔法を辺りへ連発する。


私は些か違和感を感じつつも、次のターゲットを見定める為に周囲を見渡す。

その時、私は思い出した。

(やば、忘れてた)

この森の木は針葉樹。しかも、日本にもよくあった杉に酷似している。

(杉の枯れ葉は燃料になる…もしそれに引火したら…)

「ソレイアさん、魔法の威力を落として」

森全体が焼失する。

そんなビジョンが見えた私はソレイアへと指示を出す。

「何言ってるの、討伐が先でしょう黙って戦いなさい」

しかし、ソレイアの魔法の威力は落ちるどころかむしろ上昇していた。


「このままだと森が燃えてしまう」

そんな私の言葉を聞くつもりはないのか、ソレイアは忠告を無視して、また魔法を放つ。

何かイライラしてきた。

「やむなし」

私は剣の前に突き出し、剣の平を上にし構える。

イメージするのは剣の平で物を運ぶイメージ、対象物は川の水。

私は剣を上空に掲げると、同時に川の水が上空へ舞い上がり、周囲はバケツをひっくり返したかのような降水に見舞われた。

水が落ちてきた瞬間、私は剣に風を纏わせ直して全力で駆けた。

落ちてくる水がゆっくりに感じる。

川に居たカエルも上空に巻き上げられており、それらは風の刃で残さず切り刻む。


降り注ぐ水の合間を通る風による探査。

その探査に引っ掛かった人間以外の対象目掛け、私は駆けた。

私の横を高速で流れる背景。

体はまるで風になったかのように軽い。

私が横に構えた風を纏う剣は、対象を通り過ぎた瞬間、その命を奪う。

全てを洗い流すかのように降り注ぐ水。

最後の一滴が落ちた瞬間、私は剣を鞘に納める。

「討伐完了」

辺りに立っていたカエル達は上下に分断され、その血は川へと流れ、下流へと向かっていった。


「あなた、何邪魔してるのよ」

水浸しになった少女が、大声で話しかけてくる。

明らかに敵意を向け、何時攻撃してきてもおかしくない。

しかし、私にはもう少女への呆れしかなかった。

(この人は相手にするだけ無駄かな…)

周囲の状況に気を配るどころか、人の忠告も聞かない少女に対して、私は口にする。

「あなたは…、魔法使いとして最低ですね」

少女は明らかに怒り、私へと魔法を放とうとしていた。

(さて約束は守ったし、後は逃げるか)

私は高速で川の上流へと駆けた。

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