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幻の風  作者: 水降 恵来
1章
3/18

そして始まる異世界ライフ

私が異界への道へ足を踏み入れた途端、世界は一変した。

春の陽気に、穏やかな風が吹き、若い草花が生い茂る小さな丘。

そこに私は立っていた。

「………ここが異界か」

辺りを見渡すと、丘の北側には小川が流れ、明らかに人工物である小さな橋がかかっており、丘の西側には、南北に延びた人の往来を示す轍による道が確認できた。

「ふむ、人がいるのは助かった…かな」

私は風の探査を発動させ、半径1kmの様子を常時確認できるようにする。

「何か来てる…人かな」

するとその探査に二つの反応が引っ掛かり、人が走る以上の速さで道の先、南側からこちらに近づいてきているのが確認された。


しばらくその場に立ち、二つの反応が目視できるまで待機した。

すると、馬に乗って軽めの防具に身を包んだ明らかに兵士と思われる二人組がこちらに向かって駆けてきている。

「中世…のような服装…。あぁ…この服装、アウトかも知れないな…」

今の格好は中世の雰囲気とは掛け離れたものである。

この時代の人から見たら怪しく思われても仕方ない。

そう焦っている内に兵士達が丘のふもとに着く。

「そこのお前。そんな所で何をしている」

流石に無視してはもらえませんか…。


「何もしていませんよ。ただ風を感じているだけです」

私はとりあえず、事実を言う事にした。

下手に言い繕ってもボロが出たら終わり、それなら真実を織り交ぜつつ、話の流れに合わせるのが最善手と判断したためだ。

そう言うと、兵士二人は頷き合い馬に乗ったまま、さらに私へ近づいてくる。

「見たことない服装だな。何処から来た」

とりあえず、曖昧に濁すべきかな…。

「この国ではない場所からです」

その答えに兵士達は腰に帯刀している剣の柄に手をかける。


(あれ…変な事を言ったかな…)

そんなことを考えていると兵士たちは言葉を発する。

「それは帝国からと言うことか」

帝国、どうやらこの世界に国は二つ以上あるらしい。

「帝国ではありませんよ」

私はまた曖昧に答える。

「ならば何処の国からきた」

苛立ちを隠せないのか、剣を握る腕に力が入っているのがありありと見てとれた。

私はできるだけ平静を装いつつ、いつでも魔法を放てるように意識を二人に集中しておくことにした。

「私は何処の国にも属していません。それ故に何処からも来ていません」

兵士は相当短気なのか、曖昧に話す私に対し即座に抜刀し私に対して言い放った。

「疑わしい者を野放しにする訳にはいかないのでな、一緒に来てもらう。お前の処遇は我らが主に委ねる事にする」

うむ…参った。と言う訳でもないのだが、とりあえず私は兵士達に着いて丘から南にある村へと向かった。

風の魔法を使えば簡単に逃げられる以上、今は多少危険を伴っても情報を得る事が大切だと考えた為だ。


歩く事、数十分。

私達は村の前までやって来た。

村は高い塀に囲まれ、門は閉ざされていた。

すると、兵士の内の一人が門へと向かい、中にいるのであろう門番へと開門するよう呼びかける。

「ようやく着いたか…」

私の独り言に対して「無駄口を叩くな」と言う兵士。

(人様を悪者扱いですか…)

おおかた疑わしきは罰する、の考え方なんだろう。

服装からして時代が時代なのだから仕方ない。


開かれた門の中は意外と整然としていた。

門から真っすぐ延びる道の両脇には二階建ての民家が並び、一階は商店として活用しているようだ。

道の突き当たりには、他の民家より一段と大きな家が建っている。

恐らく、村長の家か宿屋だろう。

私の首は物珍しいこの風景を見逃すまいと、左右に振られ忙しい。

すると兵士は足を止めた。

そこは道の突き当たりにある家の前であった。

どうやら宿屋らしい、入口に宿という文字が見える。

今更ながら不思議と言語面は問題なさそうだな。

「ここで待っていろ」

そんな事を考えていると、一人の兵士が、もう一人に声をかけるとそのまま中へと入っていった。

さて、鬼が出るか蛇が出るか。


兵士が扉を開け中へと入ると、他にも兵士が居たのか別の兵士が二人、槍を携え私の周りを左右を囲んだ。

因みにもう一人は私の背後を立っている。

風の探査で、剣に手をかけているのが分かる。

そして、しばらく待っていると宿屋の扉が大きな音をたて開かれた。

「帝国の密偵はそいつなの」

その人物は横に付き添う兵士にそう問いかけた。

「ハッ」と敬礼するのは報告に行った兵士。

明らかに事実と異なる内容を口にするその赤髪の“少女”に対して、私は溜め息をつきながらげんなりした表情を浮かべた。

「事実無根で、押し付けもいいとこだな…」

私はやれやれと、再度溜め息をついてそう答える。


そんな私にはお構いなしに、彼女は更に言葉を紡ぐ。

「あなたは帝国と国境が近いここに現れた。そして、この国にはない服装をしている。それはつまり…」

少女は私を指差し。

「あなたは帝国から来た。そうでしょう」

ふふん、と自信たっぷりに言い放った。


私は少し頭が痛くなってきた。

この少女には不思議と理屈が通じない気がする。

「私は帝国から来たのではない」

「ならその証拠は」

揺らぐ事ない自信に後押しされそう言う少女。

少女の中で自分が間違っているという考えはないようだ。


…仕方ない。


「私は異なる世界から来た。この服装がその証拠だ。この黒い上着はポリエステルという素材で出来ている。これはまだこの世界にはないだろう」

私はとりあえず事実を伝えてみた。

辺りがしばし、静寂に包まれる。

「ぷっ…」その音がきっかけに音が帰ってくる。

「あははは、異なる世界って何。子どもじゃないんだし、そんな言い訳するなんて傑作だわ」

少女は明らかに馬鹿にした表情で私を見る。


(やっぱりこうなったか…)

異なる世界という言葉を使う以上、内心、予感はしていた。

そして、こうなった後の行動も決めていた。

「信じないのなら仕方ない…」

(不意打ちでも文句はなしだ)

私は風の魔力を解放した。

その瞬間、私の周りにいた兵士達に突風を放ち距離を開けると、脚に魔力を溜め即座に加速。

(三十六計逃げるに如かず)

自動車以上の速度で村を駆け、閉められていた門を風を操って飛び越し、私は振り返る事なく村から逃げ出した。


「さて、そろそろ大丈夫か」

私の魔力つきの全力疾走。

無論、そんな速度に馬が追いつける訳もない。

すぐに探査範囲に追っ手の姿は確認できないようになった。

いやはや、魔法って便利だな。

そんな事を考えつつも、次の行動をとっていく。

「とりあえず、違う街を探そうかな。今のままじゃ情報が少な過ぎる」

私はそのまま走って先程の丘に戻り、川に沿って下流である西側へ向かう事にした。



~その頃~

「申し訳ありません。あの者を見失いました」

追跡をしていた部隊の報告に少女は不満の色を隠せない。

「どうして、人一人捜せないのよ。それでも私の親衛隊なの。もう下がって」

礼をして部屋を出て行く親衛隊。

静かにドアが閉め去っていく親衛隊を後にして、彼女は憤っていた。

理由は見つけられなかったからだけではない。

相手が魔法を使えないと勝手に思い込んだ、彼女自身の油断と慢心。

この世界に魔法が使える人間は沢山いる。

しかし、彼女より格下ばかり、だから今度もまたもそうだろうと、たかをくくっていた。


だけど、結果は今の通り。

魔法の発動にも対応できず、さらに逃がしてしまった。

「火の貴族として、情けない…」

その時部屋をノックする音が聞こえた。

「入りなさい」

彼女は顔を上げ、入口を見る。

「失礼します」

扉を開けたのは、私の親衛隊の長、マーク・オルセンであった。

「ソレイア様、私がついて居ながらこの度の不祥事、申し訳ありません」

彼は短く整った金髪の頭を深く下げた。

「いいのよ。あなたに帝国の監視を言付けたのは私なのだから」

マークは事件当時、帝国を監視する為、国境付近に任務に出ていた。

実力を考慮した上で、彼女が一番信頼する彼なら任務を全うすると確信していた。

それ故の采配が、この度は裏目に出てしまった。


「しかし、この度の不祥事の責任は全て私にあります」

本来なら親衛隊長は主人の側に残りつづけるべきなのだ。

それにも関わらず、離れていた事を彼は気にする。

例え、それが主人の頼みであったとしても。

その性格が、主人の信頼を得ている一つの要因となっていた。

こうなった彼の気持ちは決してぶれない。

「そう、なら次の機会に挽回してもらうわ。期待しているわよ」

そんな彼をよく知る主人の言葉に顔を上げると、彼は敬礼をし「必ずや期待に応えてみせます」と述べる。

そんな彼の姿を見て、私の中に熱い炎が燃え上がるのをしっかりと感じた。


次こそは、捕らえる。


~その後木下恵悟は~


私は川に沿って西へと魔力を使いながら駆けていた。

風を切るように走る事が出来るとは、普段運動をしない私としては何とも爽快な気分である。

魔力による加速である故に、後の筋肉痛の心配もしなくていい。

個人的にそれが魔法の良さを一層際立たせている。

この川に沿って駆けていると、川は広葉樹の森へと続いており、今私は少し速度を緩めながら、暖かい木漏れ日の注ぐ森を進んでいる。

(この世界は自然に富んでいるな。水も綺麗だし、森の土も腐葉土化しているのか、いい土の匂いがする。先程の村の様子と考えると、あまり科学は発達していないのだろうか…。はたまた、ただ田舎なだけか)

そのような思考を取り留めもなく巡らせながら駆けていると、探査の魔法が地形の変化を捉えた。


「滝とはわびさびがあってなかなか面白いな」

そこには大昔に大きな地殻変動があったのか、今まで走ってきた広葉樹の森と、眼下に広がる針葉樹の森を分け隔てるかのように、切り立った高さ数百m程の崖が延びていた。

私が辿ってきた川は崖の上部で二本の川と交わり、一つの大きな河川となって眼下の針葉樹の森へと流れ落ちている。

そして、その時私は針葉樹の森を抜けた場所に、ある場所を見つけた。

(あれは海…かな。川に沿って行けば海に着けると思ったけど、正解かな。海に着けば、次は海沿いを進んで港町を探そうかね…。そうすれば何かしら情報を得られるだろうし)


(しかし…高い)

崖を見下ろすと、若干目眩がした。

針葉樹がまるで針のように立っている場所、今の私がそこへ向かう手段はただ一つ。

「よし、ここは冷静にアイキャンフライって言うべきか考えよう」

風の魔法を使って空を飛べるか、灰色の世界…これからは狭間と呼ぼう。

狭間でも実験はしたが、正直浮くのが精一杯であった。

どうも飛ぶのには、何かしらの条件があるのか、全く体が安定しない。

表現するなら、綱渡りをしていると、常に誰かが綱を揺らしているかのような状態だった。

さらに、一度体制を崩すと魔法が解除され地面に落下してしまう。

そんな魔法でこの場を凌げるか、と言ったら不可能だろう。


金属の魔法で階段を作る、というのも考えてみたが、金属の魔法は一度に一定量しか金属を生み出す事が出来ず、また金属系の魔法を複数同時に発動する事は出来ないという制約があるらしい。

階段や滑り台を作るには質量が足りず、連続して足場を作るのは制約に引っ掛かる。

風と組み合わせて、降りていくことも考えたが、万が一バランスを崩したら笑えない。

崖を風で支えながら降りていくなど、他の方法も考えたが時間がいくらあっても足りないし、精神的に辛い。

何を言いたいのかというと

「アイキャンフライ…」

ボソッとそう言いつつ、崖から飛び降りる。

これが今の私の最善手だと信じたい。


無論何も手を打たずに落ちる訳ではない。

私は即座に左手を上に上げ、最初に思いついた頑丈で軽い金属、チタンを用いて左手を固定する形でまるで巨大な傘を持つようにパラシュートを形成した。

そのパラシュートに対して下から風をぶつける事によって減速を試みる。

正直、どうなるか分からなかったものの、無事に減速したようだ。

そして地面が近くなって来た所で、私は潰されないようにパラシュートを消し、両手を地に着きながらも何とか無事に着地する。


「生きてるって素晴らしい」

安堵混じりに息を一つ吐き、今まで降りてきた崖を見上げるとそこには、滝壺に落ちていく水飛沫によって美しい虹がかかっていた。

(この世界にも虹はかかるのか…)

と、目の前の幻想的な風景に心を奪われていると、探査に何か動くものが複数引っ掛かった。

(生き物がいるのは当然だが…これは)

恐らく大きさは2m程のその反応は下流の川沿いに急に現れた。

その反応は徐々に増え、今私がいる滝壺の方向へと続いてきている。

しかし気になるのは私の探査に引っ掛からなかった事である。

それが意味する事は…。

(マズイ)

私はその理由に気づくと風を纏ってと地を蹴り、川辺から距離をとる。

その瞬間、川の中からソレは現れた。


川の中から勢いよく飛び出してきたのは、体長2m以上あろうかと思われる、巨大なカエル。

土色の肌には黒い斑模様があり、腹は毒を連想させる紫色。

ギョロっとした大きな目は私の方向を見ている。

それが下流までズラリと勢揃い。

探査によると数にして50はいるようだ。

内心、冷や汗が止まらない。

「ああ…待ち伏せタイプのエンカウント的な、なにかしか」

私は万が一に備えて全身に突風を纏い、私に触れるものを受け流す魔術を構成すると、即座に今まで以上に魔力を高め地を蹴る。


その瞬間、先程まで私が居た場所へカエルが液体を吐き出していた。

それが地に触れた瞬間、石が溶ける音が聞こえる。

どうやら酸を吐いたようだ。

(普段は水中に身を潜め、獲物を弱らせて捕食するタイプの生き物なのかな)

その光景を見た後、私は下流に向けて全力で駆けていた。

その速さは人や先程のカエルの視覚では、もはやハッキリと認識することすら叶わぬ程になっており、私自身も探査の魔法と組み合わせ、どうにか現状を確認している。

(何だか今日は逃げてばかりだな…)

よくある物語では戦う所だったのだろうが、生憎私は先程こちらの世界に来たばかりのごく一般的な人間、戦闘には不慣れだ。

今はまだこの世界の通貨もなし、宿もなし、頼れる人さえいないという何とも救われない状況にいる以上迂闊に動く訳にはいかない。


カエルのいた一帯からしばらく離れると、私は周囲を視覚で判断できる今までの速度へと戻していた。

(しかし、風の吹かない水中にいるとは…。どうりで探査に引っ掛からないはずだ)

私は自身の魔法の欠点に改めて気づかされていた。

(何事も上手く行くわけが…ん、海が近いか)

もうすぐ針葉樹の森から抜けるのか、前方から潮の香りが漂い始める。

日も大分傾いてきており、間もなく夕暮れ。

(今晩は野宿かな…)

そんな事を考えていると、森を抜け、抜けた先には左手に広がる海原とΩ状に繋がった入江へと出た。

私が沿ってきた川はこの入江へと流れていっていたようだ。

ようやく抜けたか…」

私は滝壺の一件以来、初めて足を止め海を眺める。


「海はどこも変わらないな…」

言っておくが別に黄昏れている訳ではない。

私は吹き続ける海風から魔力を吸収し、探査の範囲を広げる。

そして見つけた。

「大体10kmといった所かな。うむ…タダで泊めて貰える場所なんてあるんだろうか…」

ここから更に西、ここから見える二つの山脈間の麓に複数の建造物と人らしき生き物の反応がある。

どうやら先程の村より大きいようだ。

(とりあえず行ってみるか…)

私は再び、魔力を脚に溜め、駆け出した。

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