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幻の風  作者: 水降 恵来
1章
2/18

そして私は異世界へ

 その日、私は夢とも現実ともつかぬ世界に迷い込んでしまった。 恐らくこれは夢なのだろう。私は約十年前に通っていた小学校のグラウンドに立っている。しかし、記憶と明らかに違う点があった。それは色である。辺りは灰色一色。空も、地面も、校舎も、眼に映るもの全てだ。まるで時間が止まってしまったような光景であった。


「これは深層心理的にはどうなんだろうな」

 服装は普段好んで着ているジーパンにTシャツ、黒の上着であるが、眼鏡はない。しかし、辺りは良く見える。これは夢だと考えた私は苦笑いを浮かべながら、自身の思考を紐解く為に独り言を呟く。私には小学校、中学校時代を不登校として過ごした経験がある。まさに灰色の時代。それを体言するかのような世界が今、辺りに広がっていた。今更、こんな夢を見ようとは、私の大学生活はそれほど苦悩に満ちているとでもいうのだろうか。

「ん、何だろう」

 私は校庭に違和感と何かの強烈な気配を感じ、校庭の中央へと歩を進める。

「これは何だろう。石版、みたいだけれども」

気配の源、それは校庭の中心にあった。黒曜石とも玄武岩とも、巨大な雲母の塊とも言えない光沢のある長方形の黒い岩に白で文字が書かれた石版のようなもの。そこには数行に分けられた文が書かれてあった。

「えっと、汝赴くは異界への道。十の理、此処に集いて汝の友とならん。か」

 文字は日本語で書いてあったために読み取ることができたが、その言葉の意味を理解するには至らなかった。異界への道、ならばここはまだ異界ではない。しかし、異界に行くことを事前に通達してくる夢など、私には始めての体験であった。私は奇妙な夢もあったものだ、と考えながらも、思考を中断させ石版に再度意識を戻す。そして、最後の一文を読み上げる。

「理よ、友が来たぞ。って、うおっ」


 その瞬間、辺りに変化が訪れ、私は思わず声を上げた。なぜなら、様々な色の光の球が私と石版の周りに急に現れ、漂い始めたのだ。人の拳ぐらいの大きさがあるその十個の光は赤、青、黄、緑、茶、銀、黒、白、黄緑、水色をしていた。

いきなりの出来事に多少驚いてしまったものの、すぐさま思考を巡らす。

「これが理なのか」

 疑問に首を傾げながらも、石版に書いてあった数と一致するその光を私はただ眺めていた。するといきなり、光が手を伸ばせば簡単に届くほど私の近くに集まり、まるで意思があるかのように、私の周囲をぐるぐると回り始めた。私は突然のことについ、身構えてしまった。光は暫く私の周りをぐるぐると回っていたが、それらは突如ピタリと動きを止めた。

 身構えたまま沈黙する私に対し、目の前にある黄緑色の光と左手の位置にある銀色の光が何かを示すかのように上下に揺れ始めた。私は何をしたらよいのか分からずに、ただただ困惑していた。

「この光が私の友ということなのだろうか」


 暫くして石版の内容や光の動きから考えた結果、私はそんな結論に行きついた。無論この考えが誤っている可能性もあるが、今の私に与えられた情報では、そう考えるのが精一杯である。どうするのが正解なのか分からないまま、私は敵意のなさそうな目の前の黄緑色の光へ、ゆっくりと右手を伸ばした。 私の手が光に触れた途端、灰色一色の世界が表情を変えた。空に色が付いたのだ。灰色の空はどこまでも青く澄んでいる。そして、辺りには快い風が吹き始める。そして、それと同時に頭の中にビジョンが浮かんだ。大空を、大地を、海上を吹き抜ける風。それは、そよ風や突風、鎌鼬など風の多様性を持っていた。そして、何より衝撃が大きかったのは、体の中に流れる未知の力の奔流。私はこの時否応なく気づかされた、魔力と呼ばれる力の存在に。

「魔力、ということは魔法も存在するのだろうか。しかし、非科学的な話になってきたな」

 夢ながら、なかなか愉快なことになってきた、と考えていると、私の左手にもう一つの銀色の光が触れた。その瞬間、鉄棒やブランコ、学校を囲う柵などに色が付き、再び頭の中にビジョンが浮かんだ。それは、柔にも剛にもなりうる金属の力であった。地に埋まり存在する金属。そしてそれらが持つ多彩な性質、そしてその中には私が良く知る、鉱物も含まれているようだ。

 この二つの力が私の体内に消えると、他の光はスッと、どこかへと姿を消した。

「アラタナゲンジツ、イキテミセテ」

 老若男女の幾重にも重なった、そんな言葉を残しながら。


「新たな現実」

 私は理の光が残した言葉を、復唱しながら、ただ茫然とその場に立ち尽くした。

「これは夢ではない、ということか。しかし、本当なのか」

 私はそれを判断することができない。何といっても現実的ではない、というのが理由である。

「しかし、本当に魔法がつかえるのか」

 夢か現実か、よりも今私が気になるのは突如得た力、魔力についてである。もし、使えるのであれば試さない理由はないはずだ。

「魔力を足に溜め、空気抵抗を減らす為に一定の風の流れを全身に薄く纏う。そして足の裏から風の魔法を一気に放出する、と」

私はその効力を試すために、校庭を駆けた。


そして、その結果に再度立ち尽くした。

「非現実的だな。流石魔法というべきか」

 その移動速度たるや、周囲の風景が歪んで見えるほどの速さであり、車の比ではない。停止するにも風の力でフォローしなければ、止まることすら困難であった。他に確認した事項としては風による周辺の探査魔法、風の放出、金属の形状変化、金属の操作などを行った。その試行錯誤の中で気づいたことが幾つかある。 


まず一つ目、魔法に詠唱が必要ないことである。魔法と言ったら詠唱というイメージがあるものの、私の場合詠唱ではなく脳内で起こしたい現象をイメージすることによって魔法を使うことができるようだ。ただし、魔法名に近い言葉を使う方が魔法のイメージが明確になり、精度の高い魔法が使えるようであった。


次に二つ目、風と金属の魔法を使う上では魔力が減らないようだ。正確には、使ったと同時に補給されるが正しい。これは、理としてその力に関して、世界または何かしらから魔力の供給が行われているのではないかと考察する。単に身に魔力を纏うだけだった場合、魔力が消費していることから見てもあながち間違いではないだろう。とは言っても自然に吹く風から魔力を吸収できるみたいなので、魔力の回復速度もなかなか早い。


最後に三つ目、この世界が閉鎖されていることである。探査魔法を練習していて分かったが、この学校より外は“存在しない”らしい。風景としては描かれているものの、どうやらそれ以降は進めないようだ。しかし、グラウンドの一部だけ風の通り道が存在した。金属探知の魔法でもその方向に反応があったため、そこが異界への道なのではないだろうか。


「さて、これからどうするべきか」

と、言いつつも私の中では答えは出ている。私はグラウンドの何もない場所を見ると、探査を信じ、そこに向けて歩を進める。

「さて、とりあえず行ってみますか」

なぜ私が異世界へと行かなければならないのか分からないが、行ってみたら何かしら分かるだろう。どうせ、現実世界では退屈していたし、折角のチャンスだ。厄介ごとに巻き込まれそうな気はするが、きっと何とかなるだろう。

「風と金属の魔法使い、水木恵悟。推して参る。なんてな」

そして、異界の道に足を踏み入れた時、私の異世界における新たな生活が始まった。

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