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現野 イビツの短編集

Best answer

作者: 現野 イビツ

自身が所属する部活で配布した冊子に掲載する予定の作品です。

感想を待っています。

「生きるって言うのは、一体どういうことなんでしょうか、神理(しんり)?」


 高校の屋上のフェンスに背を預けながら、虚鏡(うろかがみ) 那由他(なゆた)は小さな声でそう問い掛ける。

 その声を聞いた夢幻劇(むげんげき) 神理は、屋上の隅にあるベンチで弁当の包みを開きながら、面倒臭そうに答えた。

「それはまた、突拍子もない質問だね、那由他」

「だって、暇だったんですから」

 釣れない態度で返事をする神理を見た那由他は、しかし笑みを浮かべたままそう答える。その笑みは、普段大和撫子(やまとなでしこ)と称される少女が浮かべるにしては、少々妖艶過ぎるものだ。

 しかし神理は、万人を魅了するような那由他のそんな笑みを見ても顔色一つ変えず、卵焼きを箸で摘みながら言う。

「暇ならお昼ご飯を食べたらどうだい? 昼休みなんだから」

「あら? 貴方も案外デリカシーが無いんですね、神理」

「何が?」

「私はダイエット中なんです。男の子なら、それ位察して下さい」

「……私見を述べさせて貰うけど、僕は君が節食が必要なほど肥えているとは思えないよ」

「あら? 貴方も偶には嬉しいことを言ってくれるんですね? ……けど、私は将来の事を見据えているんです」

「あ、そう」

 那由他は一旦溜め(・・)を作ってから、自慢げにそう言ったが、その時にはもう神理は興味を失い、豚の生姜焼きを食べていた。

 それを見た那由他は、不満げに頬を膨らませながら言う。

「……素っ気無いですね、神理。いいんですか? 私は淋しいと兎みたいに死んでしまうんですよ?」

「それは初耳だね」

「分かったなら、私に構ってください」

「……何で自慢げなのか知らないけど、淋しいと兎が死ぬっていのは迷信だよ?」

「………………え?」

「いや、そんな軟弱な生物が、自然界で生きていけるワケないでしょう?」

「……か、か弱い私は、淋しいと死んでしまうのです!」

「過度なダイエットによる餓死じゃなくて?」

「じ、自殺をしてやるのです!」

「……いや、そんな宣言されましても」

「いいのですか? 私が自殺をしても」

「ここから飛び降りられたら困るな。僕が犯人扱いされちゃう」

「ここに来て自分の心配!? 私の自殺の心配はっ!?」

「僕は、将来を見据えてダイエットしている人間が、そう簡単に自殺するとは思えないよ」

「………………」

 箸でご飯を(すく)いながらそう言う神理を見た那由他は、しばらくの間涙目で神理を睨んでいたが、それに何の反応も見せずにパクパクとご飯を食べる神理の姿に、ガックリと肩を落とした。

「……神理は、口が悪いですね」

「分って貰えて何よりだね」

「……神理は、大人っぽくて純粋な子に見えません」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「……神理のバカ」

「素敵な口説き文句だね、那由他。危うく惚れちゃいそうだったよ」

「──────っっっ!?」

 皮肉や憎まれ口は軽く受け流され、最後の悪口にはカウンターで返された那由他は、顔を真っ赤にさせながらも悟る。

 神理には絶対に口で勝てない、と。

 那由他は意地を張るのをやめて神理に近付き、彼の隣に腰掛ける。

 そして、ご飯と生姜焼きを食べる神理に、再び問い掛けた。

「……生きるって言うのは、一体どうてうことなんでしょうか、神理?」

「またその問いに戻るの? 那由他?」

「この問いの答えを聞けないと、自殺してしまいそうです」

「……物凄い脅しだね」

「三割は本気です」

「七割は冗談だね」

「……煩いのです」

「はいはい」

 揚げ足を取られた那由他は可愛らしく頬を膨らませるが、神理は見向きもせずにタコさんウィンナーを咀嚼(そしゃく)する。それを見た那由他が無言で神理の後頭部を叩くと、彼は恨みがましい目で那由他を一瞥してから、ようやく口を開いた。

「……これ以上叩かれたら困るから話をしてあげるけど、そもそも那由他は、生きるってどういうことだと思っているの?」

「え? えーと……死んでいないこと?」

「ナンセンスだね」

 突然話を振られた那由他は、混乱しながらもそう答えるが、神理はそれをバッサリと斬り捨てる。

 そして神理は、何とも言えない表情をしている那由他に目を向けないまま、言葉を続けた。

「〝生きる〟と〝生〟は似て非なるモノだよ。死んでないということは、ただ〝生〟があるというだけ。決して〝生きる〟とはイコールじゃない」

「それは……」

「植物人間って言葉があるけど、アレはいい例だね。彼らには〝生〟があっても、自分が〝生きて〟いることを認識出来ない。まさに、植物と同じだね」

「………………」

「余談だけど、僕は植物を〝生物〟だとは思っても、〝生き物〟だとは思ってないよ。彼らには〝生死〟という機能(ファンクション)はあっても、〝生きる〟という概念はないんだから」

 神理はそこまで言うと、一旦ペットボトルに入ったお茶で口を潤してから、那由他に聞く。

「どう? 〝生きる〟と〝生〟が違うことは分かって貰えた?」

「……正直に言うと、まだ混乱しています」

「だろうね。僕も暴論を言った自覚がある」

 その言葉を聞いた那由他は、咎めるように神理を睨むが、彼は悪びれる様子もなく言った。

「そもそも人間は、高いモノがないと低いモノが、暑い日がないと寒い日が分からないように、比較する対象を持って初めて〝概念〟というモノを理解する、そして、人間は自らの〝生〟を認識できても、〝死〟を認識することは出来ない。だって、死んじゃってるんだから」

「……つまり、人は未来永劫〝生〟の本質を理解出来ないっていうことですか?」

「That`s right. その通りだよ」

 那由他の問いにそう答えると、神理は卵焼きの最後の一切れを口に含む。

 那由他はしばらく黙っていたが、神理が口の中の物を嚥下(えんげ)するのを見てから、再び声を掛けた。

「……神理は、私の問いに答えられないというコトですか?」

「That`s not right. それは違うよ」

「しかし今、人は〝生〟の本質を理解する事は出来ないと……」

「僕は、〝生きる〟と〝生〟は似て非なるモノ、って言ったよね?」

「……私はまだ、その言葉の意味を理解出来ていません」

「じゃあ簡単な例を出すけど、君は〝生〟の本質を理解したことは無くても、〝生きてる〟実感をしたことはあるでしょ?」

「それは……ありますけど……」

「つまりは、そういうコトだよ」

 どういうコトです? とは聞き返さなかった。那由他はただ黙って、神理の次の言葉を待っている。

 神理は箸を弁当箱の上に置いてから、言葉を続けた。

「人は、教師の独擅場(どくせんじょう)の授業や、終わらないデスクワークに生き甲斐を感じることはない。そんなルーティンワークは、人形やロボットでも代用が利くような、無機質な作業だからね」

「じゃあ、人はどんな時に〝生きてる〟実感をするのですか?」

「それは、人それぞれでしょう? 僕は、授業の後の昼ご飯や、本を読み終わった時にソレを感じるし」

「わ、私は、神理と話している時に、〝生きてる〟実感をします……」

「……恥ずかしいなら、言わなきゃいいのに」

「……煩いのです、神理」

「何で僕が怒られるのさ? ……まぁ、どうでもいいげと」

 顔を真っ赤にして俯く那由他を見た神理は、呆れたようにそう言う。

 しばらくの間、ベンチの周りに漂う沈黙。

 那由他の頬から徐々に赤みが引いていくのを見た神理は、ポツリと呟いた。

「……僕はさっき、〝生きてる〟実感をする時は人それぞれって言ったけど、実は一つ共通点があるって思うんだ」

「……それは何ですか?」

「簡単なコトだよ。その人が〝好感〟か〝快感〟を感じている時に、人は〝生きてる〟実感が出来ると……それが〝生きる〟というコトだと思ったんだ。だから──」

 神理はそこまで言うと、弁当箱に残っていた最後のタコさんウィンナーを箸で摘むと、器用にそれを那由他の口に放り込み、結論を言った。


「──だから、そのウィンナーが美味しいと思えたなら、それが〝生きる〟ってことじゃないのかな?」


「………………」

 口の中に物が入っているせいか、はたまた別の理由か、那由他は神理の言葉に何も返さない。

 しかし、神理はそれを特に気にすることなく、テキパキとお弁当箱を片付けると、

「それじゃあ、僕はもう帰るから」

 と言って、屋上から出で教室に向かって歩き始める。

 一瞬、屋上を支配する静寂。

 屋上に一人残された那由他は、ゆっくりと口の中のウィンナーを咀嚼してから、それを嚥下し──、

「『そのウィンナーが美味しいと思えたなら、それが〝生きる〟ってことじゃないのかな?』って、神理……」

 ──先程以上に顔を真っ赤にして、ポツリと呟いた。




「か、間接キスが恥ずかし過ぎて、味なんて分かるワケないじゃないですか……」




                              Fin


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