プロローグ
俺が知っている限り、水沢円は病弱で学校に出てきた記憶が無い。
病弱で病室にいた女の子。
短い生涯を病室で終えた薄幸の少女。
だが今、俺の目の前にいる水沢円は小柄だが胸もそれなりに大きいし、体つきも女らしかった。
全裸で上気した顔で俺を見つめてる。
問題はそれが鏡の中であり、他ならぬ俺自身がその水沢円本人だったということだ。
高校を卒業した俺は親父の仕事の都合でアメリカに行った。
そこで事故に巻き込まれ、俺は両親を失い、残された年の離れた妹を育てなければならなくなった。
妹は日本の祖父母に預け、アメリカの市民権を得るために海兵隊に行った。
その後、東アジアで起こった紛争に米軍として参加するのだが、その頃になると狙撃兵としての腕前も相当なものになっていた。
派遣されてる祖国日本の沖縄の普天間基地の更衣室で俺は同僚のジャックに声をかけられていた。
「里帰りするんだろ?ジュン」
「あ?ああ。妹の事も心配だし。」
「妹もハイスクールに入学したんだって?」
「あいつと付き合いたいならまず俺と勝負だ。ジャック。」
「とんでもねーよ。俺の命がいくつあっても足りねえや。」
こういった減らず口は全て英語である。
「でも兄としては嬉しいだろう?」
「ああ、ありがとう。ジャック。両親が死んでからそれこそ死にも狂いだったから。
じいちゃんばあちゃんも大変だったと思う。」
私服に着替えた俺はジャックに言った。
「休暇の間、お前はどうする?」
「俺はいつ招集がかかって良いようにその辺りで遊んどくさ。
なんてったって奴さん(中国)がやる気だろうし。」
「そう。頼んどくぜ。副隊長殿。」
「は、了解しました。隊長。」ジャックは敬礼したので俺も答礼する。
もちろん俺とジャックは私的な親友なのでジョークが含まれる。
公的に言えば俺は特殊部隊の隊長で、ジャックは副隊長であるが。
米海兵隊特殊部隊ピース、それが俺が所属し俺が指揮する部隊である。
情報収集、暗殺を主任務とし、命令があれば24時間以内に地球の反対にまで赴く。
必要とあらば戦車、戦闘機などの武器を使いこなさなければならない。
当然、オスプレイも得意中の得意ですぜ。はい。
名前は「ピース」と実に平和なのはご愛敬なのだろう。
もっとも実際平和主義者はろくなのがいないのが世の常だが。
今回、1週間ほど俺は休暇をとって故郷に墓参りに行くことになった。
15歳年の離れた妹とは1年ぶりに会う。
本土直行の輸送機に乗ろうとしてたとき、携帯が鳴った。
「ジュン?残念だが休暇は中止だ。デフコンレベルが3に設定された。」
相手はジャックである。
デフコンとはDefense Readiness Conditionの略でアメリカ国防総省の危機レベルを指すのだ。
デフコン1からデフコン5まであり、デフコン5が平時である。
冷戦時代のICBM部隊がデフコン4、2001年同時多発テロがデフコン3、キューバ危機でデフコン2だったという。
デフコン1があったかは定かでは無いがキューバ危機でさえデフコン2だったことを考えるとマジでやばいレベルだとは想像が付くだろう。
(もっともデフコン1だからといって核戦争につながるわけではない。大統領令が必要だからだ。)
「中国か?朝鮮か?」
「どっちもだ。」
またかと俺は思った。
妹のアドレスにメールを打つ。
「ごめんな。兄ちゃん急用が出来た。・・・と。」
あいつのふてくされる顔が目に浮かぶ。お詫びに大好きなケーキを送ってやろうかと思う。
このとき、俺は<<ある意味>>二度と会えなくなるとは夢にも思っていなかった
21世紀の初頭、日本にハト派政権が誕生した結果、中国とその属州、朝鮮半島は膨脹主義をあらわにした。
結果、自由と繁栄の孤とセキュリティダイアモンドという方策でこれを封じ込めようとした。
その結果、紛争が多発し始めた。
西暦2030年現在、まだ、核戦争などは起こっていない。
だがこれからどうなるかは俺も分からなかった。
自分らは命令に従うまでだから。
「台湾海峡と尖閣諸島、対馬海峡にやっこさんが出てきた。」
作戦室でジャックが言う。
「日米同盟はこれを迎え撃つことで一致。集団安保により東南アジア諸国も臨戦態勢に入っている。」
「ふん。露助はいつものごとく静観だな。あの国は勝敗が決まる頃にしゃしゃり出てくるだろう。」
俺は言う。
「我々の任務は?」部下の隊員が聞いてきた。
「対馬海峡。難民に偽装して入ってくる連中を追い返せだそうだ。」
「射殺許可は?今やあの地域は完全な中国側だぞ。どんな真似をするか分からん。」
「便衣兵と分かるまで許可はしない。だがその事態になったら迷わず殲滅を許可する。その場合は降伏も許可するな。『敵が白旗を掲げる前に殲滅せよ』。人権云々面倒くさいアホ連中もいるからな。」
10年ほど前、米韓同盟破棄により北主導で朝鮮半島は統一している。
従って難民と見なすべきではないというのが俺の個人的な意見ではあるが、上層部の判断なら仕方が無い。
(冷酷すぎと思うかも知れないが、そんな甘さは平時で言える事であり戦場では命取りになるのだ。)
あんな連中を一匹たりとも日本国内に入れてはならないと、妹の顔を思い浮かべながら俺は決心した。
妹を守るためなら鬼にでもなるさ。
「顔が怖いぞ。隊長殿。妹とのデートに水を差されてむかついたか。」
ジャックに指摘され俺は整列する部下に言った。
「ああ、悪い。5分後に出撃する。解散!」
「は。」部下は敬礼して走り去った。
きっちり5分後、俺らはオスプレイに乗っていた。
オスプレイ、かつて日本に配備時には結構騒がれたが、その航続距離の長さもあって、今では普通に日本軍にも配備されている。
救助にも都合が良いので都道府県、警察とかにも導入されているらしい。
おれらが乗ってるオスプレイは最新世代のもので航続距離は公称1000キロを越える。
(詳しくは軍事機密になる。)
対馬海峡に展開している日米同盟艦隊に向かった。






