ナインイレブン妄想部支店 koru.シフト
「いやぁ、こっちの店舗は空気が爽やかですねー」
そう言うのは、同じオーナーが経営をするもう一つの幽霊コンビニ…あ、いや、別の支店からヘルプで入ってくれた木村君。
滅多にないことなんだけど、こうして年に数回むこうから助っ人に来てくれる。
「爽やか…かな…?」
普通だと思うんだけど、むしろ今日は夕方から降りだしたシトシトとした雨のせいで湿度が高いせいか息苦しく感じる。
「爽やかですよ、こんな生温かくて湿度の高い日なんて……あ、いや、そうですよね、これが普通なんですよね」
ニコニコとした好青年が遠い目をしている。
「木村さぁん、こっちの品出しお願いしますぅ~」
最近バイトに入った女子大生の静香ちゃんがバックヤードから声をかけてくる。
彼女は本当に要領が良い……うん、色んな意味で。
既に数人のバイト君が彼女の毒牙に…。
店長の趣味なのか、たまたまなのか知らないが、ウチの支店はバイトの質が良いことで有名だ。
外見は勿論、中身も良いのが揃っていると。
オーナーが、俺様の人徳のお陰だな、とか言っていてたのは無視の方向で。
だから、時々こういった勘違い系の女子も紛れ込んだりするわけ。
彼女もちの内藤くんやケースケくんとかは身持ちが固いから大丈夫だったが……木村君は大丈夫だろうか、確か付き合ってる人は居ないって言ってたが。
おろおろしながらも、バックヤードに向かう木村君を見送る。
僕? 僕は彼女の食指が動かないタイプなようで、粉をかけられたことも、手伝いを頼まれたこともないよ。
うん、彼女面食いだしね……いや傷ついてるわけじゃないんだ、うん。
「結城さん、ちょっといいですかー」
バックヤードから木村君の声がして、慌ててカウンターを離れる。
「どうかし……どうしたの?」
倒れてる静香ちゃんと、けろっとした顔の木村君を見比べる。
い、いや、とりあえず、静香ちゃんをなんとかしないと!
「とにかく、彼女を事務室の方に運んじゃおう、ここ、寒いし」
「はい。 じゃ、詳しいことは、そっちで」
木村君と僕で両脇から彼女を抱えて事務所の年季の入ったソファに寝かせた。
うわ、こんな短いスカート履くから! 不可抗力! 不可抗力! ピンクのレースなんて見えてません!!
慌てる僕を尻目に、木村君が微塵もやましさのない手つきで捲れたスカートを戻してくれた。
いや、あの、うん、なんか、慣れてるよね、木村君。
「バスタオルかなんかありますっけ? 一応掛けときません?」
言われて慌ててロッカーからバスタオルを引っ張り出して彼女の上に掛け、彼女を起こさないようにそっと事務室を出た。
「一体何があったんだい? 彼女は…気絶してるのか?」
木村君は逡巡したあと、爽やかな笑顔で嘘をついた。
「彼女、例の店長のお気に入りの雑誌(エロ本)を出そうとして、うっかり中を見てしまったようで。 少し刺激が強かったですかね?」
そんなわけがあるか。
確かに店長の趣味は酷いが、彼女が卒倒するようなモノならコンビニなんかで扱えるか!
「うーん、他に心当たりは……無いんですけど」
いや、あるだろう! その間はなんなんだ!
確かに、少し男に手が早くて、少しサボり魔で、少し香水がきつくて、少し時間にルーズな人だけど卒倒するような事が起きて放っておけるわけがない。
木村君を問い詰めると、交換条件を出してきた。
「判りました、理由を教えます。 ただし、結城さんがウチの支店にヘルプに来てくれたらね」
きらっと木村君の目が光った気が…いや、そんなわけないよな。
それよりも何よりも、木村君の支店ってあの……。
「大丈夫ですよ、結城さん家ってこっちの支店に来るのと、ウチの支店に来るのじゃ距離的に変わらないじゃないですか。 ウチ、言われてる程ひどい店じゃないですよ?」
僕の顔色を見てか木村君が傷ついた表情になったので、僕は慌てて了解する。
「わ、わかったよ! そっちの支店に行く! 行くから! 絶対教えるんだぞ!」
途端木村君の顔が晴れやかになり。
「よし! わかった! お前のその心意気や良し!! 明日から結城は向うの支店勤務だ!!」
背後から掛かった声に、驚いて飛び上がる。
「オ、オーナー!? ちょ!? むこうの支店勤務て!!」
「こっちは大丈夫だ! バイトの人数が多いからどうとでも回せる、渡辺と前田あたりにカバーさせるから、問題ない!」
いや、そっちの問題じゃなくて、僕の!!
「結城さんみたいな良い人が来てくれたら、凄く嬉しいです。 よろしくお願いします!」
そう言って、僕の手を取ってぎゅうっと握って笑顔全開の木村君に……僕は嫌だとは言えなかった。
「う……うぅ…よろしく…」
項垂れて頷く僕の上で、オーナーと木村君がニヤリと笑い合っていたのを知る術はなかった。
後から知った話だが、例の静香ちゃんはあの後すぐに自己都合でバイトをやめたそうで、清々したと渡辺くんからメールが来ていた。
「そういえば、あのとき彼女が倒れてたのってどうしてだったんだ?」
カウンターの傍で品出ししていた木村君に声を掛けると、あぁ、そうでしたねぇ、と身を起こした木村君の横に常連さんである女子高生が顔を出した。
「アタシがちょこっと遊びに行っただけよ、なのにあの女、悲鳴も上げずにひっくり返って! ほんっとムカつく!!」
……そりゃね、こんなくっきりはっきりな幽霊が出てきたら、普通は驚くよね。
「ところで、あの御札なんなの!? ホントにもうっ! 往生際が悪いったらないよねっ!」
店内の四隅に張られた霊験あらたかな御札を指差して憤慨する女子高生幽霊。
「申し訳ありません。 オーナーと店長のたっての希望で設置させていただいておりますので」
木村君がそう言って彼女を宥めるのもいつもの風景となっていて。
生身のお客様の居ないこの時間帯も随分慣れました。
なんとかこの支店でもやっていけそうだ、と渡辺くんへのメールに返信した。
お読みいただきありがとうございました
他の皆様の作品もご覧いただけましたでしょうか?
まだでしたら、是非!!
某支店のお話も同時公開しておりますので、ご一緒にどうぞ☆