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時の扉  作者: かいひろし
9/11

遠い昔に

 忘れもしない思い出がある。僕が調理師の修業で、東京に上京したのは自分への挑戦でもあった。

 上京する前に、頭部への腫瘍が見つかった僕は、手術を余儀なくされ大変な想いをして間もない頃である。入院して、検査をするうちに全身麻酔ができないくらい肝臓が悪いことが判明する。

「要するに酒の飲み過ぎであった」、自業自得といえよう。その状態で局部麻酔での手術を選んだ僕には、前代未聞の荒療治であったことは否めない。

 長い時間に及んだその手術は、初めから強烈な印象が残る。痛みが出れば、医者の手をはたいて教えるという手筈であったため、麻酔が切れてくると必死に手を叩いて教えた。

 結局、麻酔はかなりの数を刻んで、無事に腫瘍はこの頭から取り去られた。

 当初は完全麻酔であれば、頭部の切開である筈であったが、出来ないので上唇の奥にある骨をノミのような器具で叩いての荒療治である。


 その入院があって、東京にある豆腐料理店には一カ月遅れて就職したことになる。

 僕を待っていたのは、その初日の前の歓迎会であった。職場の先輩や卒業生が一同に会し、歓迎会が楽しく始まると思われた。

 しかし、それの始まる前に、先輩の一人と大喧嘩をしてしまった。気に入らない一言に、僕が切れてしまった瞬間である。その場は騒然となる、中居さんが泣いてしまった記憶が残っている。

 それだけ、歓迎会での前代未聞の一大事は、本性をさらしてしまった自分への、これから置かれた試練の始まりでもある。

 それからというもの、先輩は口を聞いてはくれなかった。かなり、厳しい態度で接してもらった記憶が残る。ひとりの先輩を怒らせたがために、風当たりは強いどころか、地獄の沙汰であった。

 しかし、それは愛情の鞭であったように思える。いつか、その喧嘩を見て泣いた中居さんから言われたことがある。

「すぐ、短気起して、辞めると思っていた!」

 吹っ掛けたのは自分であったし、口の聞いてもらえぬ時間は、意地になっていたこともあるが、一年以上にも及ぶ。ほとんどが、無視されていたので、こちらからも話しかけないようにした。

 でも、最終的に想い出の会話をしたことがある。僕が親方のスパルタ教育に嫌気がさして、飛び出して戻って来た時である。

 その先輩が、忘れもしない一言を僕に告げた。

「俺も昔、嫌になって。新幹線に乗って帰ろうとしたことがある」

「でも、結局は戻ってきた!」

 最初に逆らい、前代未聞の行動を起こした自分には、いつも辛い態度が思い出されるが、結局は自分を試していたのだ。

 その言葉が、心に染みたのは当たり前である。

「諦めないで、頑張れよ!」

「はい」と頷くしかなかった。

 今からしてみれば、厳しく接してもらった、あの恩は忘れることができない。発病後も何年にも渡って綱渡りをしてきたのは、あの当時の経緯がある。

 今は、方向転換を目指し、自分への迷いを払拭したからこそ、今後の挑戦がある。

 有り難い、遠い昔に思い描いた人情的な想い出は、今でも自分の生きてゆく宝物である。


つづく。

 


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