第43話 ローゼ視点 愛は勝つ
愛は勝つ ― ローゼ視点
マイルームの床に座り込み、私はぼんやりと光を見つめていた。
透明な結界は、今日も変わらず私を閉じ込めている。
けれど、胸の中のざわめきは昨日までと違っていた。
玉座の間で、すべてが変わったのだ。
――アルベルトの断罪。
――王位継承権の剥奪。
――そして、新しい皇太子に任じられたのは……。
「……エリオット」
彼の名を小さく呟いたその時だった。
足音が聞こえた。
規則正しく、迷いのない響き。
あの人だけが持つ、真っすぐな歩調。
「ローゼ!」
呼ばれた瞬間、胸が熱くなった。
顔を上げると、そこに彼がいた。
結界の外側。
背はさらに伸び、精悍さを増した横顔。
けれど、その瞳は昔から変わらず澄んでいて――私を真っ直ぐに見つめていた。
◆
「……君の無罪が、確定した」
その一言で、心が揺れる。
望んでいたはずの言葉。待ち続けた知らせ。
なのに、涙があふれるのはどうしてだろう。
「エリオット……」
声は結界に吸い込まれていく。
でも、彼は気づいているようにうなずいた。
「君を苦しめたすべては、もう終わった。兄のアルベルトは処罰され、真実は明らかになった。……君は無罪で自由だ、ローゼ」
無罪で自由。
そう言われて、ようやく肩から力が抜けた。
けれど――。
まだ、この透明な壁は消えていない。
◆
私は、彼に近づいた。
白いドレスの裾を引きずり、結界のぎりぎりまで歩み寄る。
エリオットもまた、同じように近づいてきた。
隔てるのは、ほんの数センチの透明な壁だけ。
「ローゼ……」
その声は震えていなかった。
強く、真剣で、まるで祈るように響いてきた。
「俺は……君を愛している」
胸が跳ねた。
あまりにも真っ直ぐすぎて、呼吸が止まりそうになる。
届かないと知りながらも、私も唇を動かした。
「わたしも……愛しているわ、エリオット」
声は消えても、彼には伝わった。
彼の瞳が揺れ、熱を帯びた光で私を包み込む。
◆
互いに手を伸ばした。
透明の壁越しに、指先が触れ合いそうなほど近づいて――止まる。
昨日と同じ。
あと一歩、ほんの数ミリ。
それなのに、どうしても届かない。
でも、今日は違った。
彼は、恐れずにそのまま顔を近づけてきたのだ。
私もまた、導かれるように顔を寄せる。
瞳と瞳が合わさり、吐息が混じるほどの距離になる。
心臓が、壊れそうなほど打ち鳴らされていた。
これは、夢じゃない。
「ローゼ……」
囁きとともに、彼の唇が迫る。
私もそっと目を閉じて――。
――その瞬間。
ポロリン、と軽やかな音が牢獄に響いた。
◆
「……え?」
結界が、淡い光を揺らしながら音を立てた。
次の瞬間、まるで氷が溶けるように、透明な壁が崩れ去っていく。
『――キーワード “愛の力” により、《スキル引きこもり》を解除します』
天から響くような機械的な声。
私の耳だけでなく、牢獄全体に染み渡るように響いた。
そして、檻を成していた結界は完全に消え去った。
看守が急ぎ足で牢も開けた。
すると、二人の間を隔てるものは、すべてなくなった。
◆
「……ローゼ」
「……エリオット」
呼び合った名前は、今度こそ互いの耳に届いた。
次の瞬間、私たちは同時に抱き合い――唇を重ねた。
熱く、甘く、切なさをすべて溶かし込むような口づけ。
待ち続けた想いが、ようやく繋がった瞬間だった。
彼の腕の中は温かくて、胸の鼓動が私の鼓動と重なって響いていた。
◆
どれほどそうしていただろう。
離れたくなくて、でも少しだけ顔を離して、見つめ合う。
彼の瞳は涙で濡れていた。
でも、それは悲しみの涙じゃない。
「ようやく……ようやく、君に届いた」
その言葉に、私も涙をこぼした。
頬を伝う雫を、彼が優しく拭ってくれる。
「エリオット……ありがとう。待っていてよかった……」
囁いたその瞬間、もう一度彼が唇を重ねてきた。
今度は、誓いを込めた口づけ。
牢獄という名の檻は消え、私の世界は彼の温もりで満たされていた。
◆
結界はもう存在しない。
私たちの心は、確かに重なった。
愛は、届いたのだ。




