第42話 マッスル視点 マッスル断罪される!
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王の断罪 ― マッスル視点
玉座の間に立ち尽くしていた俺は、まるで夢の中にいるようだった。
いや、悪夢だ。これが現実であるはずがない。
陛下――グランツ陛下の声が、重く冷たく響いた。
「アルベルトに従い、虚偽の栄誉を享受し、理不尽を広めた。ゆえに――お前たち二人にも、アルベルトと同じ去勢の刑を科す。その後、マッスルは鉱山送りの刑にする」
アルベルト殿下に科された“去勢”という刑罰。
それを……俺も受けるというのか。
全身から血の気が引いた。指先が震える。膝が笑い、今にも崩れ落ちそうだ。
「去勢」――それはただの処罰ではない。男である誇り、未来、血を残す権利、そのすべてを奪う究極の断罪だ。
俺は目の前が暗くなりかけた。
だが、その瞬間――横で父が動いた。
◆
「父上……!」
思わず掠れた声が漏れた。
騎士団長――ドルフ。王国最強と名高い男であり、俺にとっては誇り高き父だ。
その父が、一歩前に出た瞬間、何かが救われる気がした。きっと父が取りなしてくれる。陛下に頭を下げて、俺の罪を軽くしてくれるはずだ――。
そう信じた。信じていた。
だが次の瞬間、轟音が響いた。
ごしゃり、と重たい衝撃が頬を砕き、俺の視界がぐるりと回転する。
大地が迫り、床石に叩きつけられた。衝撃で息が詰まり、口の中に血が広がる。
……父に、殴られた。
信じられなかった。俺を助けに来たのではない。王の御前で、父は……我が子を殴ったのだ。
「ぐ、はぁっ……!」
巨体が転がる。玉座の間の全員が、息を呑んで見ていた。
その視線は、俺を憐れむものでも、庇うものでもなかった。
ただ……軽蔑と嫌悪が混じった冷たい眼差しだった。
「……王の御前ゆえ、今日のところはこれで済ます」
父は血に濡れた拳を振り払い、陛下へと頭を垂れた。
その姿を見た時、胸の奥がずたずたに裂けた。
父は俺を――見捨てたのだ。
◆
後のことは、よく覚えていない。
衛兵に取り押さえられ、縄で縛られ、手術室へと連れて行かれた。
俺は暴れた。怒鳴った。許しを乞うた。
「やめてくれ」
「俺は殿下に従っただけだ」
「忠義を尽くしただけだ」
――必死に叫んだ。
だが誰も耳を貸さなかった。
冷たい石壁が反響するだけ。
そして、あの処刑台に似た木製の台に押し付けられたとき、俺はようやく理解した。
本当に終わるのだと。
◆
――目を覚ますと、そこは白い天井の下だった。
ぼやけた意識。下腹部に、鈍く重たい痛み。
最初は夢だと思った。悪い夢を見ているのだと。
だが、手を伸ばして触れた瞬間、現実だと知った。
そこには、何もなかった。
「……っ、あ、あぁぁぁぁぁっ!」
獣のような叫びが漏れる。
ベッドを揺らし、拳で床を叩き、涙を垂れ流した。
騎士として鍛え上げたこの肉体に必要な象徴。
それが奪われたのだ。
俺はもう、男ではない。
いや、正確に言えば――王国の命令で、男であることを否定された存在だ。
◆
その夜、父が牢を訪れた。
扉越しに立つ影を見ただけで、怒りが込み上げた。
「なぜだ! なぜ助けてくれなかった!」
叫ぶ俺に、父はしばし沈黙し――低く答えた。
「お前はやりすぎたのだ。あれだけのことをやらかしておいて……命があったことを、ありがたく思え」
「ありがたく思えだと!? 俺は……俺はもう……!」
言葉が途切れ、声が震えた。
涙で顔を濡らしながら、俺は父を睨んだ。
だが父は、それ以上何も言わなかった。ただ背を向けて去っていった。
その背中は、英雄のそれではなかった。
ただの卑怯者。
そう思った。
◆
日が経つごとに、痛みよりも虚しさが大きくなった。
アーサーも同じ刑を受けたと聞いた。
かつて殿下の傍らで誇りを分かち合った友は、今や俺と同じ絶望の底に沈んでいる。
そして――ミーア。
あの女は、今も肥え太った姿で王宮に取り残されているという。
かつて愛らしかった彼女。俺は確かに心を寄せていた。だが、その想いはただ利用され、最後には破滅の道へと誘われた。
彼女と罪を重ね、アルベルト殿下の横暴に加担した結果が、これだ。
愛も、忠義も、意味をなさなかった。
残ったのはただ、男としての未来を奪われた惨めな姿だけ。
◆
夜ごとに夢を見る。
かつての俺。剣を振るい、仲間を鼓舞し、王子の傍らで胸を張る騎士。
その夢から目覚めるたび、下腹部の喪失感に涙を流す。
もう二度と戻れない。
俺は騎士としての人生を捨て、父にも見捨てられ、そして己の愚かさゆえに……男を失った。
◆
王の断罪の日。
あの冷たい笑みを浮かべた陛下の顔が、今も焼き付いて離れない。
アルベルト殿下は去勢され、王位を奪われた。
アーサーもまた同じ罰を受けた。
そして俺も――。
それはただ一人を裁くための断罪ではなく、共に歩んだ全員を根こそぎ潰す裁きだった。
あの日を境に、俺たちの未来はすべて終わった。
――もう二度と、俺は男として笑うことはできないだろう。
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