第38話 ローゼ視点 アルベルト王子の断罪
愛は届かず ― ローゼ視点
あの日から。
エリオットは、毎日のように牢を訪れてくれるようになった。
最初は短い時間だった。
けれど次第に、彼は長くここに留まるようになった。
分厚い書物を抱えてきて、私に見せてくれる。
声は届かないのに、指で文章をなぞり、笑顔で口を動かす。
私もまた結界越しに笑みを返し、身振りで会話をする。
それは不完全で、不自由で。
けれど確かに「一緒の時間」だった。
◆
日々が過ぎるごとに、私は気づいていった。
――彼が私の中で、どんどん大きな存在になっていくことを。
結界に守られていても、孤独は消えなかった。
沈む心は簡単に暗闇へ引き込まれる。
けれど、彼の顔を見ていると、不思議と呼吸が楽になる。
触れたい。
ただ、その一心だった。
彼の手のひらの温もりを、この指先に。
あのまっすぐな瞳を、すぐそばで。
心がそう叫び続ける。
夜、床に伏しても、彼の姿ばかりが浮かぶ。
夢の中では、私は結界を越えて彼に抱きついていた。
――出たい。
――この檻を破って、彼のもとへ。
気づけば、その想いが私を満たしていた。
◆
だが同時に、恐怖も芽生える。
もし、ここを出たとして。
私の無実は証明されているのだろうか?
無罪が明らかにならぬまま牢を出れば、
私は「罪人」として烙印を押されたまま。
冷たい元の地下牢へと送られるのだ。
そんな状態で、エリオットと共にいられるのだろうか。
「……だめよ」
私は膝を抱え、額を押し付けた。
出る時は――必ず、潔白を証してから。
そうでなければ、この結界を越えても冷たい地下牢に戻るだけ。
だから、今は出られない。出ることは危険なのだ。
◆
そうして、もどかしい日々が続いた。
ある日は花を。
ある日は絵画を。
彼は毎回、何かを持ってきては、私の目の前に置いた。
もちろん結界を越えられないから、私は触れることもできない。
けれど、その気持ちは十分に伝わった。
彼が私を忘れていない。
私を待ってくれている。
その事実が、どんな宝石よりも尊かった。
◆
そして――運命の日。
重い扉が開き、思いがけぬ声が響いた。
「ローゼ……!」
父の声。
私の心臓は大きく跳ね、思わず立ち上がっていた。
「お父様……!」
ずっと、待っていた。
外交のため出ていた父が戻ってきたのだ。父なら冤罪の真相を調査してくれるはずだ。
ならばきっと――わたしの無罪を証明してくれる――
私は両手を伸ばした。
父もまた、鉄格子と結界越しに手を差し伸べてくれる。
あと少しで触れられる――そう信じた。
けれど。
やはり、透明の壁が立ちはだかる。
冷たい拒絶が、再び私の手を止めた。
「そんな……!」
涙がにじむ。
父にも触れられない。
今なら外に出ても大丈夫なのに。
必ず父が無罪を証明してくださるはずなのに、それでも壁は壊れない。
「どうすれば……どうすればいいの……」
心が揺れる。
出口はあるのに、道は塞がれたまま。
◆
父が訪れてからさらに数日がたった。そんなある日のこと。
――マイルームの中央にある机上のモニター画面が、ふいに光を放ったのだ。
私は驚き、思わず視線をそこに向ける。自動視聴モードだった。
やがてモニターの中に、王城の広間の映像が浮かび上がった。
広間には、第一王子アルベルトとミーアたちが跪いていた。
あの時は傲慢だった顔が、今は青ざめてブルブルと震えている。
その前に立つのは、父と――そして国王陛下。
重々しい叱責の声が、モニター画面を通じて牢にまで響いてくる。
「……これは」
私は思わず手を口に当てた。
王子とミーアたちが、王の間で裁かれているのだ。
冤罪を仕組んだ者たちが、今まさに断罪されようとしていた。
心臓が高鳴る。
これで――ようやく。
けれど同時に、胸の奥底で小さな声が囁く。
――本当に、これで結界は壊れるの?
――無罪が証明されたとしても。
――最後に必要なのは、「愛」なのでは? それとも他になにかあるのか?
私は結界の中で、強く拳を握りしめた。
目の前の光景が、私の運命を決める。
すべてが変わる瞬間を、私はモニターを食い入るように見つめていた。




