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婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!  作者: 山田 バルス


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第37話 エルンスト視点 そして老学者 ― 結界の真実

公爵と国王、そして老学者 ― 結界の真実


 翌朝、私は国王グランツに伴われ、王宮奥の応接間へと通された。

 そこに待っていたのは、一人の老婆である。白髪を結い、深緑のローブを纏い、杖をついて静かに立つ姿――魔法学者、マーガレット。齢八十を超えながら、その眼差しには濁りひとつない光が宿っていた。


「公爵殿。陛下より話は伺っております。ローゼ様を包む結界について、知りたいと」


「そうじゃ。あの透明の殻、どうにか破る手立てはないのか」


 私は苛立ちを隠せず問い詰めた。だがマーガレットは小さく首を振り、穏やかに言葉を紡ぐ。


「……あれは《スキル》の一種。《引きこもり》と呼ばれるものです」


「やはりスキルで間違いなかったか……」

 国王が目を細める。


 老婆は続けた。

「《引きこもり》は、心が砕けた者が無意識に発動する防御の殻。外界との接触を拒み、己を守り抜く。力ずくで破ろうとすれば、本人の魂が裂ける危険すらございます」


「なに……!」


 私は息を呑んだ。だがマーガレットは厳しい現実を容赦なく告げる。


「解けるのは、本人が“外に出たい”と願ったとき。ただ一つの条件があります。――それは、愛。愛する二人の心が一つになった時にのみ、この殻は崩れるのです」


「愛する……二人」


 私は反射的に拳を握った。

 娘を愛する父と、父を慕う娘。これ以上に強き愛があろうか。ならば、きっと――!



 私は確信に燃え、再び地下牢を訪れた。

 光を纏う結界の中、ローゼは変わらず静かに座している。

 私は鉄格子に額を押し当て、全身の想いを込めて叫んだ。


「ローゼ! 父はここにおる! お前を誰よりも愛しておる! 幼き頃から、わしの誇りは常にお前だった! どうか、この殻を解いてくれ!」


 両手を広げ、涙を隠すことなく。

 ローゼもまた結界の内側から手を伸ばしてきた。

 透明の壁を挟み、指先と指先が重なる。


 だが――光は揺らがない。

 砕ける兆しも見せない。


「な、なぜじゃ……!」

 私は絶望と共に膝をついた。

「わしの愛では足りぬのか……? これほど愛しておるのに……! こんなにも、こんなにも愛しているのに!」


 結界は静かなまま。

 ローゼの瞳が悲しげに揺れただけだった。



 私は再びマーガレットを呼び寄せた。

 老人の前に膝をつき、縋るように問う。


「なぜだ! わしの愛は偽りではない! それでも結界は破れなんだ! 教えてくれ、何が足りぬのか!」


 老婆は長く息を吐き、静かに言った。

「……お察しください、公爵様。《引きこもり》を解く“愛”とは、父娘の家族愛を指すのではございません」


「なに……?」


「それは――生涯を誓い合う者。すなわち、真に愛する“結婚相手”との絆でございます」


 その一言に、私は立ち尽くした。

 頭を鈍器で殴られたような衝撃。


「ば、馬鹿な……! わしは父じゃぞ! この世で最もローゼを愛しているのだ! だが、それでも……駄目なのか……」


 マーガレットは目を伏せ、哀れむように囁いた。

「父の愛は尊く、力強いもの。ですが《引きこもり》が求めるのは、未来を共に歩む愛。そのぬくもりに触れた時のみ、彼女は自らの殻を解くのです」


 私は言葉を失った。

 これほどの愛を注いでも届かぬ。

 父であるがゆえに、決して届かぬ領域があるというのか。



 その夜。

 私は一人、静かな執務室で盃を傾けていた。

 だが酒は砂のように味気なく、胸の内には空洞だけが残る。


 ――わしの愛では、救えぬのか。

 ――ならば、誰がローゼを救うのだ。


 浮かぶのは一人の青年の顔。

 ローゼの傍らにいた、あの真っ直ぐな瞳の少年。

 エリオット――。


「まさか……奴が」


 私は盃を置き、頭を抱えた。

 父の愛は、届かない。

 ならば、娘の心を救うのは――彼女が本当に愛する者。


 その答えに気づいてしまった時、胸の奥で何かが音を立てて崩れた。

 同時に、不思議な安堵すらあった。


 そうか。

 わしの役目は、己の愛で救うことではない。

 ローゼを愛する“彼”の道を、父として支えること。


 それこそが、わしに残された唯一の役割なのかもしれぬ。


 揺れる蝋燭の炎を見つめながら、私は深く息を吐いた。


「……ローゼ。必ず救う。たとえこの命を賭してでも……」

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