第34話 エルンスト視点 公爵の怒りと誓い
公爵の怒りと誓い ― エルンスト視点
夜の異国宮廷。
使節団の一室で、配下が報告を終えるや否や、わしは思わず立ち上がった。
「――なに? アルベルトが、わしの娘ローゼとの婚約を破棄した、だと?」
怒声が部屋を震わせ、壁に掛けられた燭台が揺れた。
報告によれば、祝宴の場で公開の断罪。しかも冤罪を着せられ、身分を剥奪され、あまつさえ地下牢に収監されたという。
「地下牢……!」
わしの胸に煮えたぎる怒りが迸る。
そこは反逆者や重罪人の牢だ。公爵令嬢を放り込むなど、正気の沙汰ではない。
「アルベルト……貴様、なんという真似を……!」
◆
怒りを抑えきれず、わしは国王グランツのもとへ直行した。
扉を乱暴に押し開けると、奴は机に向かって文書を読んでいた。
「……聞いたぞ」
わしの声音だけで、奴はすべてを察したのだろう。国王は苦々しく目を閉じた。
「エルンスト……落ち着け」
「落ち着けだと!? わしの娘を地下牢に落としておいて、ようも言えるな!」
机に拳を叩きつけ、身を乗り出す。
長い友情も忘れたかのように、怒りだけがわしを突き動かしていた。
国王は盃を置き、低く言った。
「アルベルトの暴走は、わしの責でもある。……止められなかった」
「そうだ。元をただせば、お前が無理やり婚約を結ばせたからこうなったのだ!」
吐き捨てながらも、わしの脳裏には学園時代の記憶がよぎる。
◆ 回想 ◆
若き日、王立学院。
わしは武芸に秀で、奴は政治に長けていた。
何をするにも肩を並べ、互いに競い合い、時に夜通し夢を語ったものだ。
「おれが国を治める王になったら、お前は剣でこの国を支えてくれ」
「ふん。お前が王にふさわしくなければ、わしが玉座を奪ってやる」
笑い合い、拳を突き合わせた。
どちらが欠けても、この国は立たぬ。そう誓い合ったのだ。
だが――時は流れ、奴は王となり、わしは公爵として国を支える立場となった。
そして「アルベルトを支える妃が必要だ」と言われ、わしは娘を差し出した。
◆
わしは今、国王を睨みつけていた。
「お前は言った。アルベルトは未熟だから、それを支える妃が必要だと! だからローゼを選んだと! だが―― わしの娘でなくともよかったはずだ!」
国王の瞳が鋭く光った。
「違う。ローゼだからこそだ。あれほど聡明で強い娘は、ほかにいない。だから選んだ」
「……っ」
誇らしさと怒りが同時に胸を焦がす。
「ならば問う! ――今回の件、不問にするつもりではあるまいな」
国王は沈黙の後、重く頷いた。
「いや。アルベルトは次期国王の資格を失った。後継はエリオットとなるだろう」
「エリオット……」
わしはあの誠実な少年を思い浮かべる。
ローゼが唯一心を許していた、第二王子。
「そして――エリオットが選んだ妃は、ローゼだ」
「ふざけるな! それは認められん!」
「では、ローゼ嬢が承諾したら?」
刃のような問い。
わしは言葉を失い、やがて低く答える。
「……娘が選ぶなら、わしは何も言えん。好きにすればよい」
国王は静かに微笑んだ。
「了承した。――それでどうする? 会合を終えたら、すぐに帰国するか?」
「当然だ。地下牢に囚われた娘を救うには、王自らの登場が最も効果的だからな」
「アルベルトのことは任せろ。お前は父としてローゼを守れ」
視線が交わる。
学園時代と同じように――だが今度は、国と娘を背負って。
◆
ローゼの話を聞いた時、 王の全権代理人として国王の書状と印を持参して先に帰国することも考えた。
正直なところ国王がいれば二国間協議に問題ないかもしれない。
せめて公爵家及び公爵家の派閥全てに指示を出していれば……
そう思って左右に首を振った。そんなことをすれば内乱になる。
愛娘の為に不在でも出来ることはないのだ。悔しいがあの王子を止めるには、王を連れていくしかない。もしくは
内乱を覚悟で王城を攻めに行くことになりかねない。多くの死者がでるだろう。その選択は選べなかった。
そんなことができるのは、歴史に残る偉人ビューティ=イブニー王女ぐらいだろうか……
その夜、配下が急報を携えてきた。
「公爵様……ローゼ様は、牢の中で不思議な力を……。《引きこもり》なるスキルを発動し、必死に耐えておられるとか」
「……そうか」
胸が痛む。だが同時に、娘の強さに震えるほどの誇りを覚える。
あと少しだ。
あと少しで駆けつけられる。
◆
だが――すぐには帰れぬ。
今夜の会合は、二国間の同盟に直結する大事。
それを放り出せば国を危うくする。
無念。
悔しい。
父としての心は、すぐにでも駆け出したいのに。
拳を握りしめ、唇を噛み切りながらも、わしは決意を固めた。
「待っておれ、ローゼ……。必ず迎えに行く」
――会合が終わったその瞬間に。
国王を伴い、父として、友として、すべてを決着させるために。
それが、エルンスト・フォン・エルンスト公爵の誓いであった。




