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婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!  作者: 山田 バルス


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第33話 ローゼ視点 愛は届かず

愛は届かず ― ローゼ視点


 牢獄に満ちる淡い光。

 それは私を閉じ込める結界の輝きであり、檻であり、唯一の「外」とつながる窓でもあった。


 今日もまた、同じように本を開いていた。

 白いドレスの裾を整え、背筋を伸ばして。

 そうしていなければ、心が崩れてしまいそうだったから。


 けれど――その気配を、私は敏感に感じ取った。


 誰かが近づいてくる。

 足音。石造りの廊下に反響する規則的な響き。

 何度も夢に見た、あの歩き方。


「……エリオット」


 顔を上げた瞬間、胸が強く跳ねた。


 結界の外に、確かに彼がいた。

 少し背が伸びて、少年から青年へと変わりつつある姿。

 けれど、まっすぐな瞳はあの頃と同じ。


 私は思わず立ち上がり、手にしていた本を取り落とした。


 声を上げたつもりだった。

 ――「エリオット!」と。


 けれど、届かない。

 私の唇は震えても、音は結界に吸い込まれて消えた。



 それでも、彼は気づいてくれた。

 私の名を呼んでくれた。


 胸が熱くなる。

 どうしてこんなにも、ただそれだけで涙が出そうになるのだろう。


 私は慌てて涙を拭き、笑顔を作ろうとした。

 でも、どうしても頬が震える。

 きっと、みっともない顔をしているに違いない。


 それでも――会えたことがうれしくて仕方なかった。



 彼が手を伸ばしてきた。

 私は息を呑む。


 触れられる? この光の壁を越えて?


 あり得ないはずなのに、期待してしまう。

 だって、彼は昔からそうだった。

 誰も信じてくれなくても、彼だけは必ず私を信じてくれた。

 だから今回もきっと――。


 震える手を、私も伸ばす。

 互いの指先が、光を隔てて近づいていく。


 あと少し。ほんのわずかで触れられる。


 そう信じた、その瞬間――。


 ――かちり。


 硬い音がした。

 見えない壁に阻まれ、私の指先は止められる。


「……っ」


 必死に押し込もうとする。

 けれど壁は微動だにしない。

 ただ冷たく、残酷なまでに透明で、絶対の拒絶を示していた。


 エリオットの指先もまた、同じように届かない。

 たった数ミリ。

 そのわずかな距離が、永遠に埋まらない溝のように思えた。



 私は必死に口を動かした。

 「違う」と伝えたかった。

 「あなたのせいじゃない」と。

 でも声は消え、届かない。


 エリオットが唇を震わせる。

 ――「僕では、だめなのか」


 その言葉が、すべてを凍りつかせた。


「違う! 違うのよ!」


 必死に叫ぶ。

 でも届かない。

 透明の壁は私の声を奪い、彼に伝えることを許さない。


 ああ、どうして。

 どうして神様は、こんな残酷な結界を作ったの。


 私はただ、彼に触れたかっただけなのに。



 やがて、彼の肩が落ちた。

 その目が揺れ、膝が折れ、崩れ落ちていく。


 私は必死に壁を叩いた。

 「やめて!」と叫んだ。

 でも、それも届かない。


「ごめん、ローゼ。……僕は、期待外れだったみたいだ」


 その唇の動きを読み取った瞬間、胸が裂けた。


「違う! 違うのよエリオット!」


 涙が溢れる。

 私は両手で結界を叩き、必死に彼を呼び続けた。


 けれど彼はもう、視線を落とし、ゆっくりと立ち去ろうとしていた。



 残された私は、結界の中で一人。

 声は枯れ、喉は痛む。

 けれど叫ばずにはいられなかった。


「行かないで! お願い、置いていかないで……!」


 でも、彼は振り返らなかった。

 レオナルドに支えられながら、遠ざかっていった。


 透明の壁の向こうで、小さくなる背中。

 私が最も欲した温もりは、ただ遠ざかっていくばかりだった。



 私は崩れ落ちた。

 膝を抱え、声を殺して泣いた。


 どうして届かないのだろう。

 こんなにも愛しているのに。

 こんなにも彼を求めているのに。


 マーガレットが言った「愛する二人の心が重なれば結界は解ける」という言葉。

 ならば、重なっていないのは――私たちの心?


「……違う」


 震える声で否定する。

 私は、ずっと彼を想ってきた。

 幼いころから、恋をしていた。

 けれど婚約という鎖に縛られ、口に出せなかっただけ。


 それでも、確かにここにある。

 この胸の痛みが、何よりの証。


 だとしたら――。


「エリオット……。あなたは、まだ私を“姉”としか見ていないのね」


 その事実に気づいた瞬間、胸の奥が冷たくなる。

 私の想いは、彼には届いていない。

 彼はまだ、自分の立場に縛られている。


 だから、壁は壊れなかった。



 涙で霞む視界の中、私は小さく呟いた。


「でも……待つわ」


 彼が立ち上がるまで。

 彼が私を“女”として見てくれるその日まで。

 私はこの檻の中で待ち続ける。


 それがどれほど長い時間でも――。


 透明の結界は、ただ静かに輝き続けていた。

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