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婚約破棄された公爵令嬢は冤罪で地下牢へ、前世の記憶を思い出したので、スキル引きこもりを使って王子たちに復讐します!  作者: 山田 バルス


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第32話 第二王子エリオット視点 愛は届かず ― 再び立ち上がる

愛は届かず ― 再び立ち上がる


 冷たい廊下を歩く僕の足取りは重かった。

 さっきまで牢の前で見た光景――あの透明の壁に阻まれ、ローゼの手に触れられなかった瞬間が、胸の奥を何度も抉っていた。


 声は届かない。温もりも届かない。

 ――やはり僕ではだめなのだろうか。


 そう思っただけで、心が軋み、前に進む力を奪っていく。


「殿下」

 隣を歩くレオナルドが声をかけた。

「このままではお身体が持ちません。少し、腰を下ろしましょう」


 僕はうなずく気力もなく、その場に座り込んだ。

 石畳の冷たさが、無力な自分の姿を突きつけてくる。


 レオナルドはすぐに膝を折り、黙って僕の肩を支えた。

 その沈黙は優しさのようで、同時に突き刺さるような痛みでもあった。



「……レオナルド。僕は……間違っていたのかもしれない」

 搾り出すように声を漏らす。


「間違い、と申されますか」


「マーガレットの言葉を信じた。愛する二人の心が重なれば、結界は解けると……。でも、何も起きなかった。

 つまり、僕とローゼの間に……その“愛”なんて、存在しないんだ」


 自嘲気味に笑おうとしたけれど、頬は引きつるだけだった。

 情けない。こんな顔をレオナルドに見せている自分が、ひどく惨めだった。


 だが彼は何も言わない。ただ黙って、僕の吐き出す弱音を受け止めていた。


「僕はずっと、ローゼを守りたいと思ってきた。憧れで、敬愛して……いつしか、それ以上の気持ちが生まれていた。

 けれど、結界はびくともしなかった。

 つまり――彼女にとって僕は、ただの弟でしかないんだ」


 自分で言葉にしてみると、その重みが余計に胸にのしかかる。

 愛しているつもりだった。支えになれると思っていた。

 でも、結界はそれを否定した。


「……僕では、彼女を救えないのだろう。なら、もう――」


 そこまで言った瞬間。


 鋭い声が飛んできた。


「殿下!」


 レオナルドの手が僕の肩をぐっと強く掴む。

 驚いて顔を上げると、彼の真剣な眼差しがまっすぐに僕を射抜いていた。



「お忘れですか。ローゼ嬢はいま、この瞬間も結界の中で苦しんでいるのです」


「……苦しんで……?」


「ええ。あのお姿がすべてを物語っていました。声も届かず、手も届かず、閉ざされた光の中に閉じ込められている。

 それがどれほどの孤独か……殿下には分からぬとお思いですか」


 言葉を失う僕に、レオナルドはさらに畳み掛ける。


「あなたがあきらめたら、誰が彼女を助けるのです。

 王も、他の誰も、あの結界を破る術を持たぬのですぞ。

 彼女を救える可能性があるのは――殿下、あなただけなのです」


 その言葉は、鋭い刃のように胸を貫いた。

 同時に、熱い炎のように心を揺さぶった。


「……でも、僕は――」


「結界が解けなかった? それがどうしたのです!」

 レオナルドの声が牢獄に響き渡る。

「一度触れて駄目だったからといって、すべてが終わりだとお考えなのですか? そんなことで退くなら、殿下は最初からローゼ嬢を救う資格などありません!」


「……!」


「彼女は、殿下が来てくれたことを喜んでいました。

 声は届かずとも、表情がそう告げていた。

 ならば、まだ終わっていないはずです。

 あきらめないでください。――殿下の想いが届くまで」



 強い叱責と、熱い願い。

 その二つが重なり、僕の心を大きく揺さぶった。


 ――そうだ。

 僕があきらめてしまったら、ローゼはどうなる?

 彼女は結界に閉ざされ、孤独の中で苦しみ続ける。


 あの時、透明な壁越しに見た涙。

 あの震える唇。

 それがすべてを物語っていた。


 彼女は助けを求めていた。

 僕に――。


「……僕が、彼女を救わなければ」

 小さく呟いた。


 レオナルドが力強く頷く。

「そのとおりです。殿下以外に、彼女を解き放てる者などいません」


「まだ……終わっていない」

 胸の奥に、再び熱が灯る。

「透明な壁に阻まれたとしても、何度だって挑む。

 ローゼを見捨てたりはしない。……僕は、まだあきらめない」


 言葉にした瞬間、不思議と心が軽くなった。

 深い霧の中にいたはずなのに、ようやく光を見つけられたような気がした。



「殿下」

 レオナルドが穏やかに笑む。

「ようやく、いつものお顔に戻られました」


「……迷惑をかけたな」


「側近の務めでございます。殿下が倒れそうな時には支え、立ち上がった時には背を押す。それだけです」


 その言葉に、思わず笑みがこぼれる。

 彼が側にいてくれることが、これほど心強いと思ったことはなかった。


 僕はゆっくりと立ち上がり、結界のある牢の方を振り返った。

 遠く、淡い光がかすかに揺らめいて見える。

 その中には、確かに彼女がいる。


「ローゼ……。必ず、君を助ける」

 小さく呟く。


 届かない声だとしても、この想いは消えない。



 レオナルドと並んで廊下を歩き出す。

 さっきまでの重苦しい足取りは、もうなかった。


 次こそは。

 必ず彼女を抱きしめ、閉ざされた結界を打ち破る。


 まだ終わりではない。

 僕は、あきらめない。


 その誓いを胸に、夜の城を歩いていった。

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