第30話 第二王子エリオット視点 スキル引きこもりの正体 ― 老学者マーガレットの語り
スキル引きこもりの正体 ― 老学者マーガレットの語り(エリオット視点)
翌日。
僕とレオナルドは、王宮の奥にある静かな応接間に足を踏み入れていた。
迎えてくれたのは、深緑のローブに身を包んだ白髪の老婆。背は曲がり、杖を頼りに歩いている。だが、その瞳は歳月を越えてなお澄み切り、すべてを見通すかのような光を宿していた。
「はじめまして。魔法学者のマーガレットと申します」
老婆はゆっくりと礼をする。
「齢八十を超えましたが……スキルや古代の記録については、いささか心得がございます」
僕は軽く息を整え、正面から問いかけた。
「牢を覆うあの不可思議な結界。あれが一体何なのか、教えていただきたいのです」
マーガレットは目を細め、しばし沈黙した後、重く口を開いた。
「……あれは、おそらく《スキル》の一種。《引きこもり》と呼ばれる現象でしょう」
「スキル……?」
思わず息を呑む。
魔術や魔道具ではなく、生来の資質として授かる特別な力――スキル。だが僕が知る限り、《引きこもり》など聞いたことがない。
老婆は静かに語り始めた。
「わたしの若い頃、とある伯爵令嬢がいました。彼女は婚約者に裏切られ、公衆の面前で辱めを受けたのです。……心が砕かれたその瞬間、彼女は突如として《引きこもり》のスキルを発動させました」
老婆の声は淡々としていたが、そこに秘められた重みが胸にのしかかる。
「《引きこもり》は、自分を守るためにすべてを遮断する結界を生み出します。同時に――理不尽を与えた者には“呪い”のような形で不幸を返すのです」
「……呪い」
僕は小さく繰り返した。
「伯爵令嬢を辱めた侯爵家の子息は、その後すぐに事業に失敗し、爵位を失いました。浮気相手と共に都を追われ、人々からは『引きこもりの呪いだ』と囁かれたのです」
レオナルドが険しい声で尋ねた。
「つまり、理不尽を与えられた者は――必ず代償を支払う、ということか」
「その通りです」
老婆は頷いた。
「引きこもりの結界は、外部からの力では破れません。心が傷ついた本人の“望み”が形となっているからです。……唯一の方法は、その心を癒やし、外へ踏み出す力を取り戻すこと」
僕は身を乗り出した。
「では……その方法とは?」
老婆はわずかに微笑んだ。
「――それは愛です」
「……愛」
「はい。愛する二人の心が重なれば、《引きこもり》は解消される。彼女が“外に出たい”と望むだけの絆を得た時、結界は霧のように消えるのです」
老婆の言葉は、静かに部屋に落ちた。
だが、僕の胸の中では荒々しい波が打ち寄せていた。
◆
その後もマーガレットは幾つかの事例を語り、スキルの危険性と解決の難しさを繰り返し説明した。
やがて老婆は杖をつき、深々と頭を下げて退室していく。
残された僕とレオナルド。
しばし沈黙の後、僕は小さく呟いた。
「愛する二人の心があれば……解消される」
言葉にすればするほど、胸の奥でざわめきが強まる。
僕はローゼを好きだ。誰よりも大切で、誰よりも守りたい。
けれど――。
彼女にとっての僕は、ただの弟なのではないだろうか。
幼い頃から隣にいたからこそ、家族としてしか見られていないのではないか。
考えれば考えるほど、不安に押し潰されそうになる。
「殿下」
レオナルドが口を開いた。
「マーガレット殿の話を信じるなら、試すしかありますまい。殿下とローゼ殿下のお気持ちが……真に通じ合っているかどうか」
「……そうだな」
僕は拳を握りしめた。
たとえ困難でも、確かめなければならない。
ローゼが僕をどう思っているのか。弟としてなのか、それとも――。
ねがわくば。
もしも互いに想いを重ね合い、結界が解けるのなら。
それ以上の奇跡はない。
◆
夜。
図書館の静かな片隅で、僕は机に突っ伏しながら考え続けた。
姉の笑顔を守りたい。
でも、それは弟としての願いなのか、それとも――。
胸の奥に芽生えた感情は、もう誤魔化せない。
ローゼにとっての僕が何であれ、確かめたい。
彼女の気持ちを、はっきりと。
そして。
もし、両想いであれば。
《引きこもり》という呪いすら、愛で打ち破れるはずだ。
机の上に散らばる古文書を見つめながら、僕は強く誓った。
――必ず、ローゼの心を開いてみせる。
たとえ、この身が拒まれようとも。
◆
その夜も、王城のどこかでは、ミーア嬢の絶叫が響いていたという。
断食してもなお肥え続ける令嬢の噂は、宮廷の笑い話になりつつあった。
けれど僕の耳には、そんなことはもうどうでもよかった。
僕の心を占めているのは、ただ一人――牢の中で微笑む姉、ローゼのことだけだ。




