第19話 アルベルト視点 ― 邪魔者なき未来へ
アルベルト視点 ― 邪魔者なき未来へ
ミーアを抱き寄せたまま、大広間を後にする。
彼女の肩は細く震えており、涙で濡れた頬が柔らかく俺の胸元に触れている。
「殿下……わたし、本当に……怖かったのです」
怯えを装った声が耳をくすぐり、俺の胸に熱い感情がこみあげる。
――そうだ。ローゼのように気高く突っ張った女ではなく、守りたいと思わせる少女こそが、俺の隣にふさわしい。
俺は背後に控える二人、アーサーとマッスルに目配せした。
ローゼの断罪を支えた忠実な協力者たち。今宵の劇を成功に導いた功労者でもある。
「行くぞ。王子妃の部屋へ」
三人を従え、俺は歩みを進めた。
王宮の東棟。
そこには、長年「王子妃候補」のために用意された特別な一室がある。
豪奢な内装、最高級の調度品。王妃教育を受ける令嬢が日々暮らすための場所。
もちろん、つい先日までそこに住まっていたのはローゼだった。
扉の前に立つと、俺は深く息を吐いた。
ローゼの痕跡が残るこの場所に、二度と彼女が戻ることはない。
今宵、この部屋は正式に「廃止」されるのだ。
「この部屋は今日をもって使用を停止する」
俺は侍従に向かって高らかに命じた。
「調度品を一度すべて搬出し、内装を改装しろ。次期王妃――ミーア・ベネット嬢の部屋として新たに整えるのだ」
侍従たちは驚きに目を見開きながらも、すぐに頭を垂れた。
「ははっ、畏まりました」
背後で、ミーアが小さく息を呑む気配がした。
「で、殿下……わたしのために……?」
そのか細い声に、俺は振り返る。
涙に濡れた瞳。震える肩。
守らなければならない、と心から思わせる姿。
「当然だ。おまえはもう、王妃となる身だ。ローゼの部屋などに住まわせるわけにはいかん」
彼女の顔が、ぱっと花のように綻ぶ。
「殿下……!」
俺は咳払いをして言葉を続けた。
「ただし、改装工事には数日はかかる。しばらくは――俺の部屋の最も近くにある客室を使うがいい」
案内したのは、王子居住棟の角部屋。
俺の寝所から廊下を渡った先にある、比較的小ぶりながらも快適な客間だ。
扉を開け、ミーアを中へと招き入れる。
白を基調とした内装。窓からは庭園の噴水が一望でき、夜には月明かりが差し込むだろう。
ふかふかの羽毛布団と、繊細な刺繍が施されたカーテン。
男爵家では決して与えられなかった贅沢が、ここにはある。
ミーアは目を輝かせながら部屋の中央でくるりと回った。
「まあ……! こんな素敵なお部屋を……! 本当にありがとうございます、殿下!」
無邪気に笑うその姿。
俺は喉の奥に熱を覚えた。
「わたしが……王妃で、良いのですか……?」
彼女はうるうると瞳を潤ませ、上目遣いで俺を見つめてくる。
胸元のドレスがわずかに揺れ、ふくよかな谷間がちらりと覗いた。
おおお……!
衝撃が全身を駆け抜ける。
ローゼの冷たい微笑では決して感じられなかった、甘く熱い衝動。
顔がかっと熱を帯びるのを感じながら、俺は胸を張った。
「もちろんだ。もう邪魔なローゼはいない。これからは、おまえと俺の時間だ」
ミーアの頬がほんのり赤らみ、恥じらいを帯びた笑顔を浮かべる。
その瞬間、俺は心の底から勝利を確信した。
その後しばらく、俺たちは部屋で他愛もない会話を楽しんだ。
ミーアは笑顔を絶やさず、俺は彼女を安心させるように未来を語る。
アーサーとマッスルは背後で控え、必要以上に口を挟まぬまま護衛の役割を果たしていた。
やがて時間が過ぎ、俺は席を立った。
「今日はここまでだ。ゆっくり休め、ミーア」
「はい、殿下……」
彼女の小さな声を背に、俺はアーサーとマッスルを伴って部屋を後にした。
廊下を進んでいると、不意に人影が立ちはだかった。
「兄上」
第二王子――弟のエリオットだった。
端正な顔立ちに冷静な瞳。だがその表情は厳しく、明らかに俺を咎めに来ている。
「兄上、先ほどの断罪はあまりにも拙速でした。証拠も曖昧なまま、公爵令嬢を地下牢へ……父上が戻られれば、ただでは済まないでしょう。今すぐ彼女を牢から出してください」
諫言。
昔から真面目で、理屈っぽい弟らしい言葉だ。
俺は鼻で笑った。
「黙れ。おまえの意見など聞いてやる暇はない」
「しかし――」
苛立ちがこみあげ、思わず声を荒げる。
「次期国王に対して口答えとは……反逆罪に等しいぞ。おまえも独房にぶち込まれたいか?」
エリオットの顔が悔しげに歪んだ。
だが、俺を睨みつけたのち、何も言わずに踵を返す。
去っていく背中を見送りながら、俺は勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ふん……愚か者め」
アーサーが冷ややかに目を細め、マッスルが低く笑う。
「殿下、実に堂々たるご威光で」
「弟王子なんざ、ひと睨みで黙らせればいいんですよ!」
俺は頷き、足を進めた。
邪魔者はすべて排除された。
父も公爵も不在。ローゼは牢獄。
弟は口を封じ、周囲は俺に従う。
――これで完璧だ。
これからは、ミーアと俺の未来が始まる。
胸を高鳴らせながら、俺は王子の居室へと戻っていった。




