第18話 アルベルト視点 ― 劣等感と復讐の舞台
アルベルト視点 ― 劣等感と復讐の舞台
煌びやかなシャンデリアが、王宮の大広間を黄金色に染め上げていた。
春の祝宴。華やかな音楽と笑い声が響くべき場だ。
だが、今宵この舞台は、ただひとつの劇を演じるために用意された。
――そう、ローゼ・フォン・エルンストという女を断罪するための舞台として。
アルベルトは、幼い頃から「優等生」であることを求められてきた。
王国の第一王子。王位継承権第一位。国の未来を背負う存在。
だからこそ、父王は彼に厳しく当たった。
剣術でも、魔法でも、政務でも――常に「出来て当然」と言われ続けた。
しかし、どんなに努力しても、傍らにはいつも「比べられる相手」がいた。
――ローゼ・フォン・エルンスト。
公爵令嬢。幼少の頃から文武両道、常に冷静沈着で隙がない。
父王はことあるごとに口にした。
「アルベルト、おまえもローゼを見習え。あの落ち着きと聡明さを身につけろ」
その言葉が、彼の心に深く突き刺さっていた。
見習え、努力せよ、もっと賢くなれ――。
だが、ローゼには生まれながらの立場と知性があり、自分は常にその影を追い続けるばかり。
アルベルトにとって彼女は婚約者である以前に、「越えられぬ壁」だった。
そして次第に、その存在は憎しみに変わっていった。
そんな折、彼の前に現れたのが――ミーアだった。
男爵家の娘でありながら、勉学に励み、いつも前向きに努力していた。
アルベルトが政務に行き詰まり苛立ちを隠せないでいる時、彼女はそっと声をかけた。
「殿下、努力なさっている姿……わたしは素晴らしいと思います」
その言葉は、幼いアルベルトの心に初めて「救い」を与えた。
父王や教師からの叱責ではなく、ただ自分の努力を認めてくれる存在。
さらに、彼女はときどき、恥じらいながら腕に身を寄せることもあった。
その柔らかな感触に、アルベルトの胸は大きく跳ね上がった。
――ローゼは決して見せない仕草。
――ローゼは決して与えてくれない温もり。
冷たい優等生より、健気で可憐な天使のほうが愛しいに決まっている。
そうして芽生えた感情は、やがて「計画」へと形を変えていく。
父王とローゼの父――エルンスト公爵が、一か月の外遊に出ると決まった時。
アルベルトは心の奥で、密かに笑った。
――これで、邪魔者はいない。
冷酷な父も、理想の押しつけをしてくる公爵も、この場にいない。
自分が主役となり、自分が望むように舞台を操れる絶好の機会だ。
残るは、ローゼを「追い落とす」ための演出だけ。
祝宴の最中、アルベルトは深呼吸を一つし、声を張り上げた。
「――ローゼ・フォン・エルンスト公爵令嬢! おまえとの婚約は、この場をもって破棄する!」
瞬間、広間が凍りついた。
数百の視線が自分に集まり、劇の幕が切って落とされる。
アルベルトは昂揚感に震えた。
ついに、自分がローゼを見下ろす瞬間が来たのだ。
彼女の青ざめた顔。動揺し、唇を噛む姿。
それは長年の劣等感を晴らす、最高の光景だった。
彼は腕を広げ、隣の少女を指し示した。
「おれは――この清らかな天使を選ぶ!」
淡いピンク髪が光を受けて輝き、ミーアが一歩前へ進む。
潤んだ瞳、か細い声、震える肩。
「わ、わたし……でも、そんな……」
その演技めいた仕草すらも、アルベルトには愛おしかった。
――可憐で、弱々しくて、守ってやりたいと思わせる。
その対比として、ローゼの冷ややかさはますます際立つ。
取り巻きの貴族子息たちが、事前の打ち合わせ通りに声を張り上げた。
「ローゼ様はミーア様をいじめていた!」
「殿下、どうか彼女を守ってください!」
アーサー、マッスル。
彼らもまた、父親の地位や王子への忠誠心を楯にして利用できる駒だ。
証言が積み重なれば、もはやローゼに弁解の余地はない。
アルベルトは嘲るように告げる。
「ローゼ! おまえは自分の罪を否定するつもりか?」
震えるローゼの姿を見て、胸の奥に甘美な快楽が広がる。
――そうだ、その顔が見たかった。
幼い頃、何度も自分を見下ろしてきた彼女が、今は逆に「裁かれる側」になっている。
これこそ、長年積もらせた屈辱への復讐。
「おまえは今日をもって、公爵令嬢としての身分を剥奪される! そして地下牢に収監されるのだ!」
高らかな宣告。
広間に歓声と悲鳴が交錯する。
アルベルトは勝利を確信した。
近衛兵がローゼを捕らえ、引きずり出していく。
彼女は必死に叫んだが、もはや誰も耳を貸さない。
――これでいい。
もう二度と、父王に「ローゼを見習え」と言われることはない。
自分はようやく、彼女を越えたのだ。
アルベルトはそっと、ミーアの肩を抱いた。
「ミーア……おまえはもう安心だ。おれが必ず守る」
彼女は震える声で「殿下……」と応じる。
その温もりが腕に伝わり、ふくよかな胸がわずかに触れる。
――これだ。自分が求めていたものは。
冷たい優等生など不要。
努力を認め、甘えてくれる少女こそが、自分の隣にふさわしい。
アルベルトは満足げに笑った。
今宵、この劇の主役は自分だ。
父も、公爵もいない。
誰も、自分を咎める者はいない。
――そう、すべては思い通り。
彼は勝利の余韻に浸りながら、喝采の中でミーアを抱き寄せた。
その胸に芽生えた小さな違和感――ミーアの瞳の奥にちらつく影には、まだ気づかぬまま。




