第15話 男爵令嬢ミーア視点 地下牢 ― ミーアの挑戦
地下牢 ― ミーアの挑戦
「看守! 今すぐ牢を開けなさい!」
わたしは腰に手を当て、毅然と命じた。
看守は困ったように頭を掻き、恐縮した顔で答える。
「そ、それが……面会は本来、制限されておりまして……ですが、お嬢様であれば、ご自由にどうぞ。ただし、牢を開けるのは……」
「牢を開けなくても結構よ!」
わたしは鼻を鳴らし、ローゼのいる牢屋の前に立った。
鉄格子の向こうには、しっとりと整えられた寝台、豪華な料理の残り香――そしてその中心で、優雅に本を開くローゼ・フォン・エルンストの姿があった。
腹立たしいほど穏やかで、まるでここが地下牢ではなくサロンであるかのようだった。
「ふんっ、随分といい身分じゃない! 牢屋にいるのに贅沢三昧だなんて! でも残念ね、あんたはもう堕ちた女なのよ!」
わたしは胸を張り、精いっぱいの嫌味を投げつける。
しかし――
「…………」
ローゼはまったく顔を上げなかった。
本に視線を落としたまま、わたしの言葉など存在しないかのように。
「なっ……無視!? 聞こえてないの!?」
わたしは鉄格子に顔を近づけ、さらに声を張り上げた。
けれどやはり反応はない。
看守が気まずそうに口を開く。
「……どうやら、この牢とローゼ様の中の世界は、“何か”で遮断されているようでして。声が届かんのです」
「な、なんですって!?」
これが……ローゼの《引きこもり》スキル……!?
牢の中を完全に自分の世界に変えてしまい、外界を遮断しているというの?
「そんなの許されないわ! 看守! 今すぐ牢を開けなさい!」
「い、いえ、それが……開かないのです。錠前は壊れていないのに、誰も開けられなくて……」
「くっ……!」
わたしは悔しさで奥歯を噛んだ。
こうなれば――。
◆
「――なるほど。私に頼むというわけだな」
アーサー様が静かに牢の前に立つ。
彼の冷たい瞳が鉄格子を射抜くと、空気が一瞬で張り詰めた。
隣ではマッスル様が腕を組み、無骨な笑みを浮かべている。
「任せておけ。鉄格子など、俺の腕力で――ッ!」
マッスル様は雄叫びとともに両腕で鉄格子を掴み、渾身の力を込める。
筋肉が隆起し、空気が震えるほどの力が伝わる。
「ぬぬぬぬ……ッ!!!」
だが、鉄格子はびくともしない。
まるで大地そのものが相手であるかのように。
「な、なんだと……!?」
さすがのマッスル様も目を見開いた。
次にアーサー様が一歩前へ進む。
彼は呪文を紡ぎ、掌に黒き魔力を集める。
「――砕け散れ」
凄烈な魔法が牢を直撃する。
光と轟音が地下牢を揺るがし、看守たちが悲鳴を上げて身を隠した。
しかし――煙が晴れたとき、牢は無傷のままだった。
「……っ」
アーサー様の眉がかすかに動く。
マッスル様が肩をすくめた。
「俺の力でも、アーサーの魔法でも駄目か……」
「信じられない……牢を破れないなんて……!」
わたしは顔を青ざめさせた。
鉄格子の向こうでは、ローゼが悠然とティーカップを持ち上げ、こちらを一瞥することもなく優雅に口をつけていた。
完全に隔絶された世界。
声も、力も、魔法も届かない。
「……どうしたらいいのよ……」
わたしは鉄格子に額を押しつけ、呆然と呟いた。
そして――アーサー様もマッスル様もまた、答えを見つけられず、ただ無言で並び立つしかなかった。
三人揃って途方に暮れる。
牢屋の中で満ち足りた顔のローゼを前に――。




